漆黒の闇から生まれし者…ってこれ…

青木 薫

第1話

 この先、自分は何のために生きていけばよいのか…そう考えていたユーリは、突然左目の奥が疼き、激しい痛みと共に何かが押し出されるのを感じた。


「ウッッ…」


 俯き、押さえた左手にコロリと現れたのは薄っすらと光る白い球だった。


「え?これって…ピンポン玉?…って、え?」


 自身の発した言葉に、『ピンポン玉ってなんだっけ?』と思ったユーリであったが、すぐにそれはだいぶ昔、中学時代に卓球部で使っていた物であること、それと同時にこの世界で自分はベーゼ国の公爵家令嬢であったことを認識した。


『え?何これ。え?どういうこと?公爵家令嬢?いや普通の会社員だけど?え?もしや異世界転生?嘘でしょ?なんで私が…って、ちょっと、これ、目から玉ってどういうこと?』


 慌てて玉を持っていない右手を左の目に持っていくとそこはいつもと変わらず目が有った。だからと言ってホッとできるわけではない。


 掌の玉を見つめて呆然としたが、ハッと視線を上げると、その先には多くの異形のもの達が膝をつき、自分を見上げていることに気付いた。


 その姿を見たら…。


『あ、私、婚約者の王子に裏切られ、国にも親にも見捨てられて、闇堕ちしたんだった。でもって…これって、この世界って…』



 ユーリはまず半月前の婚約破棄を思い出した。



 王城の大広間を借りて開かれた学園の卒業パーティーで、突然破棄されたジョージ王子との婚約。彼の横には飛ぶ鳥を落とす勢いで勢力を伸ばしているブラーハ伯爵令嬢のヤルミナがいた。黒い髪にこげ茶色の瞳の彼女はスラリと背が高く、長身のジョージと並んでもお似合いだ。


 それに比べてユーリは小柄で、フワフワとした金髪に紫色の瞳が天使のようだと言われていた。でも、その容姿をジョージが褒めることはなかった。


 ジョージがユーリに言うことはいつだって周りの人が眉をひそめるようなことばかりだった。


『ユーリ、またお前は人を使ってヤルミナに嫌がらせをしたそうだな。恥ずかしくないのか?持ち物を隠すとか、小さい子どもでもしないようなことを…情けない』


『ユーリ、なぜお前はそう成績が悪いんだ。ヤルミナと違って魔法は知識も実技もダメ、外国語も話せない、それで本当に私の妻になるつもりか?少しは努力したらどうだ?』


『ユーリ、昨日の夜会でのダンス、あれはなんだ。途中で息切れをおこした挙げ句もう嫌だとやめてしまうなどあってはならない。そんな体力で国を動かしていくことができると思っているのか?』


 しかもそれらは全て事実だった。


 何故ならジョージの隣に立つヤルミナの父、ブラーハ伯爵は反逆を企てている疑いがあるため、なんとかそれを明らかにしようと、ジョージがヤルミナと距離を縮めて恋仲になり、情報を聞き出す、そういう計画だったからだ。


 そのためにはユーリとジョージの関係が上手くいっていないことを見せる必要があった。不仲について信憑性をもたせ、ヤルミナを『これならば私が妃になっても良いのでは』という気持ちにさせるため、ユーリは人から嫌われ呆れられる行動をとってきたのだった。


 そもそもジョージとユーリの婚約は幼い頃からのものであったが、最初からジョージはユーリを見くびっていた。なぜなら王命を軽んじる家がないかを見張るためにと王家から命じられた公爵家はその役目をユーリに負わせ、ユーリは本来の能力を表で出さないように命じられてきたからだ。


 ジョージとユーリが出会ったのは既にユーリが凡庸、いやそれ以下を演じるようになってからだった。


 他の兄妹たちが高い能力を誇る中、一人だけ出来の悪いユーリ。だからと言って彼女を蔑ろにして良いわけではない。周りの子どもたちは、能力の低いユーリを公爵家の令嬢として、また王子の婚約者として、貴族らしく節度をもって接することができる人物か、試されていた。


