僕の人生の半分はアニメで出来ている。

阿礼 泣素

アニメオタクはアニメのオタクである。

 僕は20年オタク活動を続けている。オタクと言えば、もう今となっては軽い言葉として受け止めることができるだろう。

 だが一昔前、そうだな。十年前くらいまでは違う。


「らき☆すた?それおいしいの?」


 と即答していた。もちろん、らき☆すたという京都アニメーションが作り出した素晴らしいアニメを知らないはずがなかった。原作も購入する原作厨でもある僕が、知らないわけがないだろう。オタクを舐めるなよ。

 話を戻す。オタク趣味とは隠すものなのだ。だからこそ、僕はオタクであることをずっとひたかくしにしていたし、墓場までこの事実を持っていくつもりだった。

 だが今はどうだろう。アニメを見ていることのハードルが下がっている。アニメ、ああ「鬼滅の刃」ね。見てる見てる、面白いよね。みたいな。

 そんな感じ。(友達がいないので、それが事実かどうか分からない)

 社会人となった今でもこうしたオタク趣味は隠している。というより、


「社会人になってまでアニメかよ」


 みたいな感じに思われるのが嫌だ。やはりオタクは恥ずべきものと分かっているからこそ、オタクをひた隠しにするのだ。

 だが、新入社員が「推しの子」が好きです。なんて言っていたら、


「はいはい、ライト層のオタクね」


 なんて態度で冷笑しつつも、ちょっと話してみたいな。なんて思ってしまう。

 つい先日の話である。その新入社員は、職場にジョジョのパーカーを着ていたのだ。なんということだろうか、誰もそれに触れていない。


「ジョジョ様だぞ。あの天下の、荒木飛呂彦だぞ。毎年若返っている吸血鬼みたいな形相の」


 後半部分は関係なかったが、僕は我慢できずに声をかけてしまった。おいおい、知られざる一面だぞ。墓場まで持っていくはずのオタク趣味だろ。なんて天使の声みたいな声も聞こえないわけではなかったが、声をかけてしまった。


「ジョジョ好きなんですよー。私。先輩は何部が好きですか?」


 うーーーん。きたね。こういうの難しいんだよね。好きなアニメは?とか毎クールほぼ全部見てるアニメオタクに聞かれると、めちゃくちゃ難しいんだよね。この質問。

 ちなみに2025年夏アニメの視聴数は八十作品だ。もう社会人じゃなくて、アニメ観測者だと名乗りたいくらいだ。

 話を戻そう。ジャンプアニメもご多分に漏れず視聴している僕。もちろん三部と答えるのがベターなのは知っている。スタンド攻撃が出てきて面白くなったもんな。まあ三部と答えれば間違いではない。でも本当に僕はそう思ってるのか。たしかに一部、二部はない。いや、名作なんだけど、カーズとか神砂嵐とか、波紋とか好きだけどさ。

 でも違うじゃん。

 この感覚、分かってくれる?分かるよね。賢明なジャンプ読者ならさ。

 というか、突然のことすぎて、心の準備をしていなかった。相手がキャラのセリフを一字一句覚えているガチ勢だった場合、こちらは何も復習していない浅いオタクだ。太刀打ちできるはずもない。

 なんだかんだ六部を見てからも時間が経っている。六部は六部で風水のドラゴンのところとか納得言ってないんだよな。

 いやでも、六部好きだったら、そんなこと言われたら気を悪くするよな。

 なんてことも考えて……

 僕はこう答えた。


「やっぱ五部かな~ブチャラティカッコいいし」


——『任務は遂行する』『部下も守る』 「両方」やらなくっちゃあいけないのが「幹部」のつらいとこだな覚悟はいいか?俺はできてる。


「いや、ほんとカッコいいよね」


 いやあ、覚えてるもんだな。セリフって。何も調べてないけどなんとかこの場を乗り切った。


「あー、たしかに。カッコいいですよね。ブチャラティ」


「私は五部なら、ミスタが好きですね」


 もうジョジョネタなんて一生できないと思っていたが、存外そんなことはなかった。いやあほんとジョジョをきちんと履修していて良かったと思った。昔のラノベはジョジョネタとかめっちゃあったんだけどな。

