転生済み、身分中流、実力上流の屍魔法使いは骨身を削って己を貫く~死は終着点ではなく新たな出発点でした。今頃、青山の土の中で両親や親族と仰向けになってゆっくり眠っていたハズなんだけどな。~

ヒ魔人(ヒ魔っちゃんやで)

第1話

―――「奥様、おめでとうございます…!ほら、元気な男の子でいらっしゃいますわ…。」

うるんだ瞳の女中が震える声を張り上げる。

「本当に、本当におめでとう、そしてお疲れ様、タリヤ…、よくやったな…、いや本当に…」

タリヤ ――彼の唯一にして最愛の妻、の手を力強く握り、ハービィサンダット氏はささやくようにこう言った。

「…フフッ、…あんた達が、赤ちゃんみたいに泣くんじゃ、しょうがないわ…」

力めば痛む腹でやっとの思いをして、タリヤ夫人は二人にこたえた。



ハービィサンダット氏とタリヤ夫人の息子、ハービィサンタリィアくんは転生者だ。これはまあ、半ばインクの無駄のようだが、前世での名を‟伊藤いとう 秋水しゅうすい”といった。ご賢察の通り、現世界の日本人だった。今生の異世界暮らしでは、中流階級貴族の家に生まれ、なに不自由なくすくすく育った。自身が転生者であることについても、幼少の認識能力では、‟自分は一度死に、生まれた。それを父母は知らない。”その程度のものだった。

しかし、それはやがて彼の今生を揺るがす精神的命題となっていく。

成長し、世界に対する認識は明晰になっていった。地域学校の少年学部も三階級…、現世界年齢にしておおよそ九歳ほどの時分には、己の前世のこともほとんど思い出せるようになった。それが彼を苦しめた。

彼の前世は自分でも、もうやり切った、良く生き抜いた。この世に忘れものは無い。そう思えるほど、真摯に、丁寧に、自己を見つめ外を見つめ、思考し行動し完成させたものだった。死のふちにあるときでさえ、まだやりたい事はあるが、やらなければならない事は無いと満足していた。まさしく満ち足りた一生を送れたのだ。あとはこのまま、横になって休むだけ。一つ墓の下、死んでしまった両親や親族らとともに、一生を頑張った分の疲れを、好きなだけいやせるんだ。まあ、問題はそこにくまでの苦痛だけだな。と、死に近づいた彼は一種の死に対する親しみさえ持っていた。


それなのに、どうしたことだろう。自分はまた生まれてしまった。うわつらだけでも、‟ハービィサンタリィア”の父母と本統ほんとうの親子の様に付き合うのは前世の実の父母に対する裏切りの様に思えた。それはまた同時に、ハービィサンタリィアの父母らを騙し続ける様でもあり、さらに自己否定的な心情におちいった。

…そんな彼の姿は今、小さな領内の森林にあった。少年学部三階の児童、それも曲がりなりにも貴族の子、が一人で出歩くなどこの世界で許されたことではない。しかし彼は、友達の家に遊びに行くんだ、もう約束してしまっているから、などと言っては親目を離れて一人散歩をしていた。そうやって一人になれる時間のみが、自分に与えられた唯一の慰みだと思えた。森では度々たびたび、生き物、もちろん現世界人的価値観には全く奇特な姿をした、モンスターとでも呼ぶべき物たち、の死骸を発見した。それらを見るたびに、居たたまらない気持ちになった。ぽかぽかした柔らかな日差しをさも心地良さそうに、静かに浴びるそれらは、この後どんな行く末を辿るのだろう?風雨にさらわれ泥にまみれ…。それから、木々の栄養になるか、蟻やなにかの様な分解者によって分解されるか、それとも死んだ血肉を喰らう別の生き物によってみ砕かれるのか。どんな末路にしろ、最終的には別の生命の生きる糧になるのだ。生命の身体となって生き続けるのだ。その身体で子孫を生んで、その子孫がまた恒久的に美しい生命の過程を辿り続けるのだろう。それが非常に羨ましい。原始的な生命の連鎖にも、人間的文化的な往生にも到達できなかった自分が非常に悔やまれた。

