水到て渠成る
水到渠成(すいとうきょせい)
第1話 晩年
水到て渠成る。皆さんは聞いたことがあるだろうか。
私が初めてこの言葉を目にしたのは太宰治の晩年である。
父親から太宰治の小説に出てくる諺から名前をつけたと聞いており、ここで敢えて暴露するが自殺未遂をしたことのある私は勝手に太宰に親近感を抱いていた。
小説を書き始めたのは中学生の頃だ。その頃から既に芥川龍之介や太宰治の小説は読んでいた。友人達とちょっとした創作活動をしていたのである。別段どこかへ売りに出したりなどしたわけではなく内輪で読み合ったりする程度のものであった。
その頃、まだ筆名はなかった。本名の読みが特殊な上に太宰から名付けられたのであれば、本名を筆名にするのもありかと思っていた。
高校は中学の友人達と離れてしまったのもあり、創作活動は下火になっていた。そもそも文学について理解を示してくれる友人を作れなかったのもあった。
高校時代は過酷であった。文学に理解のある友人はおらず何がきっかけなのかは不明だが罵声を浴びせられる始末であったので私はその頃から死にたいと思うようになっていた。が、高校は乗り切った。まだ、死ななかった。
専門学校へ私は進学した。死にたい気持ちは消えていなかったが心の隅の方で大人しくしていた。専門学校では分野は違うが創作に理解のある友人を作ることができた。私は文学、友人は絵描きであった。
1年生の頃は明るい未来を想像していた。卒業して立派な職業人になるのだと。ただ、現実は甘くない。
数々のレポートや試験、実習。迫り来るものたちをこなす過酷な日々が始まった。最初は頑張れるもので迫り来るものを乗り越えていった。
しかし、ある年の夏に私は無性に死にたくなってしまった。なんと、うつ病の発症である。
私は1ヶ月ほどだが学校へ行けなくなった。家でも身体が動かず、ベットかソファーで横になる日々が続いた。身体が動かないことが幸いし、行動は起こさなかった。
1ヶ月が経ち、学校へ復帰した私はなんとか実習やら試験を乗り越えた。そのまま終わればよかったのに。
卒業式を終え、入職を控えた3月のこと私は猛烈な、しかし、ぼんやりとしている不安に襲われた。このまま生きていてはいけない。何故かそう強く思った。遺書を書き、友人1人に挨拶を済ませ、精神薬の過剰摂取と縊首を試みた。
だが、友人に連絡してしまったのが仇となり親に発見され一命を取り留めてしまった。
死ななかった。今でも時折後悔することがある。
もし、文学について悩むことが来たらまた行動に起こしてしまうのではないかと思うことがある。
さて、水到て渠成る…水到渠成の筆名についてだが前述した通り私は勝手に太宰へ親近感を抱いており本名に使われた諺を筆名として使いたいといつからか思うようになった。
太宰のような小説が書けるとは思っていない。ただ、水到て渠成る。このような小説があったならと書けたならと思うのである。
故にこの名前を名乗り、創作をしていきたいと思った次第で、複雑な意味はない。
太宰が好きで創作をしたい。それだけの話。
水到て渠成る 水到渠成(すいとうきょせい) @Suito_kyosei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます