第104話 沼にハマった女たち 12
sideルミナリア・エーデルシュタイン・ヴァルシュレイン
……心臓が、うるさい。
ホート様は真剣に考えて、私のことを思ってくれたのでしょう。
それはとても嬉しい。
ただ、彼は政治を分かってはいない。彼が私を王城で育ったというように、彼は男爵として王城以外の政治から離れた場所で育った。
だからこそ知らないことがある。
「そんな風に言う人は、あなたが初めてです」
そう口にした私の声は、思ったより震えていた。
とても、ホート様がお可愛いと思えてしまう。
十八歳の少年騎士。
まだまだ大人たちの汚さを知らないのだ。
窓の外に視線を逃がす。今、私は顔がニヤけている。
王都の灯りが滲んで見える。
私の気持ちは分かってはもらえなかったのは悲しい。でも、ホート様はそこで終わらせない。私の言葉を聞こうとしている。
真っ直ぐで、無遠慮で、馬鹿正直で。私はそれが、いちばん危険だと知っている。
ゆっくり振り返って、私はホート様を見た。
いつもの毅然とした態度を保てているでしょうか。
「……ホート様」
「はい」
返事が、まるで裁判の被告みたいに固い。
私は机の端に指を置いて、気持ちを整える。
「あなたが言ったことが、危ない理由を今から言います」
「……はい」
その素直さが、とても素敵です。
「まず一つ。王族の前で、現在、王の代わりをしている第一王子が無関心でいることが正解などと口にするのは、王太子の権威を傷つける発言です」
「……」
絶望的な顔。ハァハァハァ、いいですね。
「あなたは善意で言ったのでしょう。ですが、善意は免罪符になりません。聞いた者が、王太子は無能だと受け取れば、それはその瞬間から言葉の刃になります」
私は声を低くする。彼への温かな気持ちを今は閉じ込めて見せはしない。
そうすることで、彼の苦悶に歪んだ表情が見えるから。
「二つ。『あなたの考えも危険な思想の一つです』これは王女を危険思想と断じたのと同じです」
「……」
顔が真っ青になりましたね。ふふ、いいですよ。
「言い換えれば、反王家の扇動と取られます。ファントム兄様の耳に入れば、あなたは即座に政治の道具になります。私を引きずり下ろす材料として、ね」
ホート様の眉が僅かに動いた。ようやく、自分の言葉の重さに気付いた顔をしています。
私は畳みかけます。
「三つ。あなたは自分を差し出す覚悟で首にしてくださいと言いましたね」
「はい」
「それが一番いけません。その発言は無責任でしかない。そして、あなたが消えたら、誰が得をすると思いますか?」
「……」
「私の敵です。あなたは今、私の剣であり盾です。あなたが勝手にいなくなったら、私が弱くなる。だからその台詞は二度と言わないでください」
言い切った瞬間、胸の奥が熱くなる。
「申し訳ありません」
絶望して、顔を真っ青にして、心から悲しそうな顔をして謝罪を口にする。
ああ、私は今……命令口調で、彼を縛った。彼は暗い顔をして俯く。
「ホート様、物価の高騰も治安の悪化も、国家が責任を持って対策しなければならないことです。我々は国民から税を受け取っています。それは我々王族が民を守るために使うお金です。法律を作り、経済的や身体的を守る。王族の義務なのです」
私は咳払いをして、無理やり冷静を作る。
そうじゃなければ興奮して、声が震えてしまう。
「そして最後です。あなたが、私を犠牲にしたくないと言ったのは……」
言葉が詰まる。本当は嬉しい。
私個人を彼は心配してくれたのだ。
「……優しすぎて、危ないです」
ジーナが、背後で小さく息を呑む気配がした。
ハウアが、鼻で笑った気配もした。
ホート様は、顔を上げて私を見る。
「優しいのが、危ないのですか……?」
「ええ。あなたは私を救おうとした。私の代わりに背負おうとした。結局、あなたの意見は穴だらけです。そこに正しさはありません。私が口にした理想と変わりません」
だけど、彼の言葉が正しいところもある。
私自身の目的。
