ユキ×しろ!
win
【序章】現代の少年と夢の列車
北国の3月末、風はまだ冬の名残を含んでいた。雪解けの冷気が校舎の窓を叩く。夕陽が差し込む教室では、淡いタイルの床が静かに照り返していた。道場では剣道部の掛け声も薄れていき、放課後の空気がゆるやかにほどけていった。
柊(しゅう)は竹刀袋を肩にかけ、昇降口を出た。校門の外にはまだ雪がわずかに残り、溶けた水が光っていた。少し伸びた黒髪が額にかかり、他の子より透けるように白い肌に練習の汗がにじむ。瞳は茶色がかっていて、どこか遠くを見つめていた。制服の襟を整えながら、仲間たちの笑い声を聞く。みんながふざけ合いながら、明日の話で盛り上がっていた。
「おまえ、明日も朝練来るんだろ?」
「たぶん。……寝坊しなければね。」
「またかよ。ペナルティで素振り百回な!」
冗談を言い合うたび、足元で伸びた影の肩がぶつかった。そんな、どこにでもある春の帰り道だった。ふと、柊は胸元のペンダントを指先でなぞった。銀の鎖の先で、小さな透明の石が揺れる。光を受けるたびに色を変えるそれを、いつから持っていたのか思い出せない。
家に帰ると、夕飯の香りが迎えてくれた。台所からは炒めた油の匂いが漂い、食卓には柔らかな明かりがともっている。食器が触れ合う音とともに、母の声が響いた。
「おかえり、柊。疲れたでしょ?」
「うん、まあね。」
湯気の立つ味噌汁、テレビの音、父の咳払い。すべてがいつも通りだった。
食事を終え、自室へ向かう。胸元で小さく揺れるペンダントが淡い輝きを放ち、まるで何かを知らせるように光った。それは、まだ知らぬ旅立ちを静かに告げているようだった。
ベッドに身を沈め、目を閉じた瞬間、耳の奥で何かが囁いた。
――「もうすぐ、繋がるよ。」
はっと目を開ける。部屋の中は静まり返っていた。時計の針は止まり、外の風も息を潜める。時間が凍りついたようだった。カーテンの揺れも止まり、街の景色が動かない。柊だけが動ける世界の中で、自分の呼吸だけがかすかに響いていた。
窓の外、見えるはずのない光があった。遠くの空から、ゆっくりと近づいてくる。最初は小さな明滅だったが、やがて形を帯びて光の線路の上を滑るように進む。霜をまとった列車が音もなく現れ、鈍い銀の車体が静かに停まった。世界がわずかに歪んで見えた。
柊は息を飲んだ。足元が震える。それでも目を逸らせなかった。列車の扉が静かに開く。誰もいないはずなのに、そこから風が流れ出し、髪を揺らした。
無意識のうちに玄関を出ていた。空気は頬を刺すように冷たく、吐く息が白く揺れる。踏みしめたアスファルトの感触が現実を伝える。
扉の前に立つ。喉が鳴り、胸が上下する。冷気を吸い込みながら、手の震えを抑えきれない。ペンダントが光を放ち、列車のランプが呼応するように点滅した。車体に刻まれた古い文字が、ゆっくりと浮かび上がる。
『旅は再び、記憶を超えて』
――柊を乗せた列車が走り出す。どこへ向かうのかも知らぬまま。
夜の青が薄れ、淡い光が世界を包む。不思議と恐怖はなく、懐かしい夢に触れるような安らぎだけがあった。これは夢ではない。胸の奥が静かに脈打ち、光の粒がまぶたを滑っていく。世界が音もなくほどけ、色と匂いのない場所へと変わっていく。
そして、少年の旅が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます