悪役令嬢、完璧な復讐計画(プロジェクト・鏖殺 )

来田あかり

短編

「ルシアン様、わたくしとの婚約を破棄なさり、そちらのメアリ様とお付き合いなさるとは、いかがなことか!」




 公爵令嬢セシリア・デ・ノワイエとして、私は典型ではあるが完璧と思える怒りを演じた。




 舞台は王宮の舞踏会。大勢の貴族が見守る中、私は高圧的に、だがどこか悲劇的に、婚約者であるルシアン王子と、平民出身のヒロイン・メアリを罵倒する。




 ルシアン王子は冷たい目で私を見下ろした。




「セシリア、お前のような人間にはメアリの純粋さは理解できまい。お前との婚約は、この私が破棄する!」




 周囲の貴族たちは、憐れみ、そして嘲笑の目を向けていた。




 完璧だ。全ては私の計算による計画通り。




 前世で、私は精神科医だった。そして、他者の感情を理解できない「共感性の欠如」という疾患を持つ、生粋のサイコパスでもあった。




 この世界に転生した私は、自分が悪役令嬢であり、三年後にヒロインに断罪され、処刑される運命だと知った。




 一般的な悪役令嬢なら、運命に抗い、まともにフラグを潰して平穏な生活を目指すだろう。




 だが、サイコパスの私にはそれは無理だった。




 他者の喜怒哀楽、悲しみ、絶望……それらは私にとって、興味深い「データ」でしかなかった。




 ならば、この「処刑」という結末を回避し、さらに高次の「研究」へと昇華させよう。




 私は、ルシアン王子とメアリ、そして私を嘲笑する全ての貴族たちの感情のパターンを徹底的に分析した。彼らの弱点、依存性、そして最も脆弱な部分。




 私にとって、彼らはただの実験体だった。




 復讐ではない。




 これは、人間という複雑な存在が、破滅という刺激によってどのような崩壊パターン(ブレークダウン・シナリオ)を示すかを観察するための、壮大な実験計画。コードネームは「プロジェクト・鏖殺 」。こういうのは元いた現実世界ではさまざまな要因で実現は難しい。しかしこのAIがシミュレーションしたと思しき世界では、俺、いや私にとりあたえられたスキルによりやり放題である。


