第3話 境界に立つ者
ノルド畑村の北には、
人と魔物の境界がある。
石を積み上げただけの、
低い壁。
越えようと思えば、
簡単に越えられる。
だが、
越えない。
それが、
暗黙の了解だった。
ある朝。
境界付近で、
小さな衝突が起きた。
畑を見回っていた農夫が、
魔物と遭遇したのだ。
怪我はない。
だが、
恐怖だけが残った。
「討伐だ」
冒険者が集まる。
「今のうちに、
芽を摘む」
「経験値にもなる」
言葉は、
いつも通りだった。
ラストは、
その輪の外にいた。
胸が、
嫌な音を立てる。
このまま進めば、
何が起きるか。
考えなくても、
わかる。
魔物は、
一体だけ。
森から、
はぐれただけ。
第1話の獣と、
同じだ。
「……待って」
また、
同じ言葉を使ってしまった。
冒険者たちが、
振り返る。
「今度は何だ」
苛立ちが、
隠されていない。
ラストは、
一歩前に出た。
足が、
震える。
「討伐すると」
「境界が、
壊れます」
「は?」
「意味がわからん」
ラストは、
必死に言葉をつなぐ。
「魔物が減ると」
「空いた場所に、
別の魔物が来る」
「もっと、
強いのが」
冒険者の一人が、
舌打ちした。
「だから、
全部狩るんだろ」
ラストは、
首を振る。
「それが……
歪みです」
自分でも、
驚く言葉だった。
「境界は」
「戦わないから、
保たれてる」
「壊したら」
「人も、
魔物も」
「戻れなくなる」
沈黙。
風が、
石壁を撫でた。
そのとき。
森の奥から、
唸り声がした。
低く、
警戒する音。
魔物が、
姿を現した。
角は小さく、
体も細い。
逃げ腰だ。
農夫が、
悲鳴を上げた。
「来るな!」
冒険者が、
剣を抜く。
「待って!」
ラストは、
境界の前に立った。
剣と、
魔物の間。
「……正気か」
誰かが、
呟いた。
ラストは、
魔物を見た。
目が、
合う。
恐怖。
警戒。
迷い。
人と、
同じだった。
「ここは、
越えない」
声は、
震えている。
「君も」
「僕たちも」
ゆっくりと、
一歩下がる。
魔物も、
一歩下がる。
時間が、
伸びたように感じた。
やがて。
魔物は、
森へ引いた。
唸り声は、
遠ざかる。
誰も、
すぐには動けなかった。
「……帰った、
だけだな」
冒険者が、
呟く。
討伐は、
行われなかった。
その日、
境界は守られた。
夜。
ラストは、
水晶板を見る。
レベル:1
変わらない。
それでも。
冒険者たちは、
次の日から
境界を越えなくなった。
農夫は、
見回りの時間を変えた。
争いは、
起きなかった。
ラストは、
静かな夜を歩く。
自分は、
何者なのか。
強くない。
賢くもない。
それでも。
「……選ばなかった」
「それだけだ」
水晶板が、
はっきりと揺れた。
だが表示は、
まだ変わらない。
レベル1。
境界は、
今日もそこにある。
壊されず、
更新されないまま。
――少年は、
世界の狭間に立ち続けた。
誰にも、
称号を与えられないまま。
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