何度も死のうと思った。

が、そう思うだけで出来やしない。思い立った直後、前世で味わった死に到達するまでの苦痛がフラッシュバックする。また、前世では親しい親族との死別も味わった彼に、この小さな命ハービィサンタリィアの喪失がハービィサンダット夫婦にとって無双の不幸であることは容易に想像できた。自分の身勝手な行動で誰かを不幸におとしいれるのは、人間としてあまりに不誠実だと思った。また、最悪の想像――ここでの死がまた新たな転生の鍵となるだけなら…、という空想をすると、ひたすらに全身の力が抜けてしまった。結局、死ぬことは出来ない。そして‟ハービィサンタリィア”としての命を、墓中の陰夢いんむだと思い割り切るには、この世界は生々しく現実的過ぎた。

死ねない、また、生きる活力も無い。



まあそんな心情を抱えた彼も、少年学部五階になる頃には最早もはや、諦める様に生きていた。転生してしまったものはしょうがない。せいぜい、この世界を楽しんでやろう。人生二週目という余裕から生まれる楽しみというのもあるだろう。そう思い込むようにして日々を生き延びていた。


「おはよう、ハーブくん。」

さんさんと朝陽あさひの注がれる地域学校の一教室。‟ハーブくん”こと、かのハービィサンタリィアは妙に坊ちゃんぶった口調で友人と日常の挨拶を交わす。

「お早うございます。カンターニャさん。」

ハーブくんの良くつるむ友人の一人。カンターニャ(より現地の発音に忠実に表記するなら、カッターネィア)女史との出会いは少年学部一階の時だった。彼女は近辺では有数の土地持ち農家の娘だ。彼女と学級が重なるのは一階級時来のことで、ハーブくんは胸懐きょうかいに、あの幼女がよくぞここまで成長したものだな。などと思っている。

「なに?またぼ~ッとして、いつもの‟考え事”?」

異世界にも太陽に類する天体があって非常に良かったです、これで月があったらもっと良かった…、などと答えることは当然出来ない。

「ええ。流石のご賢察です。」

ハーブくんがにこやかにそう答えるのを、カンターニャは何故か満足そうに聞き届けて登校後の修学準備に手をつけた。

さて、カンターニャちゃんがその準備を終えてハーブくんの隣席に着くまでの多少の時間を使って、この世界、特にハーブくんの居る地方についての説明を加えておこう。まあ、一番簡単に例えるなら、綺麗な中世ヨーロッパと言ったところだろう。二階もある建物なら簡単に、どこまでも広がる農村と薄緑の草原と濃緑の森林とを見渡すことができた。また、市街部に行けば商工業を経営する店家みせや工場こうばがある。少なくともこのマルエス・サラーム地方はにいては、そんな風景以外を見ることはできなかった。しかし、特筆すべき現世界との相違はそんなものではない。聞いて、いや、読んで驚くき腰を抜かす事の無いよう注意されたし。なんと、この世界には…!


「そういえば、今日の一時間目のは校外活動だったわよね?」

準備を終えたカンターニャはこう言いながらちょこんと席に着く。


…なんと、この世界には、‟魔法”があるのだ。すごいね。

…その『魔法と言うのは、大気中含めた、あらゆる物質中に原子(中年学部で習います)とともに存在する、粒であって波、またエネルギーであるが一定の回路を成して発散された際に、回路のパターンに応じて異なった結果を残す現象です。』(公立学校共通 少年学部一階級用魔導学基礎教科書『はじめまして まどうがく』より一部抜粋)

ちなみに、この教科書を初めて読んだ時ハーブくんは失意の中、

(公立学校向け教科書のくせに随分と一文が長くて読みにくい…。これって全世界共通なのか…?)

などと思った。自分の『全世界』という語彙の誤用を棚に上げながら。


「ええ。その通りです。なんでも、講師に現役の冒険者をお呼びして、近くの森林で薬草の採取や利用に関する授業をして頂けるとか。」

冒険者というのはこの世界独自の職業で、前述の魔法やあるいは魔道具、または己の肉体を用いて、異世界人類に害を成す様々な事や物を事前に取り除く事を目的とした職である。また、冒険者らは基本的に組合ギルドと呼ばれる組織に属し、そこから業務クエストを受注して報酬を得ている。また業務中偶然手に入った物は組合から認証を得次第しだい、冒険者が手に入れられるらしい。

「冒険者…、カッコいいわよね~。私も将来、魔法使いになって冒険者になるわ。そうだ、ハーブくんもやりましょうよ!ハーブくん魔法使うのすっごく上手だから、こんな田舎の組合ならすーぐトップに立てちゃうわ、軽くSランクくらいの!そしたら、いっしょのパーティになりましょ?ね、どう?」

