狐の嫁入り

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第1話

狐の嫁入り

ある遠州の稲荷山に狐の姉妹が居りました。

金剛姉妹と呼ばれるその狐の姉妹は、姉の名前をお金(おこん)妹の名前を、お剛(おごう)と云いました。二人はタイプの違う美狐で、妹のその美貌は、山を越えて恋慕う男神を引き寄せ、そぞろ恋の相手は引く手数多、姉の狐は、ふっくらと優しい女性らしさで、柔和な性格から誰からも好かれて居ました。

仲の良い姉妹が、運命に引き裂かれる日など、未来永劫無いだろうと周囲の者は思って居ましたから、ある日、晴天の霹靂が来るなんて誰も信じて居ませんでした。


晴天の霹靂、二人に起こった出来事とはーーー。


それはある日、姉君が密かに想い合って居た男神に結婚を申し込まれた事から始まりました。


その男神から、姉君への結婚の許可を申し出られた姉妹の両親狐は話し合いの場を設けました。父は言うのです。実は、妹君の方にも結婚の話が来ている。すると母狐が言いました。これは良い機会なので、二人一緒に嫁に出そう、と両親狐は話し合ったのでした。


寝耳に水だったのは、妹君の方でした。

自分が一番大好きな姉がお嫁に行くなんて、私達二人を引き離すなんて、しかも私は別の男神の所へ嫁に行けだなんて、そんな事、皆んなみんな、勝手すぎる!!と、妹君は、その話を聞いて大層、腹を立てました。姉の結婚を祝いたい気持ちは、姉の幸せを願いたい気持ちはもちろん、ありました。だけど、まるで姉の添え者の様に、丁度良いから嫁に行けと、両親に言われ、会った事もない男神の元へ嫁げとは、余りにも自分が惨めではないか、と妹君はさめざめと泣きました。


しかし泣いて暮らしている間にも、姉君の結婚準備は粛々と整えられて行きます。


そんな居り、両親狐から花嫁衣装を仕立てに、花嫁修行も兼ねて、西の女神の元へ行け、と花嫁修行の旅に出される段となりました。二人は、同じ輿に乗せられ、旅立つ事と相成ったのでした。


旅立ちの輿が粛々と進む中、道すがら、妹君は泣いていました。

「備前なんて、西の果てじゃない。いやっ私そんな遠い所へ西の女神の所へなんて行きたくない!!」

「我儘を言わないで。きっと西もいい所よ」

「お姉様は良いわよ、好きな方と結婚出来るんですもんね…私なんか…」

「お剛…」

「…良い事を思いついたわ、お姉様、このまま一緒に逃げましょう。どこか遠くへ行って、二人でずっと一緒に暮らしましょうよ?ねぇ、そうしましょう!」


妹君は良い考えを思いついたと手を叩いて喜びましたが、姉は乗り気ではありませんでした。


「そんな話はやめにしましょう…私はあの方との約束を破るわけにはいきません。約束を反故にすると両親にも迷惑がかかってしまうのよ」


だから落ち着いて、考え直して、と姉君は妹君を諌めました。

しかし、それが今までずっと我慢して居た妹君の気に触りました。

私は、姉の為を思って、今までずっと我慢して居たのに、この上、まだ我慢をしろと、私に言うのか、と。

ウウウウ…と輿の中にもの凄く低い獣の唸り声が響きました。姉君は、ダメよ!と叫びました。怒りに耐えかねた妹君は、元の姿の、本来の姿の九尾の狐に姿を変えました。こうなってはもう遅い、と思い、姉も人の形を解きました。お互い神格は同じ位の二匹の狐、力も姉妹らしく同等でした。

獣になった二人は、輿から飛び出て、絡れ合いながら、闘いました。

狐の姉妹喧嘩です。

決着は、哀れな姉君のキャワン、と云う悲鳴で付きました。妹君が姉君の、狐の左耳を食い千切ったのです。最初、興奮の余り、唸り声を出して居た妹君が、見るみる内に小さくなりました。

