知らないコマンドみつけた

すずめ

知らないコマンドみつけた

***

『知らないコマンドみつけた』

「save the life」ってゲーム。

一回ゲームクリアするとコマンド入れられるようになるんだよ。

まあ色々やってゲームの仕様が変わったりもするんだけどさ、/ save the life yumiって入れた時だけ不思議なことが起こんの。

まじでびっくりするからやってみて→

***


矢印の先にはゲームのリンクが貼られていた。

僕は迷わずリンクを押してみる。

マイナーゲームの掲示板で見つけたやつだし、どうせ大したことないだろうと思っていた。

パソコンの大きな画面がぱっと光り、ゲームのタイトルが出てくる。


『save the life』


翻訳すると、助けるとか救うっていう意味だけど。

白い背景にぽつんと置かれたその言葉からは、まだどんなゲームなのか想像ができない。

『はじめる』を押すとタイトルがフェードアウトしていき、画面が変わった。

実写の家の中の背景にテキストボックスが出てくる。

ノベルゲームか。

そしてゲームの主人公が話し始める。


『私は小川ゆみ。近くのK小学校に通っている女子小学生だ。』


よくあるセリフを流し読みしながらテキストを進めていく。

この小川ゆみって奴は『ささっちゃん』っていう親友がいて、仲のいい男友達も二人いるらしい。

正直どうでもいいのでさっさと読み進めていく。

気がつけば、選択画面に辿り着いていた。


『友達から遊びを誘われた。

             →はい』


「ん?」

なんだこれ。

選択画面なのに、『はい』しか映ってない。

僕はここでふとあるものを画面上に探し始めた。

「あ…セーブがない。」

テキストログとかオートモードとか、ウィンドウ非表示とかやけに充実してるくせに、セーブだけが無かった。

もしかして、周回要素がないのか…?

仕方がないのでとりあえず、押せと言わんばかりに表示された『はい』をクリックする。

ゆみを誘ったのは仲のいい男友達二人のようだ。

実写の背景からみるに、この主人公は田舎暮らしをしている。

どうせ宣材写真だろうが、雰囲気のいいところだった。

変わらない田舎道の写真が次々と移り変わる。

ゆみ達が着いたところで、トンネルの写真に切り替わった。

とても気味の悪いトンネルだ。

男友達のひとりが中に入ろうと誘う。

また、選択画面がでてきた。


『中に入る?

