平凡魔王は女神の運命を拒みたい。
五月女 兎夢
第1話 魔王降臨。ヒト知れず。
「動くな!! 動けば殺す!!」
目を開けると、俺は甲冑を纏った戦士たちに囲まれ、杖のようなものと剣を向けられていた。
とりあえず両手を上げつつ目玉だけで周囲を見渡すが、どうやらここは屋内。装飾された天井は電灯のように明るく光る光球で照らされている。
「貴様が魔王か!? それとも他にいるのか! こちらは殲滅魔法をすでに展開している! 無駄な抵抗は試みないことだ!!」
兜の頂点に鮮やかな緋色の羽飾りをした男性がこちらへ叫ぶように問いかけてきた。
語調は荒く軍人らしいハキハキとした低音で、自分に向けられていなければ気持ちがいいものだっただろう。
「えっと……はい。俺が魔王、らしいんですけど……待って!! 待って!! まずは話し合いをお願いします!!」
詰まりながらも質問に答えると場の空気は一気に緊張感を増して、甲冑の擦れるようなガヂッとした金属音が響く。
俺はとにかく降伏するように両掌を天井に向けて話し合いを要求するが、一部の杖の先には赤や黄色の光が現れていた。
魔法使い的な人たちで、きっと杖の先端は銃口的な役割を持つのだと感覚的にわかる。
「話し合いだと……!? 魔王が何を!」
「俺は世界を滅ぼすつもりなんかない! 今さっき魔王にされたばっかりで何も分かってないんだよ!!」
今にも俺に振り下ろされそうな刃。ちかちかと明滅する杖を制止しながら弁明する。
とにかく死ぬのだけは嫌だ。階段から転げ落ちて頭をかち割ったのは体感でたった数十分ほど前にすぎない。
悲鳴に似た弁明を聞き届けたのか、周囲はざわざわと対応を相談し始める。
「我々を油断させて本性を表すつもりだ!! 警戒を解くな!!」
「しかし伝承とはまるで様子が……」
相変わらず殺意は満ちているものの、今すぐ殺害!! という流れではなくなったようで、ため息を吐く。
「俺は日本人で、
手は上げたまま自己紹介をする。魔王という肩書きが邪魔すぎる上に、とにかく俺という人間を知ってもらわないとこんな状況じゃ話が進まないからだ。
「勝手に喋るな!! 判断を下すまで待て!」
隊長っぽい男性にそう返されてぐっと口を噤む。一回は許されたが、ここで喚いても敵愾心を煽るだけだろう。
いや、逆に泣き喚いて無力であることをアピールしてもいいんだけど、緊張と困惑でもう涙とかが引っ込んでしまっていた。
「――すみません、場所を空けてもらえますか?」
俯いて手をかかげていると、おそらく若い女性の声がざわめきを断ち切るように響いた。
カツカツ、とヒールの音とともに歩み寄るその人を見上げると、そこには長い髪をまとめた美女が立っていた。
「は! マギア様! こちらが当代の魔王と見られる対象なのですが……見ての通り人型で喋ります」
「ええ、それは見ればわかります。会話も聞こえていました。展開術式を変更。殲滅Aから拘束Aに」
「ですが、魔王は即殲滅が我々に課せられた任務では……!?」
「対話できる魔王なんて、研究者の私でも知らないんですよ? それを調べもせずに殺すなんて許しません! 行動を開始してください!」
「は……はっ! 行動開始!」
美女の発言と隊長の声色から、マギア様は指揮官か現場の責任者に当たる人のようだ。
そして、この世界にはアルファベットがあるか、それに準ずる概念がある? いや、断言するには早すぎる。
そもそも言葉が通じてる時点でなんらかの翻訳が間に噛んでると見た方が——?
「っ、いたたたた!!」
ばちん! という音が響き、俺の両腕が磁石のように吸着された。
手錠のような拘束具、さっきの口ぶりから拘束する術式というやつを受けたせいか、両手がパーの状態で固定され、手の甲を合わせるように密着させられている!
