努力を怠った聖女

奈香乃屋載叶

第1話 努力を怠った聖女

 ついにこの日がやってきた。

 私は純白の祭服に、王家から貰った金糸のマントを肩につけて、大聖堂への長い廊下を歩いていた。

 後ろには侍女がついている。


「きっと今日、私は神に選ばれる。いや、もう選ばれている」


 そう呟きながら、ハッピーエンドの景色を思い浮かべていた。

 転生してからこれまで、上手くいっている。

 かつて私は、蒔田史奈まきたふみなとして受験生だった。

 でも模試で上手く点数が取れず、徐々に自信が無くなってきた。試験勉強だってあまり頭に入ってこなかったし。

 そんな時、息抜き的に、とある乙女ゲームをやっていた。

 ヒロインの名前は、フルール・アンジェ。

 今の私と同じ名前と姿。

 神様に選ばれて、聖女として最終的に王子と結ばれてハッピーエンド。

 彼女に私は憧れていた。

 だから転生して、この姿になったとき、とても嬉しかった。

 こんな私がヒロインでになれたのだから。


「聖女様、これから行われる光の儀に備え、お祈りを……」


「あとでいいわ。もう十分祈ったもの」


 私は歩きながら、今の表情を確認する。

 美しいフルール・アンジェの微笑む顔が、鏡のような柱に映っている。

 完璧。

 今日の事だって絶対に上手くいくから。


「フルール様、神からの啓示を!」


「聖女よ、闇を祓ってください」


 途中、人々が私を祝福していた。

 そうよ、これが私なのよ。


「人々の安全を……」


 にしてもジュゼは何をしているのかしら。

 これから断罪されるのに。

 やがて大聖堂の中に入り、祭壇へと向かう。


「最後にご確認を」


「必要ないわ」


 もう神に選ばれている私に、これ以上することはない。

 運命が私をハッピーエンドに導いてくれるから。

 やがて王子や神官、それに人々が大聖堂に入り、最後にジュゼが中央で地べたに跪かされて始まった。


「闇はこの国を覆っています。ですが、神は私に啓示をくださったのです。真の聖女は、罪なき愛を貫く者」


 私はジュゼを指さす。

 淡い藤色のドレスに涙を流している瞳を見せて、これから行われる断罪の対象となった彼女を。既に拘束されていて、逃げることは不可能。

 彼女は悪役令嬢で、この世界で悪行をしていた。

 ゲームでも同様に。


「この者こそ、神を欺き、ホルスト殿下を惑わせた罪人です!」


 ざわめきが広がった。

 私の声は澄みきっていて、人々には神が語るように響いていると思う。

 ここで断罪すれば、奇跡が起こる。

 ゲームでそうだったんだから。


「ジュゼが肌身離さず持っていた、祈祷書。これが証拠よ!」


 私は黒く焦げている祈祷書を掲げて、人々に示した。

 これで信憑性は高まる。


「彼女は禁呪を試んだのです。王国を闇で覆うために」


 ざわめきが大きくなる。


「この祈祷書が焦げているのは、禁呪である闇の火が彼女を覆ったから! 証拠は嘘をつきません!」


 さて、これで準備は整った。

 ジュゼが滅びた瞬間、神の光が降りて、王子と結ばれる。


 もうすぐそこまで迫っている。


 だから私は手を高く掲げ、祈りの詩を唱える。

 そして両手を組んだ。

 聖堂中の人々が息を呑んでいた。

 ジュゼは涙を流しながらも、微笑み両手を組んでいる。


「光よ! 闇を裂き、真実を示せ!」


 ……静寂。


 何も起きなかった。


 光は降りず、風も吹かず、神は沈黙している。

 ステンドグラスの外では雲が流れ、空の青が冷たく映るだけだった。


「……え?」


 どうして?

