第3章 「王国防衛線」

「王国防衛線」

 夜明け前、空気が変わった。

 蒼真は足を止め、即座に拳を握って合図を出す。分隊は一切の無駄なく停止した。森の向こうから聞こえてくる音は、獣のものではない。規則性がある。金属と革が擦れる音。人間、それも武装集団だ。

「……人員二十前後。隊列を組んでる」

 斎藤准尉が双眼鏡を下ろし、小声で言う。

 蒼真は視界に入らない部分を頭の中で補完する。警戒は前方のみ。側面警戒が甘い。練度は高くない。だが統制は取れている。正規兵だ。

「撃つな。接触は避けられん」

 敵か味方かではない。

 不明部隊との初接触――それ自体がリスクだ。

 エリシアが一歩前に出ようとするのを、蒼真は反射的に制した。

「不用意に出るな。狙撃の可能性がある」

「……でも、彼らは」

「それでもだ」

 斎藤が短く頷く。

「武器は構えないが、下げるな。蒼真、前に出る」

 蒼真は一歩前進する。銃は低く保持。敵意は示さず、即応できる位置だ。

 兵士たちがこちらに気づき、隊列が止まる。

「止まれ!」

 声。意味は理解できる。

 距離、三十メートル。弓兵はいない。近接主体。

 エリシアが静かに前に出た。

「私はエリシア・レインフォール。王国第三王女です」

 その瞬間、空気が変わった。

 兵士たちの緊張が一斉に下がる。数名が即座に膝をついた。指揮官らしき男が顔色を変え、敬礼に近い動作をする。

 ――身分証明としては、これ以上ない。

 蒼真は一歩引き、周囲を観察する。

 兵の装備は統一されていない。補修跡が多い。刃の手入れが不十分な者もいる。消耗戦が続いている証拠だ。

 王国の城壁が見えたとき、蒼真は無意識に構造を分析していた。

 石造り。高さ十分。死角は少ない。だが見張り塔の間隔が広い。攻城兵器を持たれれば厳しい。内側の防御線が薄い。

「……防衛は外周依存だな」

 斎藤が小さく頷く。

 城門で、武器の預かりを求められた。

 斎藤は即答しなかった。

「全面解除は拒否する。護身用のみ保持」

 これは交渉ではない。

 最低限の安全確保だ。

 エリシアの一言で、その要求は通った。

 城内に入った瞬間、蒼真は違和感を覚えた。

 人は多い。だが、配置が甘い。哨戒が形式的だ。警戒意識が低下している。

「……内部から崩れる城だ」

 戦争に慣れすぎた軍の典型だ。

 蒼真たちは客人として別室に通されたが、待機とは名ばかりだった。蒼真は窓、扉、天井を順に確認し、脱出経路を頭に叩き込む。

 夜。

 警戒を続けていると、控えめなノック。

「……蒼真」

 エリシアだった。

「入れ」

 彼女は部屋に入ると、しばらく立ったままだった。

「今日……あなたたちを見ていて、分かりました」

「何をだ」

「戦い方です。兵士の……本物の」

 蒼真は言葉を選ぶ。

「俺たちは、戦争を終わらせるためじゃない。任務を達成するために戦う」

「……それは、冷たい考え方ですか」

「違う。そうでなければ、部隊は死ぬ」

 エリシアは黙り込み、やがて言った。

「この国の兵は……守ることばかり考えています」

「それは間違いじゃない。ただし、守るだけの軍は必ず突破される」

 彼女が目を見開く。

「王に……そう伝えてもらえますか」

 蒼真は即答しなかった。

「俺は、この国の軍人じゃない」

「でも……あなたは」

「俺は、俺の部隊を最優先する」

 それは冷酷な言葉だった。

 だが、嘘ではない。

 エリシアは一瞬だけ俯き、それから静かに言った。

「……それでも、明日、王に会ってください」

 蒼真は短く頷いた。

 扉が閉まり、再び静寂。

 蒼真は思考を切り替える。

 ――この国は、防衛戦争の只中にある。

 ――指揮系統は脆い。

 ――そして、俺たちは異物だ。

 だが。

 戦場で役に立つ人間は、

 どの世界でも同じ価値を持つ。

 蒼真は銃の感触を確かめながら、そう結論づけた。

 ここは王国だ。

 だが同時に、

 次の任務区域でもある。

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