     →はい』


また、『はい』しか出てこない。

まるで最初から決まっていた運命のように物語が進んでいく。

途端に、ゆみが走り出した。

トンネルから外へ出て、先ほど見た光景がどんどん流れていく。

まるで、走馬灯のように。


『轢かれる?』


突然ゆみが道の真ん中で止まったと思えば、不穏な選択画面が出てきた。

答えはもちろん、『はい』しかない。


『→はい』


ばっと画面一面が深い赤色で染まった。

脳の理解が追いつかないまま、画面をみつめる。


『command enabled』


赤色の真ん中に、その文字が現れた。

ゲームクリアでも、エンドでもない。

ただ、コマンドが打てるようになった。


タイトルの下に、さっきは無かった黒い入力欄がある。

僕は止まった指先をマウスの上で休ませながら、無意識に流れていた汗に気付いた。

ゲームとしては、なんの面白みもやり込み要素もない。

だけど僕はどこかに引っかかっていた。

何か見落としている気がする。

このゲーム。

いや、ゲームと言うべきか。

僕は誰かの日記を読んでいたのかもしれない。

動かなかった身体を無理やり動かして、最初の掲示板に戻った。

コマンドを打つ前に、何か情報が必要な気がしたんだ。


『ささっちゃんの喋り方可愛すぎ定期』


『/meowって入れたらゆみの語尾「にゃ」になって草』


『save the lifeに使われてる実写の背景素材さ、画像検索してみたけどネットにあるやつじゃないんやね。制作者が田舎モンなんかな。』


『これガチの話あるぞ。』


『こんなおもんないゲーム考察してるやつは暇なんか』



『ゲームのトンネルこれじゃね?→』


やっと有益そうな情報が出てきた。

僕は矢印の先にあるリンクを踏む。

「…!」

古いトンネルの画像が出てきた。

ゲームに出てきた気味の悪いトンネルと全く同じだ。

撮られた角度や季節は違うっぽいけど、周りにある植物が同じだから多分このトンネルだろう。

僕はすかさずこのトンネルの位置を調べる。


『○○県✕✕市△△村』


出てきた村の名前ですることは決まっていた。

「△△村 事故…と。」

少し震えた指でEnterを押す。


幸か不幸か、その村で起こった事故がひとつあった。

一人の少女が、大型トラックに轢かれたらしい。

それ以上の情報は載っていなかった。


「行ってみるか…。」


ニートの僕にとって時間は有り余るほどある。

そんなに遠くでもないから、金も足りる。

時刻は朝の7時。

僕は身支度を終え、雪が降り積もる外へ身を投げ出した。


「寒っ…。」

久々に出た外の世界は思ったより白く染まっている。

地方行きの電車の中、スマホでゲームの情報を確認しながら揺られていた。

変に暖かい空気と静かな車内が僕の眠気を誘う。

今日は朝までゲームしてたし、ちょっと寝ないとな。

僕は目を閉じて揺れに身を任せた。



***

「…。」

見知らぬ少女が佇む。

僕の前。

ここはどこだろう。

「ありがとう。」

少女が喋った。

僕が声を発することはできなかった。

***



「終点〜△△〜△△です。」

なんだか不思議な夢をみた気がする。

僕は急ぎ足で電車を降りた。

辺りを見渡す。

ゲーム内の背景と似たような景色が、そこにはあった。

これからこの場所で、僕は何を知るのだろうか。


改札を出て、地面の雪を避けながら歩く。

途中でリスが真横を通ったりもした。

小さな橋を渡るときには、遠くの森にシカが見えたり。

ここに来るだけで都会の喧騒が忘れられるような、とても素敵な場所だ。

橋を渡りきったところで、村の人と目が合った。

女性が一人。

僕は勇気を出して声をかけてみた。

「あ、あの…。」

しまった。

なんて声かければいいんだろう。

事故について個人的に調べてますなんて、馬鹿正直に言えるわけないし…。

「観光客の方ですか…?」

「あ、え、えっと…。」

人と話すなんて何ヶ月ぶりか。

僕は最大まで焦り倒した挙句、ストレートに言いたいことを言ってしまった。

「えと…ゆ、ゆみさん…ってこの村の方ですよね…。」

「…。」

女性は驚いた顔で固まっている。

当たり前だ。

こんな挙動不審な奴が目の前にいるんだもん。

「由美のことですか…?」

「え…。」


僕がこの村で出会った第一住民は、ゆみのお母さんだった。

それも仏のように優しい方で、事故のことを知ってこの村に来ただけの僕を家に上げてくれたんだ。

「遠慮せんでください。せっかくこんな村に来てくださったのですから。」

おかあさんは皿から溢れるほどの駄菓子を机の上に出した。

「あ、ありがとうございます。」

「いえいえ…。それにしても、もう七年前になるのに、知って下さる方もいるのですね。」

「まぁ…ネットで色々知ったというか…。」

おかあさんは呆れたようにも見える笑みでガラス製のコップに水を注いだ。

「最近はなんでもそうですよね。ネットの情報網は恐ろしいです…。」

二杯目のコップに水を注ぎ終わる瞬間、家のインターホンが大きく鳴った。

「あら、すみません。お隣さんかもしれないわ。席を外しますね。」

「どうぞ。」

今だ。

僕は素早くその場を立ってリビングを離れた。

この時間を利用してゆみの部屋を探す。

もしかしたら、もしかしたらゲームの情報があるかもしれない。

僕は狭い廊下を行ったり来たりして、ようやく子供部屋を見つけた。

暖かい東の光が勉強机に差している。

その光の先には、短くなった色鉛筆たちと、1枚の絵が置かれていた。

白い花の絵だ。

「これは…桔梗ききょう?」

前に花屋のバイトをしてた時の知識がここで役に立った。

白い桔梗なんて、この辺りには咲いてなかった気がするが、きっと昔はあったのだろう。

それにゆみは、絵がとても上手だ。

小学生とは思えないほど色鉛筆の使い方がうまい。

「これを探しに来たんじゃねーよ…。」

時間は限られている。

かなり外道なことをしているのは分かっているが、僕は手当たり次第にゲームと結びつきそうなものがないか探った。

おかあさんに頼んだとて許しを得られるとは限らない。

このチャンスを逃すものかと身体が動く。

ゲームの真相を掴みたいと蠢く僕の心はいつの間にか大きくなっていた。


結局、子供部屋からは白い桔梗の絵しか見つからなかった。

ただ一つ気になったことがある。

部屋がおそらく当時の状態を保っていることに対して、クローゼットにあったはずの衣服類が大半無くなっていることだ。

部屋の状態をこんなにも綺麗に保っているのに、愛娘が着ていた衣服を簡単に捨てるだろうか?

