第四章 奇跡の補充

難民たちを受け入れ始めてから、二週間が経った。


人数は、ついに百人を超えた。


ゴルドが建てた簡易住居は三棟に増え、外にはテント村が形成されていた。トイレも、創太の指示で簡易的な汲み取り式が設置された。井戸も掘った。この世界の住人たちは、創太の知識と異世界の技術を組み合わせて、驚くほど早くインフラを整備していった。


しかし、問題は在庫だった。


「店長、食料が足りない」


カイルが険しい表情で報告した。


「発注しても、需要に追いつかない。このままじゃ——」


「わかってる」


創太は頷いた。


発注システムは正常に機能している。注文した商品は翌朝必ず届く。しかし、発注できる量には限りがあった。


『申し訳ありません、店長』


マネージャーが説明した。


『この店舗の発注システムには、一日あたりの上限が設定されています。それを超える発注はできません』


「上限を増やせないのか?」


『現時点では、不可能です。システムの制約があります』


創太は唇を噛んだ。


百人分の食料を、現在の発注上限で賄うのは不可能だった。配給量を減らせば飢える者が出る。かといって、このまま何もしなければ——


「別の方法を考えよう」


創太は決断した。


「自給自足だ。農業、狩猟、採集。この世界の資源を使って、食料を確保する」


「でも、農業は時間がかかる」


リーナが言った。


「種を蒔いても、収穫まで数ヶ月はかかる」


「わかってる。だから、並行して狩猟と採集を行う。短期的には狩りで凌いで、中長期的には農業で自立する」


創太は地図——カイルが記憶を頼りに描いた周辺地形図——を広げた。


「リーナ、お前は狩りができると言っていたな」


「ああ。体力が戻れば、獲物を追えるくらいにはな」


「じゃあ、狩猟チームを組織してくれ。獣人の中で、狩りの経験がある者を集めて」


「わかった」


リーナは頷いて去って行った。


「カイル、お前は周辺の地形を調査してくれ。農地に適した土地、水源、そして——危険な場所」


「危険な場所?」


「魔物とか、そういうのがいるんだろう? この世界には」


カイルは頷いた。


「いる。森の奥には、かなり危険な種がいると聞いている」


「それを把握しておく必要がある。どこまで安全に行動できるか、線引きをしたい」


「了解。すぐに取りかかる」


カイルも去って行った。


創太は一人になり、地図を見つめた。


食料問題は深刻だ。しかし、解決策がないわけではない。


コンビニの発注システムに頼りきりではいけない。この世界の資源を活用し、持続可能な仕組みを作らなければ。


「マネージャー」


『はい、店長』


「農業に関する知識はあるか?」


『基本的な知識はあります。土壌の条件、作物の育て方、収穫のタイミングなど』


「それを、ゴルドの建設チームと共有してくれ。農地の開墾計画を立てる」


『承知しました』


創太は窓の外を見た。


草原の向こうに、緑豊かな森が広がっている。


「あの森にも、食えるものがあるはずだ」


採集も、重要な食料源になる。キノコ、木の実、山菜。創太の世界でも、コンビニの棚には季節の山菜おにぎりが並んでいた。


「全部、使える資源だ」


創太は呟いた。


「やることは山ほどある。でも——」


一つ一つ、解決していくしかない。


それが、店長の仕事だ。


三日後、リーナが狩猟チームを率いて帰還した。


「獲れたぞ!」


彼女の声が、歓声と共に響いた。


チームが運んできたのは、大きな鹿のような動物だった。四本の角を持ち、毛皮は青みがかった灰色。この世界特有の獣らしい。


「すごいな」


創太は感嘆の声を上げた。


「どうやって仕留めた?」


「弓と罠だ」


リーナは得意げに答えた。


「獣人の嗅覚を活かして獲物を追い、森の知識を使って罠を仕掛けた。あとは待つだけ」


「チームの連携は?」


「問題なかった。みんな、久しぶりの狩りで張り切っていた」


リーナの表情が、少し柔らかくなった。


「私たち獣人は、元々狩猟民族だ。農耕民族の人間に比べて、身分が低く見られることが多かったけど——こういう時は、役に立てる」


「役に立つとか立たないとか、そういう問題じゃない」


創太は言った。