 この世界を構築するAIが何らかの意図で私をら通じ、データ収集が目的であるにしても。それは私との共犯関係と言える。




破滅へのプロット進行


 私は婚約を破棄された後、すぐに公爵家から追放された。


 計画通り、私は領地へは行かず、辺境の小さな村へと身を隠した。


 貴族という身分を捨て、農民として生きる。これもまた、実験の一環だ。




 私が去った後の王都は、順調に破滅へと向かっていった。


 メアリは、魔力を持たないが故に虐げられていたが、実は失われた古代魔法の使い手であった。その力は、王都の魔力を安定させる要だった。


 だが、それは表向きの筋書き。私は密かに、王都の魔力供給システムを「脆弱化ヴァルナライゼーション」させていた。


 まず、メアリが古代魔法を発動させると、王都の魔力システムに過負荷がかかるように仕向けた。


 ヒロインが魔力を振るえば振るうほど、王都の魔力バランスは崩壊へと向かう。




 まるで、癌細胞が増殖するように。




 そして、経済。




 私の父である公爵は、王都の金融システムを牛耳っていた。私はその隠された脆弱性バックドアをすべて把握していた。




 私が追放された後、父は私の財産を王家へ献上した。私はそれを予見し、その財産を事前に「無価値なもの」にすり替えていた。




 王家は、父から受け取った「偽の資産」を元手に、次々と新しい事業を立ち上げた。


 経済が順調に進んでいると誰もが信じていた。


 私が、トリガーを引く、その瞬間まで。




収穫の儀式ザ・ハーベスト


 三年の月日が流れた。


 私は、辺境の村で平穏な日々を送っていた。




 野菜を育て、村人と交流する。




 誰も私が、かつて王都で悪役令嬢として振る舞っていたセシリアだとは知らない。


 私は彼らに優しく、親切に接した。彼らは私を「聖女様」と呼んだ。




 だが、彼らもまた、私の「観察対象」だった。




 幸福と平穏。それは、彼らの感情を最大限に高揚させるための、完璧な培養環境だった。




 ある晴れた日、私は村人たちに告げた。




「皆さん、収穫祭の準備をしましょう。今年はきっと、素晴らしい収穫になりますよ」




 その言葉通り、村の作物は豊かに実った。




 しかし、その日の夜。




 私は村の集会所に村人を集め、秘密裏に設置しておいた魔力遮断装置を作動させた。




 「聖女様、どうなさいました?」




 村人たちが戸惑う中、私は満面の笑みを浮かべた。




 「さあ、皆さん。最高の実験の始まりです」




 その直後、王都で異変が起きた。




 王都の魔力システムが、ついに崩壊したのだ。


 それは、メアリが発動させた大規模な古代魔法がきっかけだった。彼女は、王都の魔力枯渇を救おうと必死だったが、私の仕掛けた罠により、それは止めの一撃となった。




 魔力は暴走し、建物は崩壊し、人々は絶叫する。




 その混乱に乗じて、私は事前に仕込んでいた偽の資産を一斉に「現金化」した。


 もちろん、現金など存在しない。それは、王都の金融システムに魔力「虚無ヌル」を注入する行為だった。




 王都の経済は一瞬にして崩壊した。




 ルシアン王子は、財産を失い、民衆から石を投げられる。


 メアリは、その古代魔法が王都を滅ぼしたとされ、魔女として追われる身となった。




 王都は、物理的にも、経済的にも、完全な「死」を迎えた。




 そして、私の実験場。村。と村人。




 魔力遮断装置は、村を外部から完全に隔離した。


 王都が滅んだという情報は、この村には届かない。




 村人たちが私を信じて疑わない中、私は彼らのしゆうかくさいの、ワインと食事に、事前に用意しておいた毒を流し込んだ。


 それは、緩やかに神経を麻痺させ、意識を保ったまま、五感を奪う毒だった。




 「セ、セシリア様…なぜ…」




 村人たちの目が恐怖と裏切りに歪んでいく。




 私は彼らの顔を、一人一人、丁寧に観察した。




 絶望。裏切り。恐怖。




 かつて私を「聖女様」と呼んだ彼らの顔は、感情の波で複雑な模様を描き、やがて虚無へと変わっていく。




 私は、最高のデータを得た。




 人間が、幸福の頂点から絶望の奈落へ突き落とされた時、どのような表情を見せるのか。


 それが、私の求めていた「実験結果」だった。




 私は、絶望の表情を浮かべたまま、動かなくなった村人たちの中央に座り込んだ。




 そして、王都の滅亡と、村人たちの死を、一気に脳内で結びつけた。


 王都で破滅した人々。そして、ここで絶望を味わった村人たち。


 「私を罵倒し、追放した者たち」、そして「私を聖女と呼び、絶対的に信頼した者たち」の二つのグループに分かれることに、意味などなかった。




 どちらも、私にとっての「実験体テスト・サブジェクト」だったのだから。




 静かな夜の中、私は一人、ノートに観察結果を記録し始める。




 「被験者A群(王都の人々):崩壊は広範囲に及び、予測不能なパラメータ変動を示す。データとしてはノイズが多い」


 「被験者B群(村人たち):絶望は一点に集中し、純度が高い。極めて良好なデータ。プロジェクト・鏖殺の最終目的、達成。」




 私はペンを置き、満足げに微笑んだ。


 外から、何の音も聞こえない。


 私が作り出したこの完璧な「静寂」の中で、私の実験は完了したのだ。




 そして、私はこの世界で、ただ一人の人間として、完璧な平穏を手に入れた。




 私は、自分の「ざまあ」を、誰にも見せることなく、ただ一人、堪能していた。

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悪役令嬢、完璧な復讐計画(プロジェクト・鏖殺 ) 来田あかり @kita-akari

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