聖盾伝説 〜右腕を失くした英雄は、それでも戦い続ける

男女鹿メテ(オメガメテ)

第1話 黄金の盾

その男は、神がこの世界に遺した最後の奇跡だと言われていた。


 エルフレッド・レギウス。


 男女比1:50という、男性が『守られるべき花』でしかないこの世界において、彼は唯一

戦場に立つことを許された――いや、彼がいなければ人類に明日がないとさえ謳われた、最強の【聖盾】である。


 だが、その強さこそが、彼女たちを狂わせる毒だった。


「……逃げなさい。エルフレッド、これ以上は……あなたの体が、持たないわ」


 王国最強の騎士団長、シグレが絶望の淵でそう零した。


 目の前に君臨するのは、魔王の右腕マグネス

その強さは1000年前に王都の人間100万人を

一瞬で焼き殺したほどである


「シグレ。俺の後ろにいろ。俺という盾がある限り、お前たちに手出しはさせない」


 エルフレッドの声は、どこまでも透き通り、そして冷徹なまでに『献身的』だった。


 彼は知っていた。自分が一歩でも引けば、背後の女たちは、この世界の未来そのものである彼女たちは、跡形もなく消え去ることを。


 マグネスが、次元を裂く咆哮を上げる。

 放たれたのは、因果を捻じ曲げる極大のブレス――『終焉の吐息』。


 本来、防ぐことなど不可能な程の魔力の塊

「【金剛不壊】―」

 エルフレッドは、己の全魔力と、さらには生命力そのものを燃料として盾を構えた。


 ドォォォォォォォォォォォォォン!!


 光が世界を塗り潰した。

 衝撃波だけで周囲の山々が平伏し、海が割れる。


 シグレたちは、エルフレッドが作り出した黄金の光のドームの中で、ただ呆然とその背中を見つめるしかなかった。


 男が、自分たちを守っている。


 この世界で最も美しく、脆く、慈しむべき存在が、自分たちという『消耗品』を守るために、その身を削って。

 その背徳感と、魂を揺さぶるような高潔さに、彼女たちの心はメキメキと音を立てて歪み始めた。


「……あ。……あ、あああああ!!」


 シグレの視界が、真っ赤に染まった。

 ブレスが止み、爆煙が晴れた戦場。


 そこには、変わらず盾を構えて立ち続けるエルフレッドの姿があった。


 だが。


 彼の右腕。盾を保持していたはずのその腕が、肩の付け根から先が、完全に消失していた。

 

 切り口からは、宝石のように澄んだ、だが痛々しい鮮血がドクドクと溢れ出し、砂漠を紅く染め上げていく。


 最強の防御スキルを以てしても魔王の右腕の攻撃を相殺するための代償として、彼の右腕は跡形もなく消し飛ばされたのだ。

「……はは、流石に、少し堪えたな」


 エルフレッドは、右腕を失ったことなど些事であるかのように残された左手で地面に突き刺さった盾を拾い上げた。


 その顔には一点の曇りもない。


「さぁ!マグネス!続きといこうか!」


マグネスは言う

「...お前には見所がある。今日所は引いてやる」

そう言ってパッと姿を消した


その瞬間エレンレッドは倒れ込んだ。


エルフレッドは倒れこんだが、そこには仲間を守りきったという、純粋で、あまりにも残酷な聖者の微笑みがあった。


「エルフレッド……様……。嘘、でしょう? 私の、せいで……私の、剣が届かなかったせいで……あなたの、その……」


 シグレが這い寄り、彼の足元に縋り付く。


 彼女の脳内では、何かが決壊していた。


 騎士としての誇り、軍人としての規律。

そんなものは、エルフレッドの失われた右腕という究極の喪失を前にして、すべてが消し飛んだ。


「泣くな、シグレ。腕一本で、お前たちが助かった。安いものだ」


 安い?


 今、彼はなんと言った?


 国家の至宝であり、世界の均衡そのものである彼の肉体が、自分たちの命よりも安いと言い放ったのか。


「あああああああああああああ!!」


 背後にいた聖女リリアナが、絶叫と共に駆け寄る。


 彼女は狂ったように呪文を唱え、失われたはずの腕を再生させようとした。

 

 光が収束し、エルフレッドの肩から、透き通るような新しい腕が生えてくる。


 超高位の再生魔法。だが。


「……っ。……あ、あれ?」


 再生した腕は、見た目こそ以前と同じ見た目を保っていたが、エルフレッドがそれを動かそうとすると、指先がピクリとも動かない。

 

「……ダメ。最上位悪魔によってつけられた傷は、肉体は戻せても、神経までは繋げられない……。私の、私の魔法が、足りないせい……っ!!」


 リリアナが自分の髪をかきむしり、狂ったようにエルフレッドに言葉を繰り返す。

 

