旅人の手記【2000文字】

有梨束

旅人は出来事を綴る。

◯月△日

商人から聞いた話だと、街道から外れたところに泉があるらしい。

その泉には、真珠のような石があるんだとか。

その石を見つけた者には幸運が訪れるという。

その噂を聞きつけたどこぞのお嬢さんが欲しがっていて、高値で買ってくれるんだと。

それでいろんな人間が躍起になって探していたらしい。

だけど一向に見つからない。

出鱈目な情報をつかまされたと、最近は泉に行く奴も減ったとか。

石には興味ないが、水は欲しいのでその泉に向かった。

岸のすぐ側に、白く光る石が一粒落ちていた。

拾ってみると、職人が加工したかのような丸っこい石だった。

これのことかと思い、光に翳してみた。

すると表面が透けて見えて、中には黄色い玉が入っていた。

さらにその黄色い玉の中にピンクの玉が入っていて、不思議な三重構造になっていた。

珍しい石もあったもんだ。

そのまま泉に戻すと、他の石と擬態して、どれかわからなくなった。

これは見つかるはずがない。

たまたま見えたから拾えただけで、次は見つけられないだろう。

その日はそこで野宿をしたら、泉の精が夢に出てきた。

『欲しがらない者の元へ辿る石である。其方のことが気に入った。石を持っていきなさい。きっと幸運が訪れるであろう』

目を覚まして泉の中を覗くと、確かにもう一度あの石が見えた。

有り難く頂戴して、懐に忍ばせた。



◯月□日

幸運とは何だろうか。

スリにあった。

飯を買った後で良かった。

不幸中の幸いか。

あの石は不幸を小さくする効果でもあるのか。

石は懐の隙間に入れてあるから、盗られなかった。

手元には石だけある。

石だけあってもな。

石なら持っていってもらっても構わなかったのに。



◯月◎日

仕方がないから街の広場で野宿をした。

街に来ておいて宿屋を利用しないおかしな奴に見えるだろう。

何となく人に避けられていた。

俺でもそうすると思う。

さてどうやって金の工面をしようかと思っていた時、1人の親父に声をかけられた。

こんなとこで何をしてる、と。

俺は正直にスリにあったからしばらくここで過ごそうと思っていると話すと、その親父はなんと宿屋の主人で、宿に泊めてくれるという。

街の連中が迷惑をかけたから、うちで面倒みるよ、と。

しかもお代は宿屋の下の階の飯屋の手伝いで良いと言ってくれた。

拾う神のお出ましだ。

礼を言って、有り難くお邪魔した。

体まで洗わせてもらって、賄いももらった。

飯が美味い。

何十日ぶりのベッドだ、最高だった。

有難いことこの上ない。

宿屋は賑わっていて、酒呑みの客に付き合うのも悪くなかった。

しっかり働かせてもらおう。



◯月×日

腹が痛い。

殴られ蹴られ縛られたら、そりゃ痛いわな。

逃げられただけ、不幸中の幸いか。

どうやらスリと宿屋の親父と客たちはグルだったみたいだ。

街で旅人にスリを仕掛ける。

そしてスられた奴を宿に泊める。

そいつが気を許した頃にふん縛って奴隷商人に売るという手筈だったらしい。

どうりで手際がいい。

寝ているうちに縛られていたから、起きたらもう連中に囲まれていた。

何が『街の連中が迷惑をかけたから、うちで面倒みるよ』だ。

お前らの街には、迷惑しかかけられていない。

命からがら抜け出したこっちの身にもなれってんだ。



◯月☆日

ようやく隣の街までやってこられた。

途中の川で、水しか飲んでいない。

もう目が霞んでいた。

ボロボロだったが、一番に宝石店に入った。

店主はあからさまにしかめっ面をしていた。

そりゃそうだ、相手にする客層とは程遠い。

そんなことは承知だ、こっちもなりふり構っていられない。

腹が減りまくっていた。

懐からあの石を出すと、店主は目の色を変えた。

震えた声で、見させて欲しいと言うので、手渡した。

すると、あっという間に黒く濁った。

俺も店主もびっくりして、俺が手に取ると元の綺麗な白色に戻った。

こりゃまいった。

『欲しがらない者の元へ辿る石である』とはこのことか。

店主は血相を変えて、譲って欲しいと騒いだ。

それもそうだ、こんな石、いろんな連中が探しているはずだ。

どこぞのお嬢様も欲しがっているらしいんだ、と泳がせた。

うちなら3倍出す、と食いついた。

だから、泉の精に大切にしてくれる奴に譲れと言われている、と脅しといた。

じゃないと、幸運から不運に転じる、とテキトーに言った。

店主は唾を飲み込んで、うちで大事にさせていただきますと言った。

多分、これだけ言っときゃ大丈夫だろう。

泉の精にも祟られたりせんだろと、了承した。

3000ネネスに換金された。

スリに25ネネスしか持ってかれなかったことを考えると、かなりの大金だ。

店主は深々と頭を下げて俺のことを見送った。

俺はすぐに屋台で飯にありついた。

この街の飯の方が美味かった。

ついでに診療所で怪我の具合も見てもらった。

あいつら金や俺じゃなくて、あの石を持っていけば良かったのに。

それにしても泉の精が言った幸運とは、どれのことだったんだか。

次、見初められても絶対に断ろう。

俺は、ただの旅人だ。




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