第4話「知りたいこと」
子供らしからぬ振る舞い。粗暴な言動。話している最中、端々に見られる遠い記憶を掘り起こすような視線の動きや表情がマーロンは愉快だった。
きっと、この子は天が授けてくれたに違いないと直感する。今は世俗に慣れていないのも当然。いくら恵まれた才能があり、大人と遜色ないとしても、彼女が四歳の子供であるという事実は変わらないのだ、と。
「ミナ。君は笑った事があるかね?」
「笑うことで得られるものが私にはない」
およそ四十年の生涯を振り返ってみれば、さほど楽しいものでもなかった。生まれは今と変わらない孤児という世俗から切り離された最下層。
なにより、今と変わらない膨大な魔力量。平凡な魔法使いに認められるものと比べて、天と地の差がある。まさに神の気まぐれによって生まれた造形物。感情の起伏が殆どなく、大概のことには興味がない。
何度も命を狙われてきて、何度も返り討ちにした。その人々の中には不可抗力で挑むしかなかった者もいたが、ヴィルヘルミナにとっては大した理由でなく、やはり平凡で愚鈍な人間にしか数えられなかった。
退屈で、退屈で。退屈だった。あらゆるものを極めるのは好きだった。突き詰めるという行為は無心でいられる。知識による計算における知恵と経験の蓄積だけが、ヴィルヘルミナの退屈を満たすことができた。
だが、それらも極めてしまえば終わりだ。次の目標が必要になる。だから学んだ。魔法だけでなく、あらゆる分野において完璧を目指した。不得意は存在せず、ヴィルヘルミナはやがて誰の手にも余る最強の魔法使いとなった。
その生涯で心から笑ったことは、ただの一度たりともなかったのだ。
『お前さえいなければ、僕は両親を失ったりしなかった。お前が、ほんの少しでも優しい心を持ってさえいれば、誰も死ななかったかもしれないのに』
最後に聞いた叫びはそれだった。両親とはどれのことだったのだろう? ふいに思い出して、なんとなく記憶を辿ってみるが、思い当たる人間が多過ぎて分からなかった。全員の顔を覚えているのに、誰が誰だったかまでは知らない。そう、記憶していないのではなく、そもそも知らない人間ばかりだった。
「(……まあ、今の私には必要のない記憶か)」
考えたところで終わった話だ。かつての人生は既に途絶えて、今はヴィルヘルミナという新しい人生を歩きだしたばかり。死んだ肉体に縋るのは非効率的だと切り捨てて、これからをどう生きるかに焦点を絞った。
だが、ひとつだけ。ひとつだけ、引っ掛かりがあった。たとえ最強の魔法使いと言えども知らないことはある。答えに辿り着けないこともある。だから聞いてみたかった。もし、目の前の男が答えられたなら、という期待を抱いた。
「子爵殿。────優しい、とは何かを知りたい。わかるだろうか?」
思わぬ問いにマーロンはきょとんとする。それから、う~ん、と口を手で覆い、やんわりと首を傾げて考えた。
「難しい質問だね。そうか、優しいとは何か……」
がらごろと馬車が走る音だけが響く。やがて、マーロンは問いの答えを見つけたように、ふわっと微笑んだ。
「誰かを嬉しくさせる心遣い、と言おうか」
「……嬉しくさせる心遣い?」
「そう。とても難しいことではあるのだが」
こほん、と咳払いをして、マーロンは窓の外を見た。
町を行き交う人々を眺めながら、ぽつりと。
「世の中を生きる全ての人たちの殆どが愛情に飢えている。誰からも救われない。誰からも愛されない。誰からも認められない。そんな人たちに手を差し伸べられるような人のことを、優しい人だと言うのだろう」
ヴィルヘルミナは、自身の問いに対して完璧な答えが返ってきたとは思わなかった。マーロンでさえ理解できていない感情なのだ、と思った。
それから、ふと自分の手のひらを見つめて────。
「私は誰かに手を差し伸べたことはない。それは悪いことか?」
「まさか。絶対に誰かを助けようとする必要はどこにもないんだよ。だけど、そうしてあげることで救われる人たちがいることは覚えておいたほうがいいね」
自分は優しいを持っていない、と広げた手をぎゅっと握った。それが必要でないとしても、誰かがそれを必要としているときに差し伸べることの、何を以て優しいと定義するのか。そもそも自分が誰かを救いたいと願っていないから理解できないのか。意味がある行動だとして、その行動にメリットはあるのか。
論理的に考えれば考えるほど泥濘にはまって抜け出せない。答えが見つけられない。見つける必要性すら疑わしくなった。誰かの幸福度を高めるために、自身が犠牲になるだけの行為は、やはりただの無駄ではないのか、と。
「救われた人間がいて、私に得があるのだろうか」
「う~ん、どうだろう。まだ君を理解したわけではないから。ただ、私の独自の解釈として、大人びた君に伝えるとしたなら────」
まっすぐ、穏やかさの中に鋭い真剣さの混ざった瞳がヴィルヘルミナを映す。
「ありがとうと言われたら、誰だって気持ちが良いものだろう?」
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