カンターニャは熱を持って能弁をふるった。この世界の冒険者というのは大方の子供がまず一番最初に憧れる職業であるらしかった。ハーブは彼女の提案に答える。

「お誘いいただきありがとうございます。でも…、」

言いかけて、言葉に迷う。『でも、それは危険を伴う職業です。それも命にかかわる危険だ。わかくして死んでしまってはいけません。僕は遠慮させていただきます。』とはとてもいえなかった。このぐらいの年齢の子達にとって同級の友人に夢を否定されることほど不愉快な事は、そうそうないだろう。あるいは『死なないくらい強くなるからいいもん』などとムキにさせてしまいかねない。

‟怒ったり、悲しんだり、不快な感情でいる時間は人生で出来る限り切り詰め、少なくしていくべきだ。それが満足のいく人生を過ごす方法の一つだ。”

そんな考え方がちゃんと彼の精神の根本には備わっていたし、当然、人間として他人ひとの人生に一瞬でも水を差すようなことはしたくなかった。

「…でも、冒険者ってお給料安いんじゃないですか?」

一瞬の思案の挙句、笑談じょうだんめかしてこう言った。

「んもう、そんなこと無いもん!知らないの?‟冒険者ドリーム”ッて!」

‟冒険者は薄給”というのは、中途半端な現実的さで、つ、子どもにも定型句を以て簡単に言い破れる、丁度ちょうどいい冗句じょうくだった。

「お早う、二人とも。何やら朝から盛り上がっているみたいだね。早速今日の校外学習の話かい?」

二人の会話に新たな音声おんじょうが割って入る。

「あら、お早うネイル。まあ、最初はその話だったわね。」

ネイル(本名ネェルネススライトよりとられた渾名あだな)はハーブが五階に進級して新たに得た友人だった。ネイルもまた、貴族の生まれだという。

「失礼、全く気が付きませんで。ネイルさんお早うございます。」

柔和な笑みを浮かべてハーブが言った。

「ああ、お早う、ハーブ。」

しばし三人で一時間目の事について話し合った(といっても、今回も当然この三人で組んで行動するでしょと確認した程度の)後、教師が入室しその場は解散となった。



―――そして、一時間目『魔導学』。当然ハーブのクラス一行の姿は近辺の森の浅くにある。木々の少し開けた間に二十人ほどの生徒が座っている。特段隊形を組んでいるということはなく、クラス内の仲良しメンバーでかたまっている様だ。

「それでは、今日特別に先生をしてくださる冒険者のみなさんです。どうぞ~。」

若い担任教諭がハリのある声を弾ませる。それに応じて、冒険者ら三人がおのずと一歩前に出る。

「どうも、サークル‟真紅のうさぎ”のリーダー、前衛剣士のソウダです!今日一日、みんな大人の言う事をしっかり聞いて、たっくさん、薬草について勉強していってね!」

「ハァイ、後衛魔法使いのリークよ。みんなの身の周りにもある危険な毒草についても、今日の授業で触れるから、覚えて帰ってくれたら嬉しいわ。」

「おう、俺は前衛大剣使いのロルネットだ。まあ、なんだ、この二人より学はねえが、危なそうなモンがあったらすぐ俺に言ってくんな。すっ飛んで行くぜ。」

冒険者らの軽い自己紹介が終わると子ども達がキャッキャッと騒ぎだす。

「え~なんだよ‟赤いうさぎ”って~?聞いたこともないグループだな~。」

「タハハ…、まあ、そうかも…?」

「リークさんその服かわい~」

「ふふ、でしょ?着る人が良いとファッションはもっと輝くの。だから、あなたのお召し物も素敵よ、お嬢ちゃん。」

「その剣でけ~!カッコいいぜ!」

「お、コイツの良さが分かるたあ、なかなか見る目あるじゃねえか、」

「ちょっとみんな!冒険者さんを困らせないの!」

彼らの自己紹介を聞いて、妙にテンプレ的な冒険者らだなという感想だけがハーブの胸懐に残った。もしかして矢張やはり、この世界は何かの作為によって練られた虚構で、死ねばこの夢から目を醒ます…というか完全な癒しの眠りにつき直せるのではないかと、久しぶりにそんな妄想が頭をよぎった。

