第4話 その鏡は心を映し
「……っ……はあっ……」
「無理を……させすぎてしまいましたか……」
あちこちに散らばった鏡の破片、そしてあちこちに残る血の跡がマヨイゴとの戦闘の激しさを物語っている。黒髪の青年の腕の中で、茶色の髪の少女が荒い息をしていた。その瞳は閉じられ、顔色は酷く悪い。
「か……なた……せんぱ……ごめ……なさい……わたしが……まもらなきゃ……いけない……のに……」
「謝らないでください……無理をさせてしまったのは……こちらのほうですから」
むしろあれだけの数を相手に長時間結界を張り続けられただけでもすごいと黒呂は感心する。
「……こんなんじゃわたし……さくらしるべ……なんてなのる……しかくが……」
少女の目から一筋の涙が零れ落ち、それきり少女は気を失ってしまった。
「……手詰まり……ですかね……」
青年はそう呟くと、自らが羽織っていたパーカーを、少女の上にそっとかけた。あちこち破れてしまってはいるが、小柄で華奢な少女を包み込むには充分だろう。
「……【マヨイゴ】は満月に力を増す。それは鏡界【カクリヨ】との境界が薄くなるから。私の星の力は……満月の時にはその反対で弱くなってしまう。しかし、それでも星の輝きは滅ぶまで消えはしない――」
青年は頬から零れ落ちる血を腕で拭って、ただ一体残った巨大なマヨイゴを見据える。
「……迷宮ということで牛ですか。さながら神話のミノタウロスですね。そして私が勇者、そして彼女がアリアドネといったところでしょうか」
ならば、希望はまだ残されている。
今日は満月――マヨイゴは現世の自分が危機に陥る時に【界渡り】をする。そしてこの場所には門になりうる大量の鏡がある。
青年はちらりとまだ目を覚まさない少女を見た。
「桜導……生徒会長の直属の能力者集団……か。それだけの力を持つ【マヨイゴ】ならあるいは――」
瞬間、牛の姿をしたマヨイゴの拳が地面を砕いた。青年はひらり、と飛び上がってそれをかわす。
「……戦闘狂ですね。いいでしょう、貴方を倒せば……終わりです!」
〈【すべてを焼き焦がすもの】《シリウス》!>
青年の手に集った青白い光が蒼い炎の奔流となって、真っ直ぐマヨイゴへと放たれた――
**
透明な水の中を、少女はただ沈んでいった。
――……わたし……は……
朦朧とする意識の中で、少女の頬から一筋の涙が落ちる。不思議なことに涙は水に溶けることなく、透明な結晶へとその姿を変えた。
〈よく……がんばったわね……浅黄〉
――……誰?
〈ワタシは水晶――クリスタル……そうね、クリスって呼んで頂戴>
――……クリ……ス?
浅黄がそう呟くと同時に、透明な結晶は美しい人物へとその姿を変えた。
〈浅黄はもっと自信を持っていいのよ。今だって必死であのコを守ろうとしていたじゃない?>
――……だけど……わたしはこうして気を失ってしまっているんです……桜導の一員なのに……守らなきゃいけないのに……!