『…大変な事をしてしまった。姉の嫁入り前の大事な身体を傷付けてしまった。これでは、姉の相手の男神に結婚を断られてしまう。姉がお嫁に行けなくなってしまう』

それに気づいた妹は、わんわんと泣きました。ごめんなさい、お姉様。傷つけてしまって、ごめんなさい、と。獣の姿を解くのも忘れて、お剛はその場に泣き崩れました。


そこへ騒ぎを聞きつけた、西の女神が雲に乗って降臨しました。雲に乗ってやって来た西の女神は、傷ついた姉君をその腕に抱いて、

「何があったかは、お察しします。ですが二人共、反省なさい。それが神格あらたな九尾の狐のする事ですか。恥を知りなさい。花嫁衣装を仕立てた私の顔に泥を塗るつもりですか。ともかく話は、傷を癒してからです」

そう云われて、二人は西の女神の住まいに辿り着いたのでした。


西の女神の住まいでは、二人は別々の部屋を与えられました。いつも一緒に過ごしていた姉妹には、それは初めての経験でした。生まれた時からいつも一緒だったので、離ればなれになるのは初めてだったのです。


ある日、女神から歓迎の宴を催すので来るように、とお達しがありました。お客人も来ますから失礼の無いように、と言われ、着飾った二人は、設られた座敷に楚楚として座ったのでした。緻密に織られた絨毯の上に、心尽しの豪勢な料理が並べられ、艶やかな女官がひらひらとした裳裾を捌いて踊り、掻き鳴らされた琵琶と琴、しめやかな管弦の宴が催されました。招かれたお客人はと云うと、

「お二人に紹介します、私が師と仰いでいる西の翁です。ご挨拶なさって」

「遠州から参りました、お金と申します。よろしくお見知りおきください」

「同じく、遠州から参りました。妹のお剛と申します。宜しくお見知りおきを」

紹介された翁は、ほっほっほっと好好爺に笑って、

「二人とも、遠州から遠路はるばるよぉ来なさった。道中、喧嘩した事も聞いとるよ。お金さんと云うたか、アンタ顔色がよくないの?どうじゃ、わしは鍛冶屋も営んでおっての、あんたの欠けた耳の装身具を作ってやるから、しばらくうちで静養せんかの?」

「ありがたいお申し出ですが…」

慎み深く辞退しようとした姉君に、スッと手を翳して、辞退の言葉を遮った西の女神は、

「丁度良いではありませんか、ありがたいお申し出ですから、お金は静養に行っておいでなさい。翁の所には、ばぁやも居て、何くれとなく世話を焼いてくれますし、良薬もあります」

私もよく翁の所へ昼寝に行きますから、その時、連れて帰れば良いでしょう、と女神は云うのです。

「…それでしたら、ご迷惑で無ければ、よろしくお願い致します」

「姉上、私はっ、」

「お剛は、私の出した花嫁修行をまだクリアしてませんから、お留守番です。精進なさいな」

ぐぐぐ、と詰まった妹姫に、姉君は何も言えずに俯いたのでした。


翁の元に招かれたお金は、最初は口数が少なかったのものの、楽しいお話をたくさんしてくれる翁と親しみ深いばぁやに出会い、大自然に囲まれた岩屋で、同じ釜の飯を食べ、意外と歳の差を感じる事なく意気投合してしまったばぁやを手伝ったり、楽しく会話を交わす内に、段々と打ち解けていったのでした。