 それは信用に値するジョージの側近を選ぶためであり、また公爵家の息子たちの友人や妹の婚約者を選定するためでもあった。もしかしたら、ジョージそのものも試されていたのかもしれない。


 他の兄妹たちでも良かったその役割をユーリが受けたのは、ひとえにジョージと同じ年に生まれてみんなにとって都合が良かったから。


 小さい頃はその強い魔力が溢れ出ることを隠すため、屋敷に閉じ込められていた。兄たちのように外に出たい、友達が欲しいと泣いたこともある。けれどもそれは許されなかった。


 成長するに従ってユーリにも思うところが無かったわけではない。いや、はっきり言って不満はあった。でも、最終的には自分とジョージの、ひいては国のためなのだと自分を納得させてきた。


 少し大きくなってからは王城に閉じ込められ、学園との行き来だけを許されるようになった。その頃には世間的にはユーリは立派な『悪役令嬢』となっていた。


 それも卒業までのこと。卒業し成人したら、これまでの事情が明らかになり、ユーリの本当の姿も見せられる。そしてジョージと結ばれる。そうユーリは思っていた。


 そのはずだった。


 だからこそ、ユーリは自分の責任を自覚し、未来を信じてからは、努めて膨大な魔力を隠して目立たぬようにしていた。大きくなってからは殊更無能を演じた。外交では言葉も、諸外国との関係もわかっているのに頓珍漢な返答をして失笑をかい、ダンスでも楽器でも勉強でも『できない』『つまらない』と投げ出した。


 学園に入学してからはそれが加速した。だってそう望まれたから。幼稚なことはしたくなかったけれど、ヤルミナへの嫌がらせもした。というか王家で立てた計画に則って、王家の手の者たちがユーリの名前を使って行ったそれらを黙認していたのだ。


 その分、自分の部屋では死に物狂いで努力した。本当のことが明らかになって、ジョージと結ばれた時に、ユーリが何もできないのは国として困るからだ。そんな人が妃になるなど民も貴族も許さないだろう。


 しかし、ユーリへの世間の評価が定着するくらいの期間の調査を終えて蓋を開ければ、ブラーハには反逆の意志はなく、有能さ故の成長であり、王家への忠誠は本物であった。


 そうなれば、ブラーハ伯爵家の、その能力と財力、そして美しい令嬢ヤルミナは魅力的で…。また、これ以上の公爵家と王家の結びつきは他の貴族たちからの反感をかいかねない、そんな思惑もあり…まあ、そんなことはユーリの預かり知らぬことであったのだが。


 そうして、結局、ユーリは見捨てられた。


 卒業パーティーではジョージからいつも以上に厳しい言葉が投げつけられ、何が起きているのかわからず呆然としている間に魔力封じの首輪がつけられた。


 引っ立てられるように会場を後にしながら父と母を探したが姿は見えなかった。来ていなかったのはおそらく王家との話し合いがユーリ抜きで済んでいたからだろう。


 兄も弟も、妹もこのことを知っているのだろうか。なぜ誰も助けに来てくれないのか。手枷足枷も嵌められて閉じ込められた牢でユーリは思った。そして並んでいたジョージとヤルミナの姿を思い出して泣いた。


 こんなはずじゃなかった。本当は私がジョージと結ばれるはずだった。そのためにやりたくないことをして、無能を演じてきたのに。何故?


