#5
軽井沢駅南口をまっすぐ進むと、
さっきまでの趣とは変わってくる。
大型ショッピングモールや、新しい家やマンションが立ち並ぶ。
(確か、この辺…)
耳が後ろに倒れ、柔らかな丸い足から爪が鋭く伸びてくる。
野狐(やこ)だ!
野狐の匂いがする。
「どこだ。」
辺りを見回す。
視線を下から上に移すと、マンションの一室から黒い影がユラユラと揺れている。
(あそこからだ。)
まさじぃの家と同じもののように見える。
(まさか、あそこか?
拓人の家は…)
マンションとは厄介だ。
なかなか近づくことはできない。
(とりあえず、ベランダに行ってみるか。)
3Fくらい、吾輩にかかればなんてことはない。
子供が公園のジャングルジムに登るより、遥かに簡単だ。
ベランダに着くと、集中して中の音を聴いてみる。
何も聞こえないか。
「仕方ない…」
身体が何回りも大きくなり、尻尾が二つに割れる。
元の姿に戻り、辺りに妖力を撒き散らす。
すると、感じ取った猫よりも小ぶりで、茶色とも灰色とも言えないような毛色の狐が、窓からこちらを伺っている。
「見つけだぞ。やはり、お前か。」
野狐とは狐の妖怪だ。
まだほとんど妖力はなく、狐の妖怪の中で一番低い位である。
(まさじぃの家の黒い影の正体はわかった。
うん、それじゃぁ、帰るか。)
「………。」
なんとなく後ろ髪、いや、髭? 首根っこ?
引かれる思いで、なんとなくスッキリとしない。
「うーん…
…うーん…」
自分の気持ちに向き合っていると、いつの間にか目の前に野狐が出てきていた。
「あのー、どうかしましたか、猫又様。」
人間であったら、揉み手をしながらヘコヘコ、ニヤニヤしているような様子で、野狐が話しかけてきた。
背筋を伸ばし、髭もピンと広げ、二股の尻尾を左右にあげる。
より威厳が出るように、顎を引く。
「野狐よ、なぜ、この人間に取り憑いている?
お主を怒らせるようなことをしたのか?」
「いえ、全く。たまたまです。
暇だなーっと思っているところに、ちょうど通りかかって。
暇つぶしに、この人間がどう壊れていくのか、他の野狐と賭けでもするかって感じになりましてね。」
(遊んでるだけ、ということか。)
吾輩が口を挟むことではない。
人間からしたら、非道だと思うだろう。
だが、妖怪には妖怪の考えや世界がある。
『慈悲』というスキルは乏しいのだ。
人間の軸で、測らないでもらいたい。
とはいえ……。
「もう、あの者は十分壊れた状態だろう。
賭けは済んだのではないか?」
「いやー、そうなんですよ。
もう、賭けの決着がつきましてね。
私の予想より人間の方がタフだったもので、
賭けに負けついでに、もう少し追い込んでやろうと思ってるんですよ。」
(死が、クリア条件……
ということだろう。)
スルスルと、先ほどまでの白猫の姿に戻る。
「あの者から、手を引いてもらえないだろうか。」
野狐如きに、頭を下げたくはない。
せめて相手に威圧的にならないよう、妖力を弱めた。
「ふっ、ふはっ、
ふはははははははっ。
どうしたんです? 猫又さま!
まさか、あの人間を救うおつもりですか?
人間ごとき、どうなろうと関係ないではないですか!」
野狐は、猫又を嘲笑った。
思わず、尻尾が二つに割れてしまう。
そこから溢れ出た妖力に、野狐はたじろぎ、一歩下がった。
「本来ならば、吾輩もお主のやることに口を出すことはないであろう。
しかし――
あの者の身内に、以前助けてもらった恩義がある。
すまぬが、この家族には今後、関わらないでほしい。」
……そう。十年ほど前。
吾輩は、まさじぃに助けてもらっているのだ。
秋も半ばを過ぎ、冬の匂いが混ざり始めていた。
そろそろ暖かい地方へ移動しようと、考えることに集中しすぎてしまった。
(鹿児島か、宮崎あたりのブリやカンパチかなぁ。
南房総の鯵や金目も捨てがたい……。
悩ましい……。
……あっ、ヨダレが。)
スピードを出してくる車に気づくのが、ワンテンポ遅れた。
弾けるように跳び、なんとか回避できたと思った瞬間――
着地地点を、見誤った。
少しずれて開いていた側溝の蓋で、足を痛めてしまったのだ。
そこを通りかかったのが、まさじぃだ。
医者に連れて行き、治るまで家に置いてくれた。
人間には『一食一飯の恩義』という言葉がある。
今、それを返す時だ。
「嫌です。
……と言ったら?」
野狐は、愉悦を含んだ目でこちらを見てくる。
プッチーーーンッ!
(調子に乗るなよ。
野狐の分際で……。)
ワナワナと身体を震わせながら、妖力を全開にする。
怒りMAXの猫又の姿で、野狐の鼻先へ、吾輩の鼻をぐっと近づけた。
その姿勢のまま、野狐を見下ろす。
「わ、わかりましたよ。
もう、ここを離れます。」
「約束しろ。今後、一切関わらないと。」
「約束? 約束なんて言葉に、意味なんてあるんですか?」
「や・く・そ・く・し・ろ!」
背中から二股の尻尾の先まで電流が走ってるかのように空気が振動する。
「は、はい……。約束します!」
野狐の耳はパタリと垂れ、全身は石のように小さな丸になっている。
「よし。
それと、あの者の身内に低級霊が集まっている。それも、お前たちが呼んでいたんだろう。
すぐに追い払え!」
「は、は、はいっ!」
完全に涙目になっている野狐はばね仕掛けのオモチャのように飛び上がり、そのままベランダから一階へと弾け飛んでいった。
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