「それぞれに得意なことがある。それを活かせばいい」


リーナは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。


「……やっぱり、変な人」


「またか」


「褒め言葉だと言っただろ」


二人は顔を見合わせて笑った。


獲物は解体され、その日の夕食に供された。


「美味い……!」


難民たちが、久しぶりの肉料理に舌鼓を打った。


創太は調理を指揮した。衛生管理を徹底し、火は十分に通す。食中毒のリスクを最小限に抑えるためだ。


「店長、この香辛料は何だ?」


ゴルドが不思議そうに尋ねた。


「塩胡椒だ。肉の臭みを消して、味を引き立てる」


「塩胡椒……。この世界の香辛料とは違う風味だな。どこで手に入れた?」


「店の在庫だ」


創太は肩をすくめた。


「料理に使えそうな調味料は、全部出した。どうせ配給だけじゃ使いきれないしな」


ゴルドは目を丸くした。


「お前の店は、本当に何でもあるな」


「コンビニだからな。『あったらいいな』を形にするのが、俺たちの仕事だ」


ゴルドは豪快に笑った。


「いい言葉だ。『あったらいいな』か。気に入った」


夕食後、創太はカイルから報告を受けた。


「周辺の地形調査、完了した」


カイルは地図を広げた。そこには、詳細な書き込みが加えられていた。


「まず、水源。店から北西に約二キロの地点に、大きな湖がある。水は澄んでいて、飲料にも使えそうだ」


「いい情報だ」


「次に、農地。店の南側に、緩やかな丘陵地帯がある。土壌は肥沃そうに見えた。農業に適している可能性が高い」


「ゴルドに伝えて、開墾計画を立ててもらおう」


「了解。そして——」


カイルの表情が険しくなった。


「危険地帯だ。東の森の奥には、高レベルの魔物が生息している。狼型、熊型、そして——竜に似た存在も目撃されている」


「竜?」


「小型だが、火を吐く。近づくのは危険だ」


創太は地図を見つめた。


「じゃあ、東の森は立入禁止にしよう。境界線を設定して、全員に周知する」


「それがいいだろう」


カイルは地図に赤い線を引いた。


「この線より東には、絶対に入らないよう徹底する」


「頼む」


創太は頷いた。


その夜、創太は一人で外に出た。


星空を見上げる。見慣れない星座。しかし、美しさは変わらない。


「……こんなに星がきれいなのは、いつぶりだろう」


現実世界では、深夜のコンビニから見える空は、いつも街の明かりで霞んでいた。こんなに澄んだ夜空は、子供の頃以来かもしれない。


『店長』


スピーカーから、マネージャーの声が響いた。


「ああ」


『明日の発注について、ご相談があります』


「なんだ?」


『農業用の種子を発注できるようになりました』


創太は目を丸くした。


「種子? 本当か?」


『はい。小麦、トウモロコシ、ジャガイモ、ニンジンなど、主要な穀物と野菜の種子が発注可能になりました』


「それは……助かる。すぐに発注してくれ」


『承知しました。ただし——』


マネージャーが続けた。


『発注できるのは種子だけです。成長した作物は補充されません。つまり、植えて育てる必要があります』


「当然だな。そうでなきゃ、農業をやる意味がない」


『その通りです。この世界で持続可能な食料生産を行うためには、自らの手で作物を育てる必要があります』


創太は空を見上げた。


「……ようやく、次のステップに進める」


コンビニの補充システムに頼りきりの段階から、自給自足への移行。それは、この集落が「生き残る」ための、重要な一歩だった。


「マネージャー、農業のマニュアルを用意してくれ。明日から、みんなに教える」


『承知しました。最適な栽培方法に関するデータを準備します』


「頼む」


創太は店内に戻った。


明日から、また新しいことが始まる。


でも——


「なんとかなりそうだな」


創太は小さく笑った。


コンビニ店長の仕事は、在庫管理だけじゃない。人を育て、仕組みを作り、コミュニティを支える。


それは、この異世界でも変わらなかった。


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