「拘束完了! 魔法に対する抵抗力は著しく低いものと思われます!」
「ありがとう。一度拠点に戻り、彼を調べます! 連れてきてください」
発言を認められない空気の中、俺は拘束されてテキパキと目隠しと足への拘束を追加される。
異世界でもプロの人たちはこういう緊張感を持って作業をしているんだ。
そう尊敬の念を持つことでこのまま火とか崖とか川とかに投げ込まれないかを想像して冷える背筋から意識を逸らすことしか、俺にはできなかった。
なんでこんな目に……魔王やめたい……。
***
「さて、キミの話を聞かせてくれる?」
視覚を封じられてからしばらく。
温度の感じが変わり、屋外へと運び出されてからもう一度屋内に入れられ、おそらく木製の椅子に座らされた俺は、そう声をかけられた。
「……はい、俺は新月彩我で……」
「待った。シンゲツサイガ? っていうのはどこからが名前? 家名とかもある?」
声は対面から響いている。
声の主はおそらくさっきマギア様と呼ばれていた美女だ。そしてこの空間には机がある。ペンで何か記述しているようなカリカリという擦過音が耳に入ってきた。
「家名はシンゲツ、名前がサイガ……って分け方になると思います」
「なるほどね、この辺りの出身じゃないんだ。君は魔王で間違いないの?」
マギア様は落ち着いた口調で話を聞いてくれ、かつ事務的すぎない反応を返してくれるため、どっと緊張の糸がほぐれる。
それに、ここがどうやら日本語文化のない異国的な場所であることも確定した。
「間違いありません。魔王としてこの世界に来たのは事実です」
「そうなんだ……たしかに予言されていた周期とは一致してるけど……じゃあ、なんで?」
「そんなの……俺の方が知りたいです」
本当のところ、俺はなぜ俺が魔王なんていう憎まれ役をやらされることになったのか知っていなかった。
突然女神と名乗る存在に押しつけられて、気がついたらあれよあれよとこうなっていたのだから。
「目隠しを取るよ。サイガくん、私の見立てによると……君は「ヒト」だ」
マギア様の指でパッと目隠しが解かれる。
そして、俺はランプに照らされたテーブルの反対側で微笑む女性と目が合った。
「魔法で精査してみても特に君が魔王であるという確定的な証拠はないみたい。ほぼ完全に人間の魔王……だとしたら倒すよりもいい対応があると私は考えました」
ランプの橙の灯りに照らされて人相のわかるようになったマギア様は、長い金髪を三つ編みにしていて。
小さな鼻の上に大きな丸メガネを乗せた、幼なげな印象を持つお姉さんだった。
「それって……?」
「君、私の息子にならない?」
人生で出会った中で、女神の次に美しい女性はそう言った後にメガネをキランと光らせた。
「は……はぁ。む、息子!? いや、意図がわからなくて」
突然の提案に椅子を揺らす。
思考が飛躍している。どこの世界に魔王……魔王者ないとしても見ず知らずの他人を息子にしようと思う奴がいるんだ。
「そっか、意図……意図はあるよ。私は魔法学園で魔法の研究をしている研究者でね。
君を養子にすることで魔王について継続的な観察をできることが一つ。
魔王の殲滅っていうお上からの無理を通したことにすることで、情報を独占できることが一つ」
マギア様は細く白い指を一本ずつ立てて、合理的な理由があると示した。
「でも、俺がもし魔王として襲い掛かったらどうするんですか!?」
「その時はその時だよ。そもそも今回の先遣隊には「勇者」も「聖女」も参加していない。君が本当に何かを企んでいるとしたら私はもう死んでいるのが前提。ここから先は誤差で生きていると見てもいいくらい」
あっけらかんとそう言ったマギア様に、しかし俺は猜疑心を向けてしまう。
理由は大きく二つ。
まず、マギア様にもメリットがあることは理解したが、リスクが明言されていないので透明性に欠ける。
次に、思いつきだったとしても饒舌になりすぎている。
俺に取っては願ってもない申し出だが、鵜呑みにすることはできなかった。
「……理屈はわかりました。でも理由がわかりません」
「うーん、困ったなぁ……思ったより聡いね、君。より気に入ったよ!」
メガネの奥の垂れ気味な瞳を細めて、両手を合わせて笑うマギア様。
その一挙手一投足にびくっと反応してしまいながらもじっと視線を合わせた。
「理由はそんなに大それたことじゃないよ。教育者に名を連ねる以上、まだ罪も犯していない子供を殺すのは嫌だった……っていうのじゃ納得できない?」
「いえ、十分です。いろいろ追求しちゃってすみません」
困ったようにはにかむマギア様に頭を下げた。そう聞いてしまうと魔王としての肩書に俺自身がとらわれかけていたように感じる。
とはいえ拘束されたままではこれ以上の誠意は見せようがない。
「でも、なんで養子なんですか?」
顔を上げて疑問をぶつける。
これまでの説明を聞いた限り、別に養子でなくてはならない理由はないと思った。
特に、マギア様の事情はわからないが未婚女性であるなら養子というのは人生において相当の重荷になるのではないだろうか?
「なんでって、見たところ君は戸籍とかなさそうだからかな。それに魔王討滅の先遣隊である以上、今回の報告は『魔王を倒した』……もしくは『魔王の本体を確認できなかった』にする必要があるよね」
「つまり、建前が必要って話ですか?」
「そういうこと。キミの存在自体は隠しきることは不可能だから、肩書だけでも上書きしないとね」
その時、俺は耳元の髪をくるくると指でもてあそぶマギア様に少しの畏敬を持った。
この人の立場になってみたらどうだろう? 世界を滅ぼしかねない魔王の出現を確かめる先遣隊として死地に赴いた上で、その魔王を養子にしてしまおうなどという判断を下せるだろうか?
たとえそれが自分の目的にうまく組み込めそうだったとしても。こんな風に恐れを表面上にみせず、対話をすることができるだろうか?
「ありがとうございます……正直、願ってもない申し出です。よろしくお願いしてもいいですか?」
だからこそ、俺はこの人を恐ろしいと感じるのだった。
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