…不意に、視界に視界に小さな虫が目に入る。この人の多い中をあっちへせかせかこっちへせかせかと動き回る。虫はそうやって、人に踏まれずなんとか生き延びようと躍起やっきになっていた。こんなところで死はしまいという決死の思いが、その必死の足取りに現れて見える様だった。

やっぱり、この世界は確立された一つの現実なのだろうか。あるいはもしかして、自分の前世の記憶というやつこそ、何かによってでっち上げられた異常の物なのだろうか。自分はすべてのこの今生を否定する妄想を忘却し、決別し、ハービィサンタリィアの名を心の核に置いて生きた方が幸せなのだろうか。

生まれたことも死にたいことも、考える事を諦めるようにして日々を生き逃げてきた彼にとって、なぜかその虫が自分に非常に重要で、逸脱的でありながら画一的な認知を授けようとする存在に見えてしまった。

虫はしばらくちょこちょこ動き回ったかと思ったが、突如とつじょ、視界の端から延びてきた脚に踏まれた。脚が離れると、そこにはぐんなりと雑草が押し潰されていた。草の根をかき分けかき分け出てくる小さな虫の事を期待したが、ハーブの見る限りついにそこから出てくる影は無かった。ハーブは見上げた。虫を潰した脚は一人の少年のものだった。またさらに少年の目を輝かせ見上げる先は冒険者だった。

思えば、それがハーブの今生にいて初めての、心の通じ合った者との死別だったのかもしれない。他のどんな魔法がこの世界にあっても、虫けら一疋いっぴきの命さえよみがえらせることのできる方法は無かった。

「ほおら、ハーブ立って。みんな行ってしまうわ。」

カンターニャはこう言いながら、ぐいと座り込むハーブの腕を引っ張った。

「うん、今回ばかりは彼女の強引さに便乗せねばならないみたいだ。またいつもの‟考え事”かい、哲学者殿どの?」

ネイルが本当に焦っているのかいないのか、わからないような調子で付け加える。

「あ、ああ本統に申し訳ないです、行きましょうか。」

全身ががっくりしているのをカンターニャの手を借りて立ち上がる。不幸中の幸いにして、虫の本統の生死はわからない。

ネイル、カンターニャがクラス一同に追いつくために駆け出す後ろで、ハーブはその場から逃避するために走り出した。



―――「さて、このあたりで良いかな。」

いつの間にか円状に群れ成す集団の中心となっていた冒険者が立ち止まった。

「それじゃあ、今から各自行動に移ってもらいます。さっき見せた、この薬草やこんな感じの薬草が見つかったら、実際に採ってみてください。逆に、さっき教えたこんな草やこんな草は、毒草だから絶対に触らず、近付きすぎず、スケッチだけ挑戦してみてね。わからない、気になる草があったら、周りに居る僕たちに遠慮なく聞いてください。探索範囲は、大人の目の届くこの開けた一帯だけ。いいね。それじゃあ、探索開始!いっぱい見つけるぞ~?おー!」

「「「おー!」」」

かくて、子ども達は思い思いの四方八方へ散開した。ハーブら三人組の中ではカンターニャが最もはしゃいでいる様に見えた。

「あのね、わたしのお母さまは薬草学をたしなんでいるの。だから、こう見えて私も薬草の知識がすこしはあるのよ!」

金銭的に余裕がある家の女が学問をやるというのは、このあたりでも無い話では無かった。ハーブはこのくらいの子どもの言う『すこしは』が、さてどれほどのものだろうと思ったがカンターニャの薬草に対する知見はなかなかどうして深かった。

「これは○○という草でね、風邪のときにはうんと効く薬になって…、こっちは××といって、芸の無い医者は大抵これを粉にしてったのを渡すわ…」

と、面白いくらいに目に入る草はなんだって語ってみせた。

「素晴らしいですね。流石カンターニャさん、全く、お見それ致しました。」

「いやいやいや~、そんなこと無いわよ~。」

ハーブの称賛を受けて、彼女の顔は科白せりふと裏腹にとろとろにとろけきっていた。一連のやり取りにネイルも追従する。

「うん、本統に、大人顔負けと言ってもいいんじゃないかな。ところで…」

二人のきょとんとした顔が同時にネイルを向く。

「ところで、ここはどこだい?」

三人とも共通して、周囲に二人以上の人影を認めることはできなかった。


―――to be continued

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