僕は首を傾げながら、おそらくゆみのお父さんのものであろう部屋に入っていた。

こちらは奇妙なことに、物がほとんど置いていない。

ミニマリストでも驚くほど片付けられた部屋に一瞬戸惑ったが、目線はひとつに定まっていた。

「これは…!」

日記だ。


「何をしているのですか?」


ばっと振り向いた先にはおかあさんが立っていた。

終わった。

「あ、あのこれは…。」

「もしかしてあなた、あの事件について調べているのですか?」

「え。」

おかあさんの優しい声に驚いたのも束の間。

僕は今の発言に大きな違和感を抱いた。


「事件…?」


僕らは来た時と同じように向かい合って座った。

「無意識に口に出しちゃったみたいですね私。由美が亡くなったのは、事件なんです。」

それは一言で言えば、轢き逃げ事件だった。

「犯人は見つかりませんでした。きっともう、遠くに逃げちゃったのかも…。」

「失礼ですが、何故事件ではなく事故とマスコミには言ったんですか?」

おかあさんは気力のない目線を下にやって言った。

「まぁ、大事にはしたくなかったんです。それにあの子、死ぬ直前まで毎日が楽しくなさそうで…。親だから分かるんです。どれだけ可愛い笑顔で取り繕ってても、あの子が何かに怯えてたって。」

声がどんどん震えていく。

「きっと神様からの罰です。あの子の瞳が暗くなっていく原因を、突き止められなかった私への罰なんです。」

おかあさんは皺の多くなった両手で自分の顔を覆った。

「ごめんなさい。そろそろ、痛みにも慣れなくちゃね。」

こんな僕から優しい言葉なんてかけられても、きっと一生の傷は癒えないのだろう。

だからせめて、自分を否定してほしくなかった。

「慣れなくていいんですよ。大人なんて、子供の延長線です。たくさん泣いて、生きてください。」

僕はおかあさんの側で背中をさすった。

「あなたが来てくれて、良かったです。私、由美が小学2年生のときに夫も亡くしていて、由美を亡くしてからずっと一人だったんです。」

「そうだったんですか…。」

「だからこの気持ちを充分に伝えられる人もあんまり居なくて…やっと誰かに言えた気がします。」

しばらく時計の針の音がカチカチと僕らの周りを転がっていた。

おかあさんも落ち着いたところで、僕はひとまず家に帰ることにした。

玄関を出たところでお辞儀をする。

「色々、お騒がせしました。」

「いえいえ。何かあればまた来てください。…それと、これ、夫の日記です。あなたから大丈夫だと思うから…。」

おかあさんはまだ綺麗な日記帳を差し出して言った。

「い、いいんですか?」

「えぇ。事件について情報が載ってるかわからないけど、持って行って頂戴。」

「ありがとうございます。最後に、聞きたいことがあるんですけど…。」

おかあさんは笑顔で頷いた。

「ゆみさんに関する…変なこととか、ありましたか?例えば、誰かが事件をゲームの題材にしていいかと尋ねてきたりとか…。」

「ゲーム?ううん…そんなのはありませんでしたけど、由美が亡くなってから、由美の部屋の服が段々と消えていったんです。最近はもう全部消えちゃって、変なこともないのですけどね。」

「え?それって…誰かに相談したりは?」

「友達に相談して監視カメラとかも置いたりしてたんですけどね。結局見つからず仕舞いで。」

「そう…なんですか。」


僕は変な後味を噛み締めたまま電車に乗り込んだ。

save the lifeは実在した轢き逃げ事件を題材にしたゲーム?

なんのためにつくられた?

制作者は誰?


コマンドを打つとどうなる?


分からないことが多すぎる。

どうか答えが少しだけでも載っていますようにと、お父さんの日記を開いた。



『✕月✕日。今日からゆみちゃんとの日常を日記にまとめていく。

今日はピンクのお洋服を着て学校まで佐々木ちゃんと一緒に歩いて行った。』

『✕月✕日。今日は男友達二人と一緒に公園で遊んでいた。楽しそうで、ちょっと嫉妬した。』


なんか、お父さんの日記っぼくないな。

まるで、その場でゆみを見ながら書いているような…。


『✕月✕日。今日、ゆみちゃんが高いところから落ちそうになった。ちょっとのところでお母さんが助けてくれたけど、ふとオカルトサイトで見た儀式を思い出した。』


「ん…?」

続きには、その”儀式”とやらの詳細が書かれていた。



『生き返らせる対象は”従順で清楚な人間”とする。』


『手順1。対象を知る人物が紙、あるいは媒体のテキストに対象の名前と…


途中で字が掠れていた。

「生き返らせる…?」

いや、それより…。


“従順で清楚な人間”


これはゆみのことだ。

点と点が繋がった。

ゲーム内でゆみの選択肢が「はい」しかなかったのはゆみが従順であるため。

これは事実に基づくんじゃないのか?

おかあさんが言っていた。


『毎日楽しくなさそうだった』


あれは自分の気持ちを素直に出せなかったから。

でもじゃあ…『何かに怯えていた』のは?