 何も起きないなんて……こんなの今まで無かった。

 神官達は顔を合わせ、


 もう一度。


「光よ! 闇を裂き、真実を示せ!」


 でも光も空も変わらない。

 何も通じていないかのように。


「聖女フルール、どうしたんだ?」


 王子が怪訝な顔をしている。

 このままでは王子と結ばれなくなっちゃう。


「な、何で……光が……」


 焦りながらも、祈り続ける。

 ジュゼは両手を組んだまま、瞳を閉じ続けていた。


「神様、どうして答えてくださらないの!?」


 ついに私は叫んでしまった。

 感情が乱れてしまい、人々に困惑の声が出始める。


「そうなるのも当然じゃ」


 聖堂の奥から、白い衣を纏った老人がやってきた。

 老神官でこの大聖堂の守り人。

 歩みは遅いけれども、確かな響きがあった。


「沈黙は拒絶ではない。神が語られぬ時、それは見届けておられるときだ。見届けの前に演じた祈りは届かぬ。ゆえに光は降りない」


 ざわめきは逆に落ち着いていく。


「な、何で……?」


「そなたは努力を怠り、人を陥れようとした。そんな者に、神への祈りなど通じぬ。光など降りる訳がない」


 優しい口調ながらも厳しい言葉を私に突きつける。


「嘘よ……私は努力をして……」


「ではどんな事をしていたのだ?」


「……私は祈っていたわ。毎日、言葉を……」


「それは”神頼み”だ。本当に神を信じる者は、沈黙の中で汗を流している」


 すぐに老神官は私を否定する。

 それに厳しい目で私を見ていた。


「しかも儀式の日だけ、人々が見ている場面だけ、華やかに祈っておった。そんな者が努力しているのか。殿下と会ってばかりで」


「でも、私の神託は全て起きている!」


「だがそなたは言葉だけで、何もしなかった。最近はその神託すら言っておらぬ」


「ぐっ……」


 言えるわけない。それってゲームで起きていた事を、そのまま言っていただけだから。

 ゲームと同じなら起こるって、分かっていただけ。

 それで私は聖女になれた。

 ただ、逆に最近だと、イベントが限られているから分かんなくなっていた。


「しょ、証拠は……? 私が努力していないって証拠は!?」


「そうじゃのう。何も無いことが証拠じゃ」


 悪魔の証明じゃん。

 無限に調べないと分からないやつ。


「なら私は努力をしていたの!」


「だが……ジュゼ様が努力し、祈り続けた証拠はある」


「えっ……?」


「そなたが証拠として出したジュゼ様の祈祷書。ほとんど黒く焦げているが、一部ははっきりと焼けていない」


 その部分を老神官がはっきりと掲げた。

 祈祷書の中で、その部分だけが何かに守られたようにはっきりと残っていた。

 老神官は黒い祈祷書の、焼け残った一行を読み上げた。


「『沈黙の中でも、光を疑わず』、これは祈りの技法ではない。姿勢の記録だ」


「それが何を……」


「たとえ誰も見ていなかったとしても、努力を怠らなかったといえる」


 老神官が言ったその言葉、私への批判にも取れた。

 ジュゼが努力を続けているって。


「う、嘘よ……」


「それに、これが焦げた原因は蠟燭じゃ。ジュゼが暗い中でも祈り続けていた際に、祈祷書に火がついたことによるものじゃ」


「ち……違うわ……!」


「では、そなたが努力していた証拠を出してみなされ」


「…………」


 言い返せなかった。

 そんなものが無いのだから。


「あるわけないのう。していないのだから」


「偽りを言わないで! それに、神は私に啓示をーー」


「でしたらもう一度、フルール様の祈りを。それでわたくしが断罪されれば、フルール様が正しいのだから」


 するとジュゼから口を開いた。

 そして祈るように目を閉じて、再びほんの少し自由になっている両手を組んでいる。


「ええ! ジュゼ、これで貴女は断罪されるから!」


 私は震える手で両手を組む。

 唇を噛み、祈りの詩を唱えていく。


「光よ、導きの神アポリーヌよ……」


 祈りの言葉だけが天蓋に跳ね返り、消えた。

 雲が窓を横切り、色だけがわずかに暗くなる。

 それでも、何も起きない。


「何でよ……どうして……」


 涙が出てきて、感情がさらに乱れていく。

 光が出てこないと、私は……私は……


「違う……違うの……神様……あなたは……私を見てるはずなのに……」


 お願い、光を、悪役令嬢を裁く光を!