 もうそういうのはオタクの共通言語じゃなくなったんだよな。「だが断る」とかよく出てた気がするけど、もう今は知らない人間の方が多いだろうからね。

 そうしてもう少し語った気もするが、仕事が始まったのでそのジョジョオタクとはそれきりだった。

 やはりこうした突然のオタトークができるのはとても素晴らしいことだ。やっぱり隠しているからこそ、こうして不意に飛び出した時の快感が凄まじいのだ。露出狂だって、普段は社会の窓を閉めて隠されているからこそ、解放したときの快感があるのかもしれない。

 いや、それは違うか。犯罪だし。

 でもまあ理論は似通っているかもしれない。普段は出さない一面だからこそ、久々にその一面を出すと気持ちよくなるのだ。



 そういえば、飲み会の席でもこういうことがあったっけ。


「それ、スマホに入ってるの何?」


 最近の若いモンは、躊躇いなく推しのキャラクターをスマホに入れて、自分がこのキャラの推しであるということを表明している。同担拒否なんていう概念もあって、ある意味これは牽制の意味合いのあるのかもしれない。私のキャラだから手を出さないでください。私はこれだけこのキャラが好きです。みたいな痛バッグを呪術廻戦の映画を見に行った時に目の当たりにしたっけな。

 ともあれ、「私はこのキャラを推しています」と自分の心の中を晒すことで、このキャラを知るものと出会いやすいようにされているのだ。

 そしてこうしてゴキブリホイホイの如く、僕はまんまと彼女の策略に嵌り、こうしてぼくはまた、オタクの会話を始めてしまったのだ。


「炎炎ノ消防隊の新門紅丸です。知ってます?」


 もちろん、知っている。だがデフォルメで描かれたキャラクターだったので気が付かなかった。


「知ってる、知ってる。カッコいいよね。めっちゃアニメ、好きやねん」


 ほんと新門大隊長は、めちゃんこかっこいい。男の僕でもこれはカッコいいってのがすぐわかる。超強いし、ビジュがいいし。

 でもまあコテコテすぎて露骨な女性受けを狙っている気もしていた。あと、炎炎ノ消防隊は実写パートで意味不明なおばさんが話題になっていることが一番記憶に残っていた。

 だが、目の前の後輩の女は、新門大隊長の虜になっていた。

 ここでさりげなくアニメが好きなことを表明したので、彼女はさらに話題を振ってきてくれた。


「あと、水星の魔女とか見てますか?」


 ガンダム。これもまた派閥が色々あり、この答えによってはこれから口をきいてもらえないような非常に神経をすり減らすジャンルの作品群だ。一触即発、地雷を踏めば、一生口をきいてもらえないなんてこともあるとか、ないとか。


「あ、私はこれが初めてなんですけど」


 良かった、ガンダム初心者だ。すぐに僕は安堵した。


「水星はガンダム初心者でも見やすいから。学園ガンダムだし」


「あ、友達も言ってました。じゃあこれからも見ます」


 あくまでこれはシーズン1までの話だった。だが、この会話をした当時はシーズン1までしか放送されておらず、僕もまさかシーズン2からあんな展開になるなんて予想だにしていなかった。

 話を戻そう。ガンダムについては、最強のMS(モビルスーツ)だとか、最高の作品だとか、ガンダムの面汚し(駄作)だとか、色々と盛り上がる要素がある。僕はWと答えることにしているし、実際にヒイロ・ユイがカッコよすぎて、


「任務了解」


と口癖のように言っていた小学生時代を過ごしている。幸いなことに今回はそのような論争になることはなかったが、オタクたるものいつでもガンダムについての立場は決めておかねばならないと思った。ちなみにガンダムwは今年三十周年で今とても盛り上がっている。僕はすぐにプレミアムバンダイでMETAL ROBOT魂 <SIDE MS> ウイングガンダムを予約した。

