祝い
氷山アキ
祝い
言葉には不思議な力があると、古来より信じられてきた。
例えばなにか失敗した時、気を取り直そうと
「大丈夫、なんとかなる」
と言う人がいる。
そして実際、なんとかなることが多い。
これが言葉の不思議な力、いわゆる『言霊』だ。
さて。
ここにひとり、全身を黒衣に包んだ男がいる。
男の正体は駆け出しの呪詛師。
彼は初めて依頼を受け、依頼者の敵対人物に呪いを掛けた。
「……かなり強い呪いです。相手はひと月以内に不治の病が発覚し、半年以内に命を落とすことでしょう」
呪詛師の言葉に身震いしながら頷き、依頼者は分厚い封筒を差し出した。
「百万ある。残りは奴が死んだ後に払う」
呪詛師は封筒を懐に仕舞い、依頼者に薄い封筒を手渡した。
「これはあなたを呪詛返しから守る札です。相手が命を落とすまで、肌身離さず持っていなさい」
呪詛返しという言葉に冷や汗をかきながら、依頼者は札を手に帰っていった。
ひと月が過ぎた頃、呪詛師の元に依頼者から電話が掛かってきた。
「どういうことだ⁉︎ 奴はピンピンしているぞ!」
依頼者の罵詈雑言を全て聴いてから、呪詛師は鷹揚に答えた。
「元気そうに見えますが、病は確実に体を蝕んでいます。もう少し気長にお待ちなさい」
電話を切ってから、呪詛師はふと心配になった。
「俺の呪いは本当に効いているのか?」
彼は念のため、更に強い呪いを掛けた。
半紙に薄墨で相手の名前を書く。
その上から、真っ黒な墨で塗り潰すように、何度も『呪』の文字を書いた。
半紙が漆黒に染まるまで、丹念に。
やがて一年が経った。
「あいつは死ぬどころかますます元気だし、仕事も順調家庭も円満! 一昨日は宝くじまで当たったぞ!」
頭から湯気が出そうなほど、依頼者は怒り狂っている。
「この詐欺師め! 金を返せ!」
殴り掛かってきた依頼者の拳を避けながら、呪詛師は首を傾げた。
(おかしい……俺の呪いは百発百中なのに!)
「何とか言えよ! ペテン師が!」
依頼者の言葉にカチンと来た呪詛師は、思わず依頼者に向けて印を結んだ。
「貴様の命を以て、私が本物の呪詛師だと思い知るがいい!」
瞬間。
依頼者が胸を押さえ、絶叫する。
そして呪詛師の眼前で、依頼者は昏倒した。
「……ほら、俺の言霊は完璧だ」
だが、依頼者にここで死なれては困る。
そう思い直した呪詛師は、すぐに救急車を呼んだ。
依頼者が救急車で運ばれるのを見送った後、呪詛師はひとり反省会を開いた。
「なぜ相手には呪いが効かなかったのか」
相手の名前も生年月日も住所もすべて正しかった。
手順をひと通り反芻したが、どこも間違っていなかった。
後日。
呪詛師は、呪詛の師匠を訪れた。
「師匠より授かりました呪法が、効力を発揮しませんでした……」
事の顛末を隠さず話し、彼は呪いに使った道具一式を師匠の前に広げた。
「半紙に相手の情報を書き記し、上から墨で『呪』の文字を、半紙が黒くなるまで記しました」
師匠は真っ黒になった二枚の半紙を眺め、目を細めて細く息を吐いた。
「ワシの前で、もう一度やってみなさい」
呪詛師は力強く頷き、作法に則り呪いの儀式を行った。
「--以上です。間違いはありませんよね?」
呪詛師の問いに、師匠はゆっくりと首を横に振った。
「お主は根本的な間違いを犯している」
「……え?」
戸惑う呪詛師に、師匠はため息混じりに言った。
「お主は『呪』ではなく、『祝』と書いていた」
呪詛師は、相手を思い切り呪ったつもりが、思い切り祝っていたのだった。
END
祝い 氷山アキ @hiyama_akira
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