第5話 革命

 大和号八〇〇年が過ぎた頃。武蔵号は第二次フラクタル計画によって長門号に鞍替えし、後継船として宇宙空間をさまよっていた。

 その内部では、高天原帝国による圧政が続いていた。乗客は貴族、平民、奴隷と三つの身分に分かれ、貴族はあらゆる面で優遇され、平民には重税を、奴隷はほとんどの労働を休むことなく課されていた。

 階級社会が発生したことにより、少数の貴族は大勢いる奴隷を買って、代わりに労働させる。貴族はいわゆる高等遊民として生活し、奴隷に代わって恩恵を享受していた。

 当然のことながら、奴隷からは酷く恨まれている。しかしもし貴族に逆らえば、一族郎党皆殺しにされる上、他の奴隷たちが迷惑を被ることになる。そうなれば奴隷の立場はより危うくなるだろう。

 このような状況であるから、今の社会構造を変えることは不可能に近かった。

 そして、つい先日即位した第七代皇帝の勅令により、平民の一割ほどを奴隷身分に落とすことが決定した。

 当然平民からは反発を食らうものの、抗議活動を皇帝に対する不敬罪と判断した憲兵によって大勢の逮捕者を出す。逮捕された者も、そのほとんどが奴隷の身分に落とされるだろう。

 そのようなご時世の中、科学庁外宇宙観測局が異常な電波をキャッチした。その電波は宇宙船が地球出発頃に使用していた音声記録用の電波であることが判明した。

『他の宇宙船の皆さん、ごきげんよう。我々はアメリカ合衆国という国で建造された宇宙船「エンタープライズ号」の人間です。我々の暦では、地球を出発して九〇〇年が経とうとしています。我がエンタープライズ号はすでに五代目になり、人口も十万人を切りました。おそらく、地球以外の惑星に到着するのは不可能でしょう。そこで我々がいた証として、この音声を記録しています。本当は、他の惑星に入植して我々の子孫が地球に戻ることを夢見ていましたが、それが叶わず残念です。そこで我々は、我々の最後を迎えるための曲を作りました。せっかくなので共有します。この音声が、他の宇宙船に届くことを願って。さようなら』

 そして、別の音声が始まる。それは讃美歌であった。人類の人類による人類のための歌。穏やかながら、終焉の哀しみを歌っているそれは、まさにエンタープライズ号の最期にふさわしい歌だった。

 このことを外宇宙観測局が発表すると、たちまち貴族の間でこの讃美歌が大流行したのである。そしていつの間にか、この曲に「さらばエンタープライズ号」という名前が付けられ、平民にまでも親しまれるようになった。

 当然の流れだが、奴隷たちもこの曲を楽しもうと貴族や平民にすがりつく。しかし、特に貴族の方から断固拒否される。

『我々の享受する楽しみを、奴隷に与えるべきではない』

 そのような考えが一般的だった。

 当然ながら、奴隷から反発を食らう。しかし、武装した貴族の私兵が奴隷を攻撃する。その際に死傷者が出ても貴族はお咎めなし、逆に奴隷に対して懲罰が下るほどだ。

「なんとかして、この状況を打開しなければ!」

 奴隷たちが使っているクローズド・ネットワークにて、世良日という男が声を上げる。もちろん同調する声も多くあった。

 だが同時に、反対する意見も上がる。

『どうやったって、貴族には勝てない』

『身分制度を破壊するのは、帝国をひっくり返すのと同じくらい過酷だろう』

 世良日はその意見を聞いても、なお貴族への反逆を企てる。

「俺は皆と同じように、物心ついた時から奴隷だ。だが、この『世良日』という名前は自分で付けた。俺が俺であるための証明として、だ。俺が自分の名前を自分で作ったように、皆が自分の意志を持ってほしい。誰も壊そうとしなかった壁を俺が破壊したように、皆で壁をぶち壊しにいってほしい」

 その言葉を聞いた奴隷の何割かは、同意と賛同の感情を向けていた。そして立ち上がる同志たち。

「今こそ、この腐った帝国を打ち倒す時だ! 俺たちは奴隷なんかじゃない! 一人の人間だ!」

 機運は高まっている。しかし、奴隷だけが団結しているだけでは駄目ということを、世良日は理解していた。そこで、ある人物に接触することにした。

「それで、僕の所に来たんですか」

 まだ憲兵に連行されていないものの、平民から奴隷の身分に落とされそうになっていた伊鷲古という男だ。伊鷲古の家族も、奴隷として憲兵に身柄を拘束されている。時機に彼も拘束されることだろう。

 世良日と伊鷲古の二人は、平民街の路地裏で対面していた。

「そうだ。伊鷲古さん、家族を取り戻したいとは思わないか?」

「出来るなら今すぐやっていますよ。しかし、どうしようもないから途方に暮れているんじゃないですか」

「でも一人じゃない。伊鷲古さんが筆頭となって平民を束ね、俺が奴隷の音頭を取れば、貴族の連中に一泡吹かせられる。チャンスは今しかないんだ!」

「……世良日さん、一つだけ聞かせてください。どうしてそこまで必死になるんですか?」

「なに、単純な話だ」

 そういって世良日は、路地裏の向こうの明るい景色を見る。

「奴隷の身分から解放されて、俺たちも『さらばエンタープライズ号』を聞くためだ」

 その時の世良日の清々しいまでの反抗精神に、伊鷲古は子供の頃に忘れたであろう憧れを抱いた。

「……分かりました、やりましょう。僕たちの力を見せつけましょう」

「そうなれば『善は急げ』だ。モタモタ準備して貴族どもに目をつけられたら、ひとたまりもないからな。まずは仲間になりそうな奴らに片っ端から連絡してくれ」

「はい」

 伊鷲古は脳に埋め込まれているパソコンから、連絡帳に入っている知り合いへメッセージを送信する。思考するだけで操作が完了するため、約五十人もの相手へメッセージを送るのに二分ともかからなかった。