 ほんと届くのが楽しみである。

 

 話を戻そう。ただ、こうしてオタトークすることが楽しくて、記憶の中はこの話題でしか盛り上がることはない。オタトークをするために生きていると言っても過言ではない。いや、それは過言か。アニメを見るために生きているんだから、オタトークは二の次である。

 そうそう、オタクを隠すとは言っておきながら、職場の飲み会の時は、少しでもオタクの臭いを嗅ぎ取ったら積極的にその本性を暴き出そうとしていた。


「アニメ見るって言ってたけど、どんなん見てる?」


 たぶんこうやって直球勝負していると思う。結局はこうして少しずつアニメを見ている人間を把握して、アニメの話ができる人間を増やしている。そこで、軽いアニメの名を口にすれば、


「あー面白いよね」


 で会話を終わらせる。この回答でアニメへの愛の深さが分かる。もちろん有名な作品を口にしただけで判断するなという批判も覚悟だ。だが、アニメはこの世に星の数ほどある。アニメオタクはマイナー作品を探す旅なのだ。一握の砂金を探すが如く途方もない旅路、駄作と呼ばれる無数の作品の中に、自分にぴったり合う作品が見つかる。その瞬間のために、たくさんのアニメを見ている。

 今回はこんな事例を紹介しよう。


「BLEACHって見てます?」


「ああ、世代やねん。これ見て男子は育ってるから」


 そう、BLEACHは三十代の男性なら誰しも見たことがあるだろう。そうだよね、そうだろ? んで、破面編とかめちゃカッコ良かったから、破面の黒崎一護をノートにひたすら描いていた時期があったぐらいだ。そもそもグリムジョージャガージャックとか、ウルキオラとか、アーロニーロアルルエリとかカッコよすぎるんだよな。いや、最後のはネタだったけどさ。


「今、見てるんです。やってますよね?」


 そう、千年血戦篇はとてもクオリティが高い。原作へのリスペクトも高く、小説版のネタまでしっかりとアニメに落とし込んで、ファンも文句が出ない作品に仕上がっている。やっぱりオサレなんだよな。BLEACHはさ。

 やっぱり当時は月牙天衝とか螺旋丸とか練習するよね。あと、デビルバットゴーストも。俺自身が月牙になることだ。ってセリフ、意味わかんないけどカッコいいもん。あと、単行本の最初のポエムも大好きすぎる。そもそも朽木ルキア奪還編が最高すぎて……

 とまあ、語りたいことは山ほどあったが、BLEACHの話題はそこまで広がらなかった。後輩がまだまだBLEACH歴が浅かったこともあるし、僕がそれ以上話題を広げることができなかったからだ。

 まあそれでもいい。こうして少しずつアニメを見ている人間を選別していくのだ。

この世に人間には二種類しかいない。

 アニメを見ているか……

見ていないかだ。

 アニメを見ているかどうかを判別するのは容易だ。同じ臭いを感じ取れるかどうかだ。これはいわゆるフィーリングというものだ。だからこれがあればアニオタだという明確なルールはない。

 スタンド使いは惹かれ合うように、お互いに気が付けば出会っているというのが正しい。だが、僕は必死にアニオタを探す。

 なぜなら、会話デッキがこのアニメしかないからだ。

というか、アニメの話以外で盛り上がれるか?ということだ。

僕の人生の半分は、アニメでできている。

これは誇張ではない。事実である。

塾帰りでへとへとだった体に、深夜アニメをリアタイしてさらに疲弊させる。この行為がとてつもなく心地よかった。十二歳の頃から深夜アニメに嵌り、今に至る。大学を卒業して働いているので、体の半分はアニメで構成されているのだ。