彼自身が、私に剣を捧げたいと思うほどの目的を提示していなかった理由をちゃんと突いてきた。
私は王女で、外交官で、駆け引きの中で生きてきた。
彼はそれを知らない。だからこそ、彼にだけ甘えたいと考えてしまう。
「では、逆に聞きます」
「……はい」
「ホート様。あなたは、私がなぜここまでやっていると思いますか?」
ホート様は迷う顔をした。迷うのに、目を逸らさない。
「国のためだと……ルミナ様は」
「それは建前です。政治とは本音と建前を使い分けなければなりません」
言い切った瞬間、ジーナの気配が一瞬だけ硬くなる。ハウアが「ほう」と小さく笑った気がした。
私は深呼吸して、続ける。
「もちろん国のためでもあります。民を守るのは義務です。税を受け取る以上、責任もある。……でも、それだけではありません」
私は窓の外を見た。灯りが揺れている。
「私は……私の人生を、他人の都合で終わらせたくないのです」
覚悟を口にする。王族として、生まれ持ったプライドが高いと言われればそれまでだ。
だけど、王になれる地位にいる。それはチャンスだ。
「王族だから。体が弱いから。女だから。そういう理由で、あなたはここまでと線を引かれてきました」
「……」
彼は真剣な瞳で私を見つめている。
「だから私は、線を引かれる前に自分で線を引く。私はここまで行く、と。そう決めて走ってきました」
窓ガラス越しのホート様の喉が動いた。息を飲んだのが分かる。
私は振り返って、彼を見た。
「あなたが言った犠牲という言葉は、私にとって侮辱でもあり……救いでもあります」
「救い……?」
「ええ。誰も、そう言って止めようとはしませんでした。止めたら、責任を負うことになるから。私の隣に立つ覚悟がないから」
ここまで言って、彼は気付いたように「はっ!」とする。
私は怒っている。でも同じくらい嬉しい。
こんなにも可愛い男が、私の近衛になってしまったことが。
「ホート様」
「はい」
「あなたは、私の隣に立つ覚悟がありますか? ここからはあなたの知らない未知の世界です。あなたが私に向けて放った言葉が、全て理想でしかないと知ることでしょう。暗くてドロドロした道です」
「……覚悟はあります。どんな道でもあなたを手伝いたい」
彼の瞳は真っ直ぐで、とても綺麗ですね。
「なら、条件があります」
「条件ですか?」
「あなたも学びなさい!」
「学ぶ」
「はい。歴史、政治、外交! 私の横で学ぶのです」
ホート様は知らない。政治の恐ろしさを。
「午前中は騎士としての訓練を受け。昼間は私の隣で勉強です。夜はあなたが作るブラジャー作りをしなさい」
「ブラジャーもですか?」
「今後、あなたを外交の場に押し上げるのは、ブラジャーです」
「ブラジャーが?」
「そうです。女性の心を掴みなさい。あなたはまだまだ成長ができるはずです」
彼は意味がわからないという顔をする。
だけど、そんなホート様を育てたいと思ってしまう。
必死に考えて、考え抜いて出した答えが、私を守りたいから、犠牲になってほしくないと告げる、お可愛い騎士様を……。
「できますか?」
「できます! やってみせます!」
「いいでしょう。なら、政治を学び、私が行う外交を学び。もっと視野を広げてください。この王都だけ見ただけでは判断できないことを知ってください。王国全土をみれるほどの視野を持てるぐらいの大きな男になってください」
「はい!」
とても素直ですね……。
そんな彼だから、私は選んだのかもしれません。視線をジーナに向ければ、ホッとした顔をしている。
私がホート様を見限ると思ったのでしょうね。
だけど、こんなにも面白い人を放っておくなんてもったいないじゃない。
これまでもお金をジーナに渡して、支援をしてきた。
ホート様は、まだまだ幼く発展途上の騎士です。
それを自分の手で育てる。これほど楽しいことはないですね。
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