「動きません。……動かない。あなたの美しい指が。私を、抱いてくれるはずだったこの腕が、もう、死んでいるのと同じだなんて……っ!!」


 エルフレッドの右腕は、見た目だけの飾りと化した。


 エルフレッドは笑いながら言う

「気にするな。左手がある。盾は、まだ持てる」


 エルフレッドのその言葉が、彼女たちの理性を完全に焼き切る最後の一押しとなった。


 シグレが顔を上げる。


 そこには、かつての凛々しい騎士団長の面影はなかった。


 瞳のハイライトは消失し、底なしの暗い情念――狂気が、漆黒の炎となってその瞳に宿っていた。


「……そうですか。まだ、盾を持つのですね。まだ、私たちのために傷つこうとするのですね」


シグレの声は、震えていた。


 それは叫びではなく、深淵の底から響くような、重く引きずるような響き。


「エルフレッド、貴方は……どうしてそんなに優しいの? どうして、自分の価値が、私たちの命よりもずっと高いことを分かってくれないの?」


 シグレの手が、エルフレッドの動かない右手に触れる。


 感覚のないはずのその手を、彼女は壊れ物を扱うように、だが決して逃がさないような強さで握りしめた。


「それは、俺が聖盾であり英雄だからだ。英雄というのは皆の憧れでなければならないからな。」


シグレの目がいっそう暗くなり

「貴方が戦い続けるというなら、私はもう止めない。……止められるはずがない。だって、貴方は私たちの光だから」


 シグレが立ち上がる。

その背後では、後ろの女騎士たちが、一様に虚空を見つめたまま立ち尽くしていた。

彼女たちの瞳には、救いようのない絶望が宿っている。


「でもね、エルフレッド。貴方が戦い続ける限り、私たちは死ぬことも許されない。貴方が傷つくたびに、私たちの心は死んでいく、でも私たちはあなたほど強くない...だから」


「シグレ、何を……」


「リリアナ」


 シグレが短く呼ぶ。リリアナは、恍惚とした表情でエルフレッドの右腕に頬を寄せていた。


「ええ……分かっていますわ、シグレ様。

エルフレッド様。貴方の右腕が動かないなら、私がその腕になりましょう。貴方が剣を振れないなら、私が貴方の代わりに、この世界のすべてを切り裂いて差し上げます」


 リリアナが、エルフレッドの動かない右手を、自分の首元に押し当てる。


「ほら、見てください。動かなくても、温かいわ。貴方が生きて、私たちの盾になってくれている証……。ああ、なんて愛おしいのかしら。貴方が傷を負えば負うほど、私は貴方なしでは息ができなくなっていく」

と、止まらない涙を拭おうともせず言う


 それは、英雄に対する忠誠などではなかった。


 自分たちを庇って損なわれた男という重荷を、甘美な罰として受け入れ、それに縋って生きようとする、病的な心中にも似た誓いだ。


 エルフレッドは、左手で盾を構え直した。


 足元はふらついているが、その背中は依然として誇り高く、気高い。


「帰ろう。王都へ。……次の戦場がある。待っている国民がいる。」


 エルフレッドが歩き出す。


 動かない右腕を力なく下げたまま、それでも胸を張って歩くその姿は、この世で最も美しく、そして最も惨い【英雄】の姿だった。


 その後を追う後ろの女騎士たちの足取りは、どこまでも重く、執念深い。


「エルフレッド……貴方が戦い続けるなら、私も地獄まで付き合うわ。……でも、覚えておいて」


 シグレが、彼の隣に並び、そっと囁いた。


「貴方の左腕が、もし動かなくなったら。その時は、私が貴方のすべてになる。……貴方が、自分でも気づかないうちに、私なしでは食事も、眠ることもできなくなるように。……一歩ずつ、貴方を私の『病』で塗り潰してあげる」


その反対でリリアナが言う

「どうか、どうか、お身体を...大事になさって...

そうしないと、わたし、私、耐えられません」


そしてエルフレッドが言う

「お前達は、俺のことを気にしすぎだ。お前らと俺は大して差はない。自由にしてくれ。第一この腕だって判断ミスだ。気にするな」


その言葉を聞き、リリアナとシグレは俯いてしまった。


最強の盾役、エルフレッド・レギウス。

 彼は、自らの犠牲によって世界を救い続けた。

 

 しかし、その一歩一歩が。

 彼を慕う女たちの理性を、静かに、確実に、狂気へと沈めていく。

 戦場を去る彼の背中に向けられる視線は、もはや敬意ではなく、飢えた獣が宝物を見つめるような、ドロドロとした執着に満ちていた。

 盾は折れず、だが守られた者たちの心は、もう二度と元には戻らない。

 

「…次の戦場で、片腕の俺がどこまでやれるのか...見ものだな、足手まといにならないよう。

務めるとしよう」

 エルフレッドのその言葉に、シグレたちはより一層闇を濃くしていった。


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