「終わりました。次は?」

「俺の仲間が武器を揃えている。ほとんど鉄パイプで、サブマシンガンが数丁ほどある。物量で押し込むしかない」

「それでもやらなきゃ、革命は成し得ない。でしょう?」

「あぁ」

 そのような話をしていると、伊鷲古へ返信が飛んでくる。半分くらいは賛同するメッセージだった。

「今すぐ来てくれるそうです。場所は?」

「四方津市竃食町のごみ処理場だ」

 それを返事をくれた人々に送り、世良日と伊鷲古はごみ処理場へと向けて走る。

 向かっている途中で、貴族の私兵に遭遇しそうになった。建物の影から様子を伺い、姿を見せないように移動する。

 なんとかごみ処理場に到着すると、そこには貴族の元を逃げ出して蜂起を企てている奴隷たちの姿があった。

「よぉ世良日! 本物の真剣を大量に入手したぜ! これで特攻出来る!」

「こっちは主人が趣味で持ってた銃器を奪ってきた! サブ以外にもブローニング重機関銃まであるぜ!」

「大型トラックを調達してきた! 突撃なら任せろ!」

 やいのやいのと奴隷たちが盛り上がっている。

「見たところ百人もいないように見えますが、大丈夫ですか?」

 伊鷲古は世良日に聞く。

「大丈夫だ。他の場所でも同じことをしている。帝国中にいる奴隷が一斉蜂起だからな。ものすごいことになるぜ」

 そんな所に、平民である人々がちらほらとやってくる。その中には、知り合いでない初めて見る人も混じっていた。

「なぁ、ここで革命の準備がされているって本当か?」

「どこでその情報を?」

「帝国市民ネットワークに情報が載ってるぞ」

 伊鷲古は脳内パソコンからソーシャルネットワークにアクセスする。急上昇ワードに「革命前夜」が上がっていた。

「不味いです、平民の間で急速に広まっています……!」

「もう時間がない。今すぐにでも宮殿に突入するぞ。皆、移動だ!」

 世良日が指示を出し、それぞれ武装して乗用車やトラックの荷台に乗り込む。そのまま皇帝がいる宮殿に向けて走っていく。

 宮殿に近づくにつれて、同じような車がどんどん集まってくる。同じ奴隷たちだ。

「もうすぐ宮殿だ! トラック、突破口よろしく!」

 そういって大型トラックは、正門の前で急カーブして反対方向を向く。そのままギアをバックに入れ、全速力で後進した。

 門を警備していた近衛兵は、突撃する大型トラックを止めることが出来ず、正門を突破させてしまう。

 その隙間を縫って、奴隷たちは宮殿に侵入する。ここまで来れば、奴隷たちは反乱軍として緊急手配された。

「こっちに迫ってくる連中は片っ端から殴り倒せ! 銃を持ってる奴は後ろから援護!」

 世良日が先頭になって、宮殿の中を走り回る。

 前方から拳銃を構えた近衛兵が大型の盾を装備して隊列を組む。そしてそれを反乱軍に向けて一斉に射撃した。反乱軍のうち何人かに命中して、床に倒れこむ。

「マシンガン!」

 世良日は柱の裏に隠れ、銃を持った仲間に向けて叫ぶ。サブマシンガンを装備した反乱軍が前に出て、引き金を目一杯引く。弾丸が連続して射撃され、盾ごと貫いて近衛兵を倒していく。

 やがてネットワークを介して世良日に連絡が入る。どうやら皇帝を見つけたようだ。世良日と伊鷲古が、急いで皇帝のいる部屋まで走る。

 部屋に入ると、皇帝の頭に銃口を突きつけられている光景が飛び込んできた。

「き、貴様ら! 我に何をしようとしている!?」

「これはこれは皇帝様、ご機嫌いかがです? 早速で申し訳ないのですが、死んでいただけません?」

「な、何を言う!? 貴様ら奴隷だろう!? 奴隷がこんなことをして良いと思っているのか!?」

「良いも悪いも、そもそもお前の先祖がやり始めたことだろ。今の俺たちには関係ない」

「クソどもめ……! 貴様らには天罰が下るぞ!」

「それが言えるのも、今だけだ」

 そういって世良日は、近くの仲間に目配せをする。そのまま皇帝に向けて弾丸を撃ち込んだ。

「……これで、我々は自由になれるんですかね?」

「そうだな、俺たちは自由だ」

 この後、反乱軍は皇帝暗殺を大々的に発表。同時に帝国議会も制圧され、ここに高天原帝国は事実上終焉した。

 後に反乱軍が中心となり、帝国の正統後継国家である「高天原共和国」が建国され、身分制度の撤廃を宣言、国民皆平民として再出発することになった。

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