 そんなユーリの姿を見て番人たちは『見ろよ、何も出来ない我儘無能女が泣いてやがる』『自分に価値があるとでも思っていたのかね』『ヤルミナ様の方がずっと妃にふさわしいのに』と嘲笑った。


 ユーリの瞳に涙と共に怒りが湧き上がった。強い怒りが。それは家族や王家、他の人への怒りだけではなかった。言われるがままだった自分自身へも。


 小さい頃から、両親の言う通り、王家の言う通り、ジョージの言う通りにしてきた。見えないところでは血の滲むような努力を重ねながら。


 なのに、急にこんなことになった。もしかすると、自分たちの思惑が違っていて、そっちのほうが良さそうだからではないか。


 本当のことはわからない。だって何の説明もされていないのだもの。ただ、私を切り捨てたことは事実。そんなことは許さない。許すものか。


 彼らを疑いもせず信じて、無能を演じ、ヤルミナへの幼稚な嫌がらせを黙認していた愚かな自分もだ。おかしいと言えず悪いことも受け入れていた自分。きっといつか幸せになれると信じていたけれど、それは結局、自分可愛さにしていた不正だった。


 王妃になるのだと努力していた自分は滑稽で愚かで、いつか国のために言いながらそれは自分のためだった。なんて醜い。


 ユーリの怒りと絶望は、魔力封じの首輪も、手枷足枷も破壊した。それだけではない。その凄まじい怨念を伴った魔力はユーリから溢れ、牢のある城の一角を破壊した。


 ドオンという爆発に、駆けつけた兵士たちが見たのは宙に浮かぶ黒い渦。轟々と吹きすさぶ、魔力を帯びた風は吸い込んだら倒れるのではないかと思われた。


 騒ぎを収めるために集まった魔法使いたちもその禍々しさに息を呑む。これを自分たちが抑えるのか?そんなことができるのか?


 背筋が凍るほどの恐怖を感じながらも攻撃を準備していた彼らを、大きく膨らんだ黒い渦が易々と飲み込み、その黒さを増した。そしてそのまま悲鳴をあげながら逃げ惑う人々を飲み込みつつ、城の中央へと移動した。


 とうとう、大広間で震えている卒業生、ヤルミナ、そしてジョージの前まで来た渦は、もはや黒いなどと言うものではなく、漆黒の、巨大な闇そのものであった。


 恐怖のあまりそれから目を離すこともできず、震え、涙を流す者達の眼の前で、闇はジリジリと縮み始め、そして人の形を取った。


 漆黒の髪を長く床まで垂らし、揺らめく闇を纏うソレは、真っ黒な目でジョージを見つめた。


「…っっ!!!」


 恐怖に凍りつくジョージに、ソレが言った。


「私を裏切ったこと、許さないわ、ジョージ」


 そこで初めてソレがユーリであることに気付いたジョージは思わず


「おっ、お前はユーリか!なんて馬鹿なこ…」


 …と言いかけたところで伸びてきた髪に巻かれた。この期に及んで文句を言うジョージの愚かさにユーリだったものは特に何も感じなかった。ただ許さないだけだった。


 悲鳴をあげる間もなく覆われ潰され飲み込まれたジョージに、ヤルミナは必死で悲鳴を抑える。そんな彼女(ヤルミナ)にユーリだったものは


「そもそもはあなたには関係ないことだったわ」


と言った。その言葉にホッとしたヤルミナだったが、


「でも、婚約者がいるジョージに近づいたわね。それに彼があなたを愛したことは気に入らない」


という一言で今度こそ悲鳴をあげた。それも一瞬のこと。


「そして私を無能と馬鹿にしたあなた達も」


「私を馬鹿にはしなかったけれど、生きていれば兄たちの助けに、ひいては父のためになるあなた達も」


 元ユーリは次々と飲み込み、大広間はすっかり空になってしまった。


「どうしようかしら。陛下も父も事情を知っていた貴族達も、みんな許せないのよね」


 しばらく考えていた元ユーリだったが、その間にも大広間へきた兵士や魔法使いたちを尽く飲み込んでは自身の力を増していた。


「そうね、許す必要なんてないわ。だって私は怒っているのだもの」


 こうして怒りのあまり魔力を暴走させ、闇そのものとなり、そこから生まれた新しいユーリは、王国の全てを飲み尽くし滅ぼし、闇の王となった。


 王国があったところは何も見えず、ただ闇があるばかり。何があったのか知り得ない隣国は急に滅んだと思われるその国に近寄ろうとはしないだろう。


 大きすぎるユーリの闇の魔力が溢れたところからは大小様々な魔物が生まれた。キイキイと鳴く動物や鳥のような形のもの、大きくて人のように動き話せるもの、はっきりとした形はなく揺らめく靄のようなもの。