 でも震えが止まらない手で、祈り続けるけれども光は変わらない。


「もうよい。これ以上、そなたが祈ったって無駄だ」


 既に王子の目は冷たくなっていて、私に刺さる視線が痛い。


「光は降りなかった。誰の上にも、何の上にも。神は沈黙した。そなたには、もう祈る理由がないからだ。努力を怠り、誰かを貶めて祈る者を。神は選ばない」


 ジュゼの拘束を解き、彼女を抱きしめた。

 それは完全に婚約者のものだった。


「ジュゼは、祈り続けた。たとえ誰も答えなくとも、誰も見ていなくとも、声が枯れたとしても。そなたは見られるために祈った」


 この瞬間、私はハッピーエンドを失ったって分かった。

 王子の声が上手く聞き取れない。


「私はそなたを信じた。だが間違っていたようだ。私は君を愛した。だが、君が愛したのは都合の良い奇跡だった。もう私は、そなたを信じない」


「殿下……殿下……!」


「これ以上、王国を欺く奇跡を信じるわけにはいかない」


 私へ突きつけられる言葉は、厳しく突き刺さっていく。

 もう優しくは無かった。


「この瞬間をもって、”そなたの”聖女の称号を剥奪する」


「お待ちください! まだ……まだ祈れますから……!」


 命乞いのように、私は王子に頼み込む。

 もしも光が出てくれば、逆転出来るはず……だから……

 でも……


「……祈りたいのなら、好きなだけ祈るが良い。ただ、王国はもはやその光を仰がない」


 王子は振り向かずに去った。

 人々も同様に出ていく。

 歩みの音が消えた後、聖堂には私の呼吸だけが残った。

 老神官も元の仕事へ戻っている。

 それでも光は出てこなかった。


「……ああああああ!!」


 私は頭を抱えて蹲ったのだった。

 何もかもを失ったのだから。

 誰も居なくなった大聖堂で、誰に伝えるでも無く一人で。




「これが数年前に殉教した聖女フルールの像か……」


 王都の広場、そこには新しく作られた”聖女”の銅像がある。


『真の聖女フルール。神の沈黙に耐え、国を救う』


 銅像の台座には、そう書かれていた。

 とても美しい聖女像。

 いつも輝いていて、訪れる人々に微笑んでいた。

 銅像の下には献花があり、人々は彼女の死を悼んでいる。

 