 社会人になってまでアニメを見ている人間は、果たしてどのくらいの割合で存在するのだろうか。

 アニメを見ていると言っても、「鬼滅の刃」ではない。

 つい先日も、職場で盛り上がっているのは耳にした。


「鬼滅の刃で泣いた」

「分かります。絶対泣けますよね」


 僕は鬼滅の刃では絶対に泣かない。

だって恋柱なんて意味不明だし。

いやまあ恋柱を真っ先に話題に出したが、どうも「違うよな」という思いが先行してしまうのだ。これはよく言われる現象だが、マイナーバンドがメジャーデビューした後に、「最近の曲は刺さらないよな」「昔の方が良かったよね」みたいな現象だ。

 認知度が上がって、多くの民に認知されてしまうと、どこか萎えてしまう。そんな感情が芽生えたことはないだろうか。

 鬼滅の刃は完全にそれである。オタクであろうとなかろうと、多くの人が見ているアニメは、アニメとは言わない。

 ちびまる子ちゃんとかサザエさんとかそういうのをアニメというのも抵抗があるタイプなんだ、僕は。

 まあこれは分かってもらえると思う。こういう一般アニメをアニメとして一括りにするのって良くないよな、こんなのニュースの類だもん。サザエさんに至っては日曜日の終わりを想起させるだけの存在にすぎないと思ってる。個人的にはさっさと番組終了してほしいと思っている番組ナンバーワンだ。あのテレビのゴタゴタでスポンサーがなくなった時に一緒になくなってほしかったと思っていた。(サザエさんファンがいたら申し訳ない)

 鬼滅の刃の話に戻そう。まあこれは運が良かっただけで、ufotableさんのアニメーションが評価されただけだと思っている。映画だって公開初日に行ったけど、やっぱりお涙頂戴のシナリオでは泣けないし、評価できるのは戦闘シーンだけだと思っているタイプである。

 一応フォローをしておくと、出会った時期が悪かっただけだという考え方もある。きっと思春期に出会っていれば、水の呼吸を全て覚えて刀を振り回していたんだろうとは思う。実際、「長男だから我慢できた」とか、「判断が遅い」なんてセリフは何度か使ったことがある。あと、「お前も鬼にならないか」みたいなやつも。

 こう考えるとやっぱり自分の中にも鬼滅の刃がストンと落ちているのかもしれない。

 この作品はそれ以上にライト層にも伝播しているという事情が大きくかかわっているので問題は複雑だ。

そもそも、葬送のフリーレンだって、薬屋のひとりごとだって、そういう大衆に受け入れられているアニメって、嫌いなんだよな。これらは話すと長くなるので、これ以上の言及は避けておく。

 でもまあ、こういうこと言ってるからネットでは「逆張りオタク」なんて呼ばれるんだ。

 今更だが、僕はYouTubeでアニメ評論チャンネルを運営している。そう、こうしてアニメを見ている人がつながれる場を作っているのだ。

 こういう全世界の人が見れる場で作品を貶めることを言ってしまうと、忽ちに叩かれてしまうのだ。みんな覚えていた方が良い。

 そこに来るコメントは人格否定のコメントが来たり、自分より絶対に年下だろうというコメントもたくさん来る。「あの作品の良さを分かってないなんて頭が悪い」だとか「ちゃんとアニメ見てないから理解できない」だとか、そういうの。

 いや、アニメってさ、萌えだから。

 僕の中では。

 そういう高尚なのはいいんだよ。ちょっと気取った感じのやつとか、いいから。

って思ってしまう。

 でもまあいい。2025年夏アニメだって80作品も見ているんだ。そういう硬派なやつもあるし、くだらない作品もある。どれもこれもアニメだ。十把一絡げにして語ることは難しいけど、全部見てないやつがこの僕に意見をするな。

 って思うんだよね。

 また話を戻す。ともかく、アニメに魅入られた化け物がただ語っているだけのように思われるかもしれないが、僕は社会人として、社会の歯車として、ただ黙々と働いているのだ。

 そこに嘘偽りはない。この文章を職場で配布したら、きっと「絶対噓でしょ」なんて言われるに違いない。

 だって普段はアニメのアの字も出していないんだから。本当は自分のデスクにフィギュアだって置きたいし、そう、咲ののどっちの四分の一スケール(咲-Saki-全国編 原村和 バニーVer.)のやつ。