 闇に紛れるそれらはユーリには見えた。自分の周りにあるのはそれらだけ。人も見慣れた生き物も建物も植物も無く、なんなら自分を取り巻く大気でさえこれまでとは違うように感じられた。


 そんな場所にしばらくあって、感情(いかり)の赴くままに王国を滅ぼし終えたユーリはちょっとだけ冷静になった。


 奴らに対する怒りは本当だけど、言われるがままだった自分にだって非はある。小さい頃は仕方がないかもしれないけど、学園での行動は褒められたものではなかった。こんな私(じぶん)なんて大嫌い、と。


 即ち、復讐は終えたけれど自分のことも嫌いな私(ユーリ)は、もう存在する理由がない。みんな死んだ…自分が滅ぼした…し、ここに在っても仕方ない。このまま自分自身の存在を消す方法を考えようか。そんなことを考えていた。


 しかし、ここでユーリは自分の周りにいるモノたちに目を向けてしまった。小さいモノたちはユーリの魔力で生きており、何となく楽しそうにも見える。自分の周りでキイキイ鳴き、コロコロと遊んでいるかのようなものたち。


 時々自分の近くに来ては魔力を吸っているのか寝転んでふにゃふにゃしている。それはまるで赤ん坊のようだった。


 そもそもは素直で親や周りの言う事を聞き、期待に応えようとしていたユーリだ。小さなモノたちを見ていたらちょっとだけそれらが可哀想になった。こんな自分のせいで生まれてしまって…、と。


 もはや自分自身にはここに在る理由はない。しかし、自分から生まれたものたちを放っておくのはどうかと考え、彼ら…魔物とでも呼ぼうか…を住まわせるところでも作っておくか、となった。


 そうして出来上がったのは見知った王城の形だった。他の場所はよく知らなかったからなのだが。


 それはもう、内部の柱も部屋も玉座の間に玉座でさえも。だが、色は彼女と同じく漆黒で、その周りには轟々と風が吹きすさんでいた。


 その中で魔物たちを見ながら半月ほどをすごしたユーリはますます冷静さを取り戻した。真っ黒い玉座に座って、さてここからどうしようと考えることが増えた。


 自分から生まれた魔物たちのためにこのままここに座っているべきなのか。どうやら魔力のせいで特に何か食べる必要もないようだから、このままでも困ることはないだろう。


 いや、でもこの闇の中に永遠にいるのは魔物たちにとってどうなのか。幸せなのか。それを言うならそもそも魔物って幸せなのか。


 そして自分が魔物たち(その)ためにずっとここにいるのもちょっとなぁ、とか、でもそれ以外にだったら何のために生きれば良いのか、かと考えるようになってしまった。何せ自分のことも嫌いになってしまっているので生きる意欲が湧かない。


 そんなところに起きたのが、今回の、目からピンポン玉事件である。


 自分の目から丸い玉が出た!想定したこともない出来事に、闇から生まれた魔王ユーリもさすがに驚いた。そして、その衝撃でユーリは前世を思い出した。


 小さな頃から真面目だった前世の自分、百合(ゆり)が、将来のためにと必死に貯蓄したお給料と通帳。その全てを持ち逃げした、結婚を約束しながら裏切った詐欺師。そして、何もかも失って飲めもしないアルコールを大量に、ありえないほど大量に摂取したあの夜…あの絶望による行動がこの転生の原因だろう、そうユーリは結論付けた。


『あの時、暴挙(いんしゅ)を止めてくれる友人も知り合いも、私にはいなかった。泣きついて相談できる家族だっていなかった。両親は兄ばかり可愛がり、私には大学進学の学費さえ準備してくれなかった』