「感謝しないと……今日まで生きられるのも聖女様」


「聖女様、今日も見守っていてね」


 人々が銅像に頭を下げたり、祈ったりしている。

 銅像の聖女は輝き、人々を見守っていた。


「君は俺の心の中で”理想の聖女”として、ずっと生きていてくれ。いつまでも祈り続けるその姿を」


 すると、ホルスト王子が参拝に訪れていた。聖女像に会話をしている。

 銅像に花を置き、礼をして、祈っている。

 一切私には目もくれず、銅像の聖女だけを見ていた。

 後には王子とついてきたジュゼ、彼女は妃となっている。

 ジュゼは聖女像に跪いて、祈りを捧げていた。


「…………」


 悪役令嬢が愛も手に入れた。

 私とは反対に。


「そろそろか……」


 やがて礼拝に訪れる人が途切れたので、掃除の準備をしていく。

 水を汲んだ桶に布を入れて濡らす。

 何度も水を使っているので、手はひび割れている。

 布に含ませた水が指のひびに沁みて、思わず息が漏れる。

 その痛みだけが、まだ私が生きている証だった。


「はぁ……」


 私は布を持って、”聖女”の銅像を磨いていく。

 そこそこ大きめなんだけれども、私一人で行わなければならない。

 これが私に与えられた仕事なのだから。

 水を含んだ布がひび割れに触れる。じん、と痺れが走る。私は銅像の足首へ円を描くように磨いた。

 磨けば輝く。

 私だけが、輝かない。


「疲れた……」


 銅像の周りを箒で掃いて、礼拝しやすいように。

 そして置かれてから時間が経った献花を、片付けていく。


「どうしてこうなったんだろう……」


 磨いているのは、”私”の銅像。

 一応似ているけれども、微妙に別人っぽく作られていた。

 私はあれから、王都での生活は許された。

 ただし、この聖女像の掃除を”毎日”するのが条件であり、怠れば即追放だと。

 一応給金は貰えるが、雀の涙。日々の過ごすための支払いで全て消えていく。


「こんなの……」


 王国の発表で、『聖女フルールは大聖堂で祈りの最中に倒れ、そのまま天に召された』となっている。

 そう、私は死んだことにされた。

 あんな状況だったけれど、私を抹消すると逆に王国が不安定になるから。

 見ていた人々へ、『”神の沈黙”という、奇跡が起きたのだと』説明した。

 そして納得させていた。

 これによって、フルール・アンジェはもうこの世に居ない。

 私は身分を抹消された。

 だから、私は名も無き……いや、戸籍上の都合でアルティと名付けられて、労務指定として銅像の掃除係にされた。もう聖女じゃなくなっている。


「何で異世界でこんな生活に……」


 もしかしたら、元の世界で適当な会社で働いていた方が、まだマシな生活を送れていたかもしれない。

 それなのに……私はハッピーエンドになる寸前で、全てを失った。

 バッドエンドの結末しか残らない……


「どうしてかな……」


 今日もピカピカに磨き上げ、聖女フルール像は輝いている。

 汚れた清掃服で、掃除を終えた疲労困憊の私に対して。


「頑張れば良かった……もっと努力をしていれば……」


 もう遅かった。

 私は疲れちゃったから、近くのベンチで横になることにした。

 風がなんとなく気持ちいい。私はそのまま眠ってしまう。




「ここは……」


 一面真っ白な場所。どこまで行っても白しかない。

 夢の中なのかな。でも、それにしては現実味がありすぎる。

 でも良いかもしれない。私には、何も残っていないのだから。

 ずっとあの銅像を磨き続けるだけなんだから。

 ここで何も感じないで居る方が良いかもしれない。


「そこに居るのは、フルール・アンジェじゃないの。いや、アルティかな」


「だ、誰……?」


 するとやってきたのは、蒔田史奈。そう、私だった。

 転生する前と変わらない、その姿。


「何で? 私が……」


「蒔田史奈とでも言いたいの? 私の代わりに、フルール・アンジェになっているのに?」


 目の前の”私”は、自分が思っていることを、言っていた。

 じゃあ彼女は何者なの?