 職場に痛車(持ってないけど)で通勤したり、アニメTシャツで出勤したいし、コーヒー飲むときはアニメがプリントされたマグカップを使いたい。(これは映画館に行くたびに買っていた時期があるのでたくさん持っている。)

 でも、それは世間が許しても、僕が許さない。

 どうしてだろうか。本当はそうした方が楽なのに、それができない。

 やはり根底にはオタクは隠れて過ごすべきだという信念があるからだろう。知られてしまえば人生が終わると思ってきたからだろう。

 まあ、実際に死ぬことなんてないんだけど。

 でも、やっぱり困るのは


「お前、こんなん好きだろ」


と言われて萌えアニメ(死語)を突き付けられることだ。決めつけは良くないよね。まあだいたい萌えアニメは好きだけどさ。

 でも決めつけられるのって嫌じゃん。あとはおじさんが萌えアニメ見てるのって気持ち悪いじゃん。

 何も悪いことはしてないけどさ、「なんか嫌だな」ってのは分かる。

 何の話だっけ?

 とりあえず知られざるオタクの過去の話だっけ?

 なんやかんやでこうして僕は知られざる一面を背負ったまま生きてきた。だけど人間強度が下がったせいでオタク趣味を陰で公言したくて、徐々に仲間を増やしていく話。

 小学校でも中学校でも高校でも真面目な生徒だったから、その頃の人間にバレるのは嫌だななんて思うことがあるけど、実際は今のチ―牛みたく、オーラとかで分かっていたんじゃないかってのは思う。カーストも下だったから、陽キャに混じることなんてできなかったし、オタクであろうがなかろうが、結局はあまり関係がなかったように思う。



 そういえば、オタクだって恋をするのだ。というか、恋というよりはインプリンティングに近い。

 初めに優しくされた女の子に惚れてしまうというやつだ。しかもその女の子はオタク気質だったのだ。そりゃあ惚れてしまうよな。仕方ない、仕方ない(自己肯定)

 結論をしっかりと述べておくと、見事に粉砕し、見事、人生の経験として、「失恋」を覚えることになった。

 当時は「化物語」だとか「Angel Beats!」だとかが流行ってて、彼女はそれを知っていた。そういうのってテンション上がっちゃうじゃん? 秘密の共有ってやつ? (違う気がする)


「いいよな、Angel Beats!」


 そういう話題で話をしたことを覚えている。だが、彼女の方もオタクの話をしたくなかったようで、


「いいよね」


 みたいな軽い会話で終わってしまった。この後も色々と、オタクセンサーが反応することがあったが、どれもクリティカルヒットすることなく話題が途切れてしまった。

 この頃から自分には脈がないことは分かっていた。だけど、先ほども言ったインプリンティングだ。

 刷り込み行動なのだ。最初にオタトークできた女の子を自分のカノジョにしたいと勘違いしてしまったのだ。

 高校時代の知り合いだったにもかかわらず、大学生になっても告白という行為ができずに社会人一年目になってようやく自分の気持ちを素直に伝えることができた。

 見事粉砕し、オタクの恋路編も終了する。

 

 きっとこれ以上にヤバいエピソードが隠されていると思うが、自分の記憶を整理して伝えることができたのはここまでである。僕はこれからも知られざる一面としてこのオタク趣味を大切にしていきたいし、オタクを見つけると積極的にオタトークをしに行ってしまうと思う。

 でも、それでいいじゃないか。オタクは十年前まで軽蔑されてきたのだ。日陰でこそこそと生きるものなのだ。


 慎ましく、そして、ささやかに。身の丈に合ったオタクとして、節度を持ってこれからも隠して生きていきたいなと思う。


 隠していきたいはずだけど、一人じゃ心細いしつまらない。だから少しずつその輪を広げる。矛盾した生き方で一貫性のないように思われるかもしれない。


 だが、これが僕だ。静かに暮らしたいけど、それだけでは物足りない、僕の生き方だ。

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僕の人生の半分はアニメで出来ている。 阿礼 泣素 @super_angel

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