 と、家族のことを思い出した時である。ユーリは思い当たった。彼女(ユーリ)が転生してきたこの世界について。


『怒りで魔力を暴走させた上に闇となりそこから生まれた魔王…。これって…。


 大嫌いだった兄(あいつ)が大昔に書いた…。


 うっ…【漆黒の闇より生まれし者】…って、恥ずかしすぎる…』



 そう、彼女(ユーリ)は自分の婚約破棄と復讐、そして国の滅亡に続き、この世界が、前世で歳のうんと離れた兄が何浪もした末にようやく地元の大学に入学したくせに、留年なんてしていた頃に出した同人誌に書いた物語だと気付いたのだった。


 ちなみに浪人の理由は単に彼が怠惰で勉強をしなかったからである。地方都市で大手の予備校もない田舎で努力できるような才能は無かったし、親も兄(それ)を甘やかしてヨシとしていた。妹の百合(ゆり)には近所の人たちが驚くほど厳しく冷たかったというのに。


 あの時、リビングに置きっぱなしにしていたくせに妹に読まれて恥ずかしかったのか、彼は


「勝手に見るなよ!」


と怒鳴って同人誌(それ)を丸めて百合(いもうと)の頬を引っ叩いた。


 彼(あに)が書いたのは、呪われた世界を善きものにしようと懸命に努力した令嬢が裏切られ、卒業パーティーで婚約破棄をされ、怒りで魔力を暴走させて魔王になり王国を滅ぼす、という救いの無い、ほんの短い復讐ものだった。


 中学生だった百合は『自分は家で大事にされてるくせに何が裏切られただよ。厨二病め』と思ったが、そんなことを言ったらもっと酷い目に遭いそうだったのでただ謝っておいた。


 もちろん両親は『勝手に読むなんて』とさらに百合を叱ったが、それなりに可愛らしい女の子の絵が描かれた表紙の本を見て、なんだろうと思って開いた中学生ばかりを責める両親はどうなのか。


 当時でもそう思ったユーリは家族だった人たちを思い出し、半目になった。


 結局、兄(あいつ)は結局大学を卒業せずに家でゴロゴロしていた。百合が高校を卒業して自立して思っていたよりずっと条件の良い就職を決めた頃は、どうも妹の方がまともで兄はダメなのではと気付いたようだったが、今さら頼られるのは御免だと家を出てさっさと都会へと逃げ出した百合だった。


 ああ、嫌なことを思い出した、と魔王(ユーリ)はため息をつく。でもまあ今更、である。


 とにかくだ。細かいところは覚えていないが、髪で人々を飲み込み滅ぼすやり方や、ユーリやヤルミナ、そしてジョージの名前までも一致することはそうないだろう。


 ちなみにヤルミナは兄が好きだった成宮(なるみや)さんの組み換え。裏切り者で滅ぼされるジョージ王子は成宮(なるみや)さんの彼氏の譲治(じょうじ)さん…脈もないのに告白して振られた腹いせにこんな酷い役で登場させるなんて、全く心の狭い嫌な奴だと思ったものだ。


 とにかく。


『こんな、兄(あいつ)が厨二病真っ只中に設定した世界、耐えられない。しかもヒロインとヒーローを滅ぼす主人公かっ!!』と、ユーリは内心身悶えた。物語の中でさえ自分じゃなく妹(ゆり)に復讐させるやつって、どれだけ卑怯なんだよと。



『大体さ、兄(あいつ)が書いた物語って…』


 物語の続きが、『主人公は復讐により王国を滅ぼし、その後は自身の怒りにと絶望に囚われながら、闇から生まれた魔物たちに囲まれながら暗く長い時を過ごしました』という救いの無い結末だったことを思い出して、またもウムムと頭を抱えた。


『勝手に片思いしていた相手を悪者にした話を作って、すっきりしてその後は考えないで終わりって、ホンっと、最悪な兄(やつ)。あいつがここにいたらもっと酷い復讐(こと)をしてやるのに!』