自分の意思じゃなかったんじゃないか。

お父さんは、ゆみがもし亡くなったら生き返らせられるように、ゆみに従順であることを強制した。


僕は後のページを捲った。


『✕月✕日。今日は……二人と…のトンネ…。』

ずいぶん劣化してしまって読めないが、トンネルに行ったゆみが記してあるのは確かだ。

このページはその日のことを書いてあるのか。

あ、あれ…?


***

「私、由美が小学2年生のときに夫も亡くしていて…。」

***


この時は、お父さんが死んでいるはずじゃないか。

待て。

じゃあこれは、



家族でもなんでもない。


赤の他人の日記だ。



体全体の皮膚が唸りを上げた。

僕が読んでいるこれは、ゆみを四六時中覗いていたやつの日記だ。

ゆみの服が消えていっていたのは、こいつが自分の気持ち悪い趣味嗜好のために盗んだからじゃないか…?

じゃあ、ゆみに従順を強制したのも、こいつってこと…だよな。

想像以上に、胸糞悪い話だ。


電車は僕の家の最寄り駅に着いた。

ドアが開いたと同時に急ぎ足で家へ向かう。

とにかく、早くパソコンの前に座りたかった。


急いで玄関のドアを開け、パソコンまで一直線。

すぐに立ち上げて、ゲームを起動した。

タイトルが表示されるまでの時間がやけに長く感じた。


『save the life』


タイトルが現れた。

今はもう、この意味が分かる。

ゆみの命を、救える。

いや、あんな儀式を信じるなんて馬鹿かもしれない。

でも少なくとも、ゲーム内のゆみに変化があるんじゃないか…?


黒い入力欄が僕を見つめてくる。

カーソルが吸い込まれる。


『/save the life yumi』


進むには、かなり時間がかかった。

なんでこのゲームが作られたのか。

制作者にどんな意図があるのか。

僕は深呼吸をしながら、Enterを押した。


実写の映像が流れる。

隠し撮りのような画角の真ん中に、女の子が一人。

ブランコに座っていた。

これが…由美なのか。


映像が切り替わり、友達と一緒に登校している様子が映し出された。

きっと由美の隣にいる女の子は、『ささっちゃん』なんだろうな。


また映像が切り替わる。

今度は男友達二人と一緒に鬼ごっこをしている様子だ。

これが、ただの微笑ましいホームビデオだったら良かったな。


また映像が切り替わる。


映像が切り替わる。


切り替わる。


切り替わるごとに、由美を知っていく。


そして急に音声が入ったのは、由美が目の前で怯えながら立っている映像だった。


『君はこれから、従順でなきゃだめなんだよ。

分かる?「はい」しか言っちゃだめなの。』


吐き気を催す言葉だった。


『じゃないとね、おかあさん殺しちゃうよ。』


由美はその言葉に食いつくように「はい」を繰り返した。

泣き縋るようなその声は、僕の鳩尾みぞおちに深く刺さる。


映像が終わったと思えば、選択画面が出てきた。


『儀式を始める。 →はい』


儀式…。

確信に変わった。

このゲームの制作者はゆみの変態ストーカーだ。

それにこいつは、プレイヤーにまで従順を押し付けているのか。

とんだ外道だな。


だけど、もうここまで来てしまった僕の好奇心は止まることを知らなかった。

何故だろう。

指が意思を持って動くみたいだ。


『→はい』


真っ黒な背景に白い文字が浮かび上がった。



『”身代わり”を実行します。』


身代わり…?


「っ…!!」


頭が、痛い。

なんだ。

何が起こっているんだ。

身代わりって、僕が?

由美の身代わりになるってことか?

待て、あの儀式…。


***

『手順1。”対象を知る人物”が紙、あるいは媒体のテキストに対象の名前と…

***


対象を知る人物が身代わりになる…!

いや、こんなの偶然だよな?

たまたま偏頭痛が起こっているだけで…。


***

『由美ちゃん!今度水族館行こうよ!』

『うん!』

***


え?


***

『由美!この近くに廃墟トンネルがあってさ、行ってみようぜ!』

『うん!』

***


なんで、なんで由美の記憶が流れ込んでくるんだ?

僕にこんな記憶…。

あれ?

僕って…どんな友達がいたんだっけ?

家族の名前なんだっけ?

あれ、あれ。

今、何してたんだっけ。


自分の名前、なんだっけ。



***


蝉の声がうるさい。

暑い風が肌を刺す。

僕はいつからか道の真ん中に立ち、遠くの山を見つめている。

ふと、後ろから音が聴こえる。

“僕”を奪う音が。


『轢かれる?』


『はい。』


***

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