第4話まだ何もしていない
檻の前に、立ち尽くしていた。
手の甲に浮かぶ紋様は、まだ消えていない。
淡く光り、脈を打つように主張している。
――使える。
そう思ってしまうこと自体が、怖かった。
目の前の少女は、何も言わない。
鎖に繋がれ、俯いたまま、ただそこにいる。
助けも、命乞いも、視線すら向けてこない。
声をかけようとして、やめた。
何を言えばいいのか、分からなかった。
助ける?
解放する?
正しいことをする?
どれも、軽すぎる気がした。
今の俺がやれば、
それは「何かをした自分」に酔うだけだ。
女神は、何も言わない。
急かさない。
命令もしない。
それが、逆に重かった。
通りの向こうでは、街が動いている。
商人が声を張り、兵士が笑い、
誰一人、この檻を気にしていない。
俺だけが、立ち止まっている。
「……今すぐ、何かしなきゃいけないわけじゃないんだよな」
独り言みたいに呟く。
「ええ」
女神は即答した。
「でも、何もしなければ、何も変わらない」
分かっている。
俺は、檻から一歩だけ下がった。
逃げるためじゃない。
距離を取るためだ。
今の俺が触れたら、
たぶん、余計に壊す。
そのとき。
檻の中の少女が、ちらりとこちらを見た。
一瞬だけ、目が合う。
すぐに逸らされた。
期待も、希望もない。
ただ、「何も起きない」と分かっている目。
それが、胸に刺さった。
今までの俺なら、
この違和感ごと切り捨てていた。
見ない。
考えない。
逃げる。
今までの俺なら、逃げていた。
でも――足が動かなかった。
何もしていない。
それなのに、戻れない。
俺は、檻に背を向けた。
助けなかった。
救わなかった。
それでも。
関わってしまった、という自覚だけが残る。
――関わってはいけないものに、
足を踏み入れてしまったのだ。
世界の均衡は社畜の不満でできている~神に選ばれた俺は、奴隷のいる異世界を救うらしい~ エスヤマ @1128gold
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