 既にここは異世界で、ユーリにはどうしようもないことに怒りが募る。けれども話の筋は変わってきていることは確かだ。


 今のユーリは絶望も怒りも薄まり、抱いているのはある意味前向きな悩み。その矢先に、目からこの玉が生まれ、記憶が蘇った。


 自分の掌の上の、左目から生まれた玉を見つめながら中身は前世持ちの魔王(ユーリ)は『で?これって何?どうしろっていうの?』と考えた。目からピンポン玉が出てからここまで2分弱。


 こんな厨二病アイテムなんて捨ててやろうか、と握りつぶしかけたが、いや待てよと思った。


 何も前世の兄(あいつ)の書いた話通りにする必要なんてないだろう。それを私が好きなように変えてしまうのはどうか。『その後は自身の怒りにと絶望に囚われながら、闇から生まれた魔物たちに囲まれながら暗く長い時を過ごしました』ではなく、『幸せに暮らしました』にしてしまえば良いのでは。


 玉(これ)が出た時点で元の話なんてないと同じ、瞬時にそう判断した魔王(ユーリ)はヨシと決めると玉を載せた手を上に掲げ、膨大な魔力を惜しみなく込めつつ宣言した。


「漆黒の闇から生まれし者(わたし)の左目から生まれし卵よ…この闇をはらい、世界を照らせ。この地に希望をもたらせ。大地を富ませよ。滅ぼされた者たちを清め再びこの地に呼び寄せ祝福せよ!』


 魔王(ユーリ)は心の中では『いや、これ、かなり恥ずかしいな?』と思ったが、『兄(あいつ)の作った自分を不幸にするこの世界なんてぶっ潰す!思い切りこの世界で幸せになってやる!ステキな彼氏も見つけてやる!それが兄(あいつ)へのささやかな仕返しだ』と考え、そのための最大限の努力だとやりきった。



 思った通り、玉は忽ちまばゆい光を放ち、魔王(ユーリ)の周りの闇を払った。その光はさらに眩しさを増し、周りの魔物を包み、邪悪な靄を纏う城を包み、天を衝き…輝きが収まった時に彼女の目に入ったのは輝く玉座に明るい広間。


 もしも外から見た者がいれば、闇がはらわれた後、そこに急に現れた美しい城に驚いたことだろう。いや、自分でやったユーリも驚いたくらいの変化だった。


 光に包まれた魔物たちはそれぞれ元気そうな人間や可愛らしい動物の形をとり、ユーリはと言えば、元の輝かしい金の髪と紫の瞳に戻っていた。彼女の願望のせいか、少しばかり、いやだいぶスタイルは良くなっていたけれど。


「ユーリ様」


 呼ばれて見れば、目の前には自分と同じ金と紫の色をもつ美しい小さな子どもがいて、


「この世界の呪いを解いていただきありがとうございます。これからはユーリ様をこの国の王とし、貴方の国づくりを支えて参ります」


と深々をお辞儀をした。


 ユーリは『そう言えば兄(あいつ)の書いた話は、主人公が呪いを解くために努力するものだった…裏切られたけど』と思い出した。


「はい、国のため、民のために努力する人を裏切り傷つける国は呪われていたと言えましょう。それを滅ぼしたのはユーリ様、貴方です。


 貴方の力で呪いは解けました。これからこの国にはたくさんの幸福が訪れます。滅ぼされた者、生き物達も順にゆっくりとここに戻り、生を全うするでしょう。


 そして貴方の宣言のとおり貴方の卵から生まれた、世界を照らす私。私は貴方を支えていきます。貴方はこの国の王となり、母になるのです」


 難しい言葉をニコニコと話している小さい子を見てユーリは呆気に取られたが、言われてみれば確かにあんな酷いことが罷り通る国は呪われていたと言えなくもない。少々どころではなく荒っぽい方法でそれを滅ぼしたのはユーリだ。