「あはは、こんなに笑ったのは初めてです」

「そうかえ、それは良い事だ。アンタは別嬪さんなのに笑顔が少ないから心配していたよ」

「おぉ、そいつは僥倖だ。明日、西の女神が迎えに来るとよ…そぉら、仕上がったぞ、これを着けて帰りなさい」

出来上がった装身具は、紫水晶を嵌めた小さな金色の冠にシャランと繋がる金色の鎖が編み込まれた欠けた耳を隠すデザインの装身具でした。

「…なんて素敵なんでしょう」

お金はその美しさに息を呑みました。

「お金さん、あんたに足りないのは自信さね。大丈夫だ。あんたは素敵な人だ。あんたを諦める男は居ない。自信を持って嫁に行きなさい」

「…ありがとうございます、何とお礼を言って良いか」

「礼なら、妹御に言いなさい。姉君を絶対に元気にして返すように、と凄まれましたからなっ」

はっはっは、と笑う翁に、あの娘ったらと、姉君は恥ずかしくなって顔を袖で隠しましたとさ。


一方、その頃、西の女神の神殿では、騒ぎが起こって居ました。姉君の結婚相手の男神が、花嫁修行から一向に帰って来ない姉君を心配して、西の女神の神殿まで乗り込んで来たのです。

「お金!!お金は何処です?」

「呼ばなくても、もうすぐ帰って来ますよ。本来ならつまみ出す所ですが、良い機会です。貴方の心構えを聞きましょう。お金が怪我をした事は知っていますか?」

「無礼を承知で罷り越しました事、面目次第もございません。ですが、お金の事が心配で、居てもたっても居られなくて…お金の容体はそんなに悪いのですか?」

「そなた、名はなんと云うのです?」

「阿部彦(あべのひこ)と申します」

「では、その阿部彦に問おう。そなた、お金の片耳が無くなったとあれば、結婚の約束を反故にする者か?」

「お金は片耳を失くしたのですか!?」

阿部彦の顔がサッと蒼くなった。同じく同じ座に居た妹君のお剛も真っ青になり倒れそうになった。西の女神が居なければ、とっくに倒れて居たであろう。恐怖にカチカチと鳴る歯をどうにか抑え込んで、両手を結んで、その場に立って居たお剛であった。姉の結婚相手を信じたかった。それと同時に姉の想い人の本心を知りたかった。本当に姉を愛しているかと。

「どうなのです?それでもお金を結婚相手に貴方は選びますか?」

「それは…、」

言って欲しい。姉を嫁に迎えに来た、と。

お剛は心の底から願った。

一度、俯いた阿部彦が、決心を固めた強い眼差しで西の女神に向き直った。

「俺は、例え目の前に百の美狐を並べられようとも、お金を選ぶ!!耳が欠けた位で、お金の美しい心は失われない。西の女神よ、そこまで申されるなら、我等の婚姻の仲人をお願い申し上げる!!お見届け願おうっ」

「…あなた!」

その場面に、翁に見送られたお金が鉢合わせたのです。

「お金!よくぞ無事で」

「…お金、聞きましたね。その仲人、西の女神が引き受けます。二人共、支度をなさい。花嫁衣装をこれに」


狐の姉妹、お金とお剛は、西の女神に用意された花嫁衣装を身につけて帰り支度をしました。二人の揃いの花嫁衣装は、白銀に煌めく正絹の内着に、この日の為にと西の女神が糸から紡いで設てあって山梨県乙女山鉱山から採れた乙女水晶を砕いて糸に練り込んであり、特殊な技法を使って、女神の機織りで織られた反物は、単衣となり、光に反射する度に花嫁衣装はキラキラと光っては、輝いて花嫁達を引き立たせました。白い純白の花嫁衣装に目にも鮮やかな紅色の豪華絢爛な金地と薄紅の桜の重ね刺繍の色打ち掛けを身に纏い、帯に手巾に巻いた守り刀と扇を差して結びの繻子を垂らした金剛姉妹はなんといっても楚々として愛らしく、文句のつけようが無い花嫁御寮でした。


金剛姉妹の二人は西の女神に、最後に指を着いて、挨拶をしました。

「「お世話になりました。女神様もどうか、お元気で」」

女神は二人の花嫁衣装の仕上がりに満足そうに微笑えむと、

「私には娘はいませんが、貴女達の事は、娘の様に思っています。ご夫君と喧嘩をしたら、ここを第二の故郷と思って里帰りなさい。二人を送り出せる事を誇らしく思います。二人とも、よく頑張りましたね」

そう云って二人は送り出されたのでした。姉君は阿部彦と無事に結婚して幸せに暮らしました。妹君のお話はまた別のお話。


おわり。

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