浅黄の目からまた涙が落ちる。クリスはそんな浅黄をそっと抱きしめた。ふわり、と清らかな花の香りが舞う。
〈もう、泣かないで。浅黄はあのコのこと、守りたいのね。失いたくないんでしょう?>
――はい。今だってきっと黒呂さん――夏向先輩は傷だらけになりながら戦っています……私も……力になりたい。
浅黄の言葉に、クリスは小さく頷いた。
〈だから、ワタシが来たのよ。浅黄、力が欲しいと願うならワタシと契約を。ずっと浅黄を見ていたわ。だから、知っているの。貴方が桜導としてふさわしいということも、あなたの覚悟も、想いもみんな〉
――見ていた……?だけど貴方……目が……)
クリスの両目は布で覆われていて、おそらくは見えてはいない。
浅黄の言葉にクリスは微苦笑する。
〈見えないからこそ見えるものもあるのよ。時間がないわ。浅黄〉
浅黄は頷くと、クリスから水晶の勾玉を受け取った。
〈さあ、新しい貴方の力、見せてやりましょう!〉」
**
「ぐあっ!」
牛型のマヨイゴの一撃を受けた青年は吹き飛ばされ、激しく壁に叩きつけられた。
「く……」
それでも彼は立ち上がろうとするが、鋭い痛みを感じてその場にうずくまる。完全に満身創痍。おまけに角で足に傷を負い、武器である機動力も失われていた。
牛型のマヨイゴは容赦なく近寄ると、彼の首をその腕でつかみ、力を込めた。
「――っ!」
もはや声を出すことすらできず、意識が徐々に闇へと沈んでいく。
――……終わり……か……
青年が抵抗むなしく限界を迎え、意識を手放そうとした時だった。
「あきらめないでください!夏向先輩!黒呂さん!」
凛とした声が響き、白い嵐が視界を埋め尽くした。
「……やはり、貴方はアリアドネ、でしたね」
マヨイゴが力を緩めた隙に、黒呂はその腕をすり抜け、足を引きずりながら距離を取った。
「ごめんなさい。遅くなりました。だけど、私が先輩を守りますから!」
浅黄はそう言うと黒呂の傷を癒し、庇うように彼の前に立った。
「あなたも苦しかったでしょう?大丈夫です。終わらせてあげますから……白の吐息!」
美しくも恐ろしい凍てつく風が吐息のようにマヨイゴを凍らせる。その風の中でマヨイゴは灰となって、散った。
元のように静まり返った巨大万華鏡の一室で、浅黄は小さく祈る。
〈あるべきものよ あるべきばしょへ〉
壊れた壁の隙間からただ、満月の光が差し込んでいた。
**
「――というわけなんです。彼女は私が責任を持って寮まで送っていきますので」
あの後、力の反動か、気を失ってしまった浅黄を背負い、黒呂は瑠花たちと合流した。夏向に戻れば、ふたりとも気を失ってしまうし、夏向は何も覚えていない状態になってしまうからだ。
「わかった。浅黄を頼む。私たちは報告などもあるからな、もう少ししてから出ることにする」
瑠花たちの了承を貰った後、黒呂はその場から姿を消した。
「とりあえずは解決したってことでいいんだよね?」
青磁の問いに、瑠花は頷く。
「これで【巨大万華鏡】の噂はなくなるだろうな。しかし、クリス……そして黒呂……か」
紺はそう言ったまま、何かを考え込むように口を閉ざした。
「黒呂にはびっくりしたけど、けど、あいつ悪いやつには見えなかったぜ」
「臙脂は人を疑わないからねー。どうするのさ、黒呂に浅黄がなんかされたら」
「何かってなんだよ?」
「それは、言えないようなコト、とか?ま、夏向先輩に限ってそれはないだろうけどね」
青磁はいたずらっぽくそう言うと顔を赤らめる臙脂を見て楽しそうに笑った。
「もう、夜になる。私たちも帰ろう、ほら、紺」
「あ、うん」
瑠花に促され、紺は帰路に着く。青磁と臙脂も後に続いた。
**
満月の光に照らされた部屋に現れた黒呂は、背負っていた浅黄をそっとベッドに降ろした。彼女は一度も目を覚まさず、小さな寝息を立てていた。
「……貴方が夏向にふさわしくないような人間なら、あの場で消してしまうつもりでしたが……」
黒呂はそう言うと、彼女の手のひらにそっとキスを落とした。
「貴方なら、夏向や……私たちを受け入れることができるのかもしれませんね。少なくとも私は、貴方のことは嫌いではない」
彼はそういうと優しい笑みを浮かべ、その場から姿を消した。
「おやすみなさい、良い夢を」
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