 だからこの国を治めることに異論はない。良い国になるよう努力しよう。


 しかしだ。


 ユーリの頭の中を『さっきステキな彼氏のことも考えたのに、現れたのはこの子?あ、これから登場かな?』という考えがかすめた。ほんの少しだけ。


 すると次の瞬間、その子どもはシュルシュルと形を変え、大きくなり、先程と雰囲気は似てはいるが濃いブラウンの髪に緑の瞳というユーリ好みの美丈夫になった。


『え、考えただけなのに?』


 ユーリがそう考える間にもその人は


「はい、お望みのままに。他の者にあなたの伴侶になる権利を与えるつもりはありませんので。そしてできれば名付けもお願いします」


と服もユーリ好みの色合いと形に変えながら言った。


「ちょ、ちょっと!さっきから、あなた、私の心がわかるんじゃないでしょうね?やめて!」


 彼はその言葉に目を見開いたが、すぐに微笑み、


「わかりました…と言っても俺に自然に流れ込んでくるのですが、努力しましょう。あ…」


「何?」


「そうですか、『俺』よりも『僕』のほうがいいですか…え、『私』のほうがいいって?」


「ちょっと!覗かないでよ!」


「…はい」


 ユーリは、自分のいちいち妄想にクスリと笑顔で対応するその人に顔を赤くしながら返事をし、彼と末永く幸せに暮らしていく自分の姿を想像した。


 ユーリは、『所詮物語の中だ?上等だ!』と胸を張る。話の中だけの幸せなんて、家族(あのひとたち)らへの仕返しにはならないけれど、前世と今世で2度目の人生、いや、いろいろ思い出したから3度目の人生を、幸せに生きたいと願い魔力を使ったのは自分なのだ。『思う存分やってやる!本当は家族にも結婚詐欺師にも天罰を下してやりたいけれどね!』と。


 「じゃあ、がんばるとしましょうかね…まずはあなたの名前ね!」


 笑顔でそう言いながら、『あれ?自分から生まれた卵から出てきたのは自分の息子になる?いや、目から出たからいいよね?ならないよね?ならない!そう決めた!』とユーリは思った。そしてそんな彼女を見つめる目の前の男(ひと)はニコニコと微笑んでいた。




*****



 ユーリが異世界で笑ったその時、百合が生きていた世界線では不思議な雷がふたつ落ちていた。


 ひとつは地方の一軒家に。特に天気が悪かったわけでもないのに、その家を狙ったかのようにドオンと落ちた雷はその家の屋根を壊し、中をも滅茶苦茶にした。


 衝撃に家を飛び出した両親と息子三人の住民は命だけは助かったものの、変わり果てた家の様子に呆然とした。そのうち雨が降り出し、音に驚いてなんだなんだと見に来た野次馬は慌てて家に帰って行ったが、その家の住民はなすすべも無く雨の中立ち竦んでいた。


 近所の住民は密かに『娘が亡くなったっていうのに悲しみもせず葬儀もしないような家だもの、きっと天罰が下ったのよ』と噂した。


 雨はその後も屋根に大穴の開いた家に何日も降り続いた。雨がやんだ後、しばらくしてその家族は家を売ったのだろう町を去り、家も取り壊され更地になったが、買い手は見つからないようでいつまでも更地のままだった。


 もうひとつは大きな都市の繁華街のど真ん中に。雷が直撃したのは、通行人に肩がぶつかったといちゃもんをつけて詰め寄っていた男にだったが、突然の落雷に道にバッタリと倒れた。


 不思議なことに通行人を含む周囲の人々は大きな音に多少驚いただけで被害はなく、いちゃもんをつけられていた人も無事その場を去ることができた。


 倒れた男はその辺りでは信用できない奴として知られていた。最近妙に羽振りが良く大きな口を叩いていたが、周りは『あーあれは何か悪いことしてお金を得たんだろうな』『いつも女を騙していた奴だしなぁ』と怪しまれ避けられていた。そのため、今回の落雷も同情されず、救急車も『誰かが呼ぶだろう』と思われ到着が遅れた。その後、その男は町で姿を見かけなくなった。

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