「どういうこと? 私はフルールになったから……」


「私が元々のフルール・アンジェ。貴女が破滅させた、ね」


「そんな……入れ替わっているっていうの?」


 簡単に言ってしまえば、私は異世界のフルールに、フルールは蒔田史奈に。

 双方がお互いに転生しているという事。


「理解してくれて嬉しいわ」


「どうして、こんな夢で会ったの?」


「これでしか会えないんだから。それに、貴女に伝えないとね」


 目の前の私を見るのって、不思議な感覚。だけれども、夢だから有り得るんだよね。

 半分冷静に私を見ていた。


「バッドエンドおめでとう。よくも私を破滅させたわね」


「そ、それは……」


「転生しても努力しないで、奇跡ばっかりを信じて。だから神は見放したの」


 目の前の私は全てを知っていた。

 説明をするように、ゲームのエンディングに出てくるように。


「あの女がゲームの通りに、悪役令嬢をしていないからいけないのよ!」


「……本当にそうなの? ジュゼは努力をしていたよ。私が転生する前も夜が明ける前から、祈り続けていた」


「貴女はどうだったのかしら? 形だけ祈って、勉強を疎かにして、殿下に会うことだけをして、ジュゼを断罪しようとしたんだって?」


 目の前の史奈は、私がしていた事を次々と列挙していた。

 転生してからなのに……


「どうしてそこまで知っているの? 貴女は私の世界で……」


 世界が違うのに見る事なんてできないはず。

 なのにそこまで知っているなんて……


「嘘みたいだけれども、私は夢で貴女がしていたことを見ていた。まあ、酷いわね」


「あの時、光が出てくれれば破滅しなかったのよ! 神が悪いわ」


「聖女が何てことを言うの。いや、もう聖女じゃ無いわね」


「違う……私は……」


 史奈にすら私を否定された。

 そのショックで涙が出てきてしまう。


「ねえ、これは何だと思う?」


 見せられたのは、学生証。それには”私”の顔写真と”私”の名前が書かれている。

 それも……


「と、東都大学!?」


 目の前の史奈は、あんなに憧れていた東都大学の学生証を見せている。

 学生証の銀箔が白の虚空で光った。

 私なのにこんな結果になっていたなんて。


「貴女の国で最高学府だっけ? 合格したの。毎日、死ぬほどやって、一回落ちて、もう一回受けた」


「そんな……私が……」


 信じられなかった。

 受験から逃げていた私が、フルールによって東都大学の学生になっている。


「もう、貴女の身体じゃ無いわよ」


「……合格しているんだったら返して! 元々は私の身体よ!」


 私は史奈に掴みかかる。

 なんとしても、元の身体に戻って東都大学のキャンパスライフを満喫するんだから。


「無理よ。それに貴女は私を破滅させているのよね、何でそっちは破滅してるのに、戻さなきゃいけないの」


「私の身体だから、戻る権利はある! 返しなさい!」


「まあ返したって、貴女は東都大学ですら卒業できずに中退するでしょうね」


 目の前の史奈は私のことを分かっているかのように、煽ってきた。

 戻らないって分かっているからだと思う。


「そんな事は無い!」


「私だって、東都大学に合格してからが到達点じゃないって分かっているわ。ただの通過点に過ぎないって。だからこれからも勉強を頑張るから」


「何よ……良い子ぶって!」


 異世界で生まれたくせに、こんなに言い切るなんて。

 何が分かるって言うんだろう。


「そうそう、貴女が遊んでいた、私が生まれた世界と同じゲームで遊んだわ。私にそっくりだったね」


「……遊んだんだ、どうなの?」


「結構面白いね。でも、ひとつ欠けているものがあった。努力をせずに断罪したら破滅するっていうバッドエンドが」


 史奈が言っていたのは、私が辿ってしまった末路の事。


「もしかしたら貴女も祈り、努力を続けて、ジュゼを認めればハッピーエンドだったかもね」


「そ、そんな……いや、そんなの……」


 認めたくなかった。

 私がしてこなかった事をすれば、ハッピーエンドの未来が待っていたなんて。


「でもゲームみたいにリセットは出来ないから、どうしようもないけれど」


「違う……私は……」


 否定しようとするけれども、声が上手く出てこない。

 力が抜けてしまう。


「そろそろ、夢から醒めるみたいだから、これでね。せいぜい残りの異世界ライフを楽しんで」


「ま、待って……」


 でも、目の前の史奈は白に包まれて消えていった。




「ここは……」


 目を覚ますと、広場のベンチだった。

 聖女像が目の前で微笑んでいる。


「……これが今の現実?」


 汚れた清掃服にひび割れた手。

 やつれた顔に、潤いが消えた髪。

 今の私は破滅していると言っても、過言では無かった。


「私……もっと努力すれば良かった」


 でももう遅い。

 今の私には、この聖女像を綺麗にするしか与えられないのだから。

 また汚れが出た。

 私は布をもう一度絞った。水は冷たく、指は痛む。

 それでも磨く。

 今日は昨日よりも、少しだけ長く。

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