異世界ドール ~子供な彼女と未知の世界からやってきたタマゴについて~

夕藤さわな

第1話

 二〇二五年十二月末――。

 地球上の様々な場所に突如として巨大な扉が現れた。その扉は未知の世界へ――地球とは異なる世界へと繋がっていた。


 多くの国や人々が警戒し、規制線を張って限られた人間しか近付けないようにした。でも、そうしない国もそうできない場所もあった。未知の世界へと繋がる扉を私有化する発見者もいた。

 私有化して金儲けに利用しようとする者もいた。


「誕生日おめでとう、私の可愛い末娘!」


 メアリー・ブラウン。彼女の父親がまさにその一人だ。


 オーダーメイドの品の良いスーツに似つかわしくない下品な笑顔と不健康に太った体。アンティークの家具や食器に似つかわしくないジャンクフードとコーラ。

 血筋か、あるいは本人の努力と実力によって今の立場を得た人たちと、偶然、ただの運のみで今の立場を得た父親との差ギャップにメアリーは目を背けたくて仕方がなかった。


「メアリー嬢、お誕生日おめでとうございます。こちら、プレゼントです」


「おめでとうございます、メアリー嬢。さあ、こちらを。お気に召すと良いのですが」


 血筋か、あるいは本人の努力と実力によって今の立場を得た人たちと、未知の世界へと繋がる巨大な扉が納屋に現れたというだけで今の立場を得た彼女の家族とのギャップに居たたまれない気持ちになっていた。


「ありがとう、ございます」


 次々と差し出される誕生日プレゼントと取ってつけたような笑顔にぎこちない笑みを返す。

 今日はメアリーの十七才の誕生日を祝うパーティだ。主役はメアリー。だというのに、どうにも身の置き所がない。少しも楽しくない。


「……戻りたい」


 ふと本音が漏れた。

 八年前の誕生日は最高だったのに。ずっとずっと犬を飼いたくて父や母にねだっていたけど、その年の秋にお隣で子犬が生まれて。それで誕生日祝いにと譲り受けたのだ。薄茶色の、口のまわりと耳の先端だけ黒色の毛をした雑種の子犬。マックスと名付けられたメアリーの大切な弟。


 八年前の、あの誕生日祝いがメアリーの十七年の人生で一番、嬉しいプレゼントだった。


 ***


 ほんの八年前まで彼女たち家族はアメリカの中西部でトウモロコシ畑を耕す貧乏農家だった。今にも崩れそうな納屋を立て直すお金もない。祖父の代から使っている骨董品のようなトラクターをだましだまし働かせる。

 そんな貧乏農家。


 でも、今にも崩れそうな納屋の中に突如として巨大な扉が現れ、未知の世界へ――地球とは異なる世界へと繋がる扉が現れて生活が一変した。

 アメリカ中からマスコミが押し寄せた。世界中の企業や投資家から連絡があった。未知の世界への扉を取材させてほしい。未知の世界への扉の権利を売ってほしい。


 メアリーの父親は未知の世界への扉を売らなかった。どれだけの額を提示されても、決して。

 マスコミに対しては法外な報酬と生放送のみという条件で取材を受けた。そして、たくさんのマスコミを引き連れて訪れた未知の世界の、地球とは異なる非現実的で豊かな自然を前に両腕を広げて言ったのだ。


 ――この映像に映るすべてのものをお売りします。

 ――少々、お値段は張りますが。


 最初、母も姉も兄も、父の行動に眉をひそめた。トウモロコシ畑が未知の世界の昆虫や動植物に荒らされたりはしないだろうか。トウモロコシが収穫できなくなったりしないだろうか。

 そんな風に漠然とした不安を抱いていた。


 でも、取材の高額報酬がポンポンと入り。タダで採取した未知の動植物がとんでもない高値で次々と売れていき。いくら服を買っても、宝石を買っても、家族だけで暮らすにはあまりにも広く立派な家を建てても尽きないお金を手に入れて。こんなことにならなければ一生、会うこともなかっただろう人たちにちやほやされて。

 メアリーの母も姉も兄も、トウモロコシ畑での生活なんてすっかり忘れてしまったのだ。


 ***


「この子はドレスだのアクセサリーだのにあまり興味がなくてね」


 メアリーの隣に積み上げられたプレゼントと取り巻く人々の顔をぐるりと見まわして父親が言った。


「昔から犬や猫、動物のことばかり。年頃の娘だというのに困ったものだ」


「昨年はハリネズミ、一昨年はオウムを誕生日祝いにもらったんだったよな」


「メアリーおばちゃん、お誕生日おめでとう!」


「メアリーちゃん、おめでとう」


 やってきた兄一家のためにメアリーを取り囲んでいた人々がさっと道を開ける。


「ありがとう。オウムじゃなくてベニコンゴウインコね」


 姪っ子と義姉にお礼を言ってから兄の発言を訂正する。もちろん、父も兄も愛想を振りまく周囲の人々も誰もメアリーの訂正なんて聞いてはいないのだけれど。


 ペルシャ猫にアフガンハウンド犬、リクガメに熱帯魚。未知の世界への扉で大儲けをしてからというもの父親は毎年のように誕生日祝いに生き物をプレゼントしてくる。

 世話の手がまわらないし寿命もある。ベニコンゴウインコやリクガメは三十年も四十年も五十年も生きるのだ。気安く生き物をプレゼントにしないでほしい。

 そう怒ったこともあったけど父は聞く耳を持たなかった。


 ――世話なんて使用人にやらせたらいい。

 ――いらなくなったら他所よそにやるなりすればいいだろ。

 ――あの雑種犬なんか特にそうだ。

 ――我が家に似つかわしくない。


 笑いながら、そう言い放った。

 だから――。


「さあ、父さんからの誕生日祝いだ。今年のプレゼントは今までで一番、特別なプレゼントだよ」


 父がそう言って差し出したイースターエッグのようにカラフルなタマゴを見てもメアリーは少しもワクワクしないし、それどころか憂鬱な気持ちになるだけだった。


「ブラウンさん、そのタマゴはもしかして……!」


 でも、取り巻きの人々は目の色を変えた。


「ああ、近々、売り出す予定の向こうの世界の動物のタマゴだ」


「ブラウン社の新商品というわけですね!」


「貴重なタマゴが誕生日プレゼントだなんて……いやあ、羨ましいですよ、メアリ―嬢!」


「でも、それって……」


 密輸ではないのだろうか。生態系への影響はないのだろうか。生態は飼育できる程度にはわかっているのだろうか。

 そう尋ねようとしたメアリーだったけれど慌てて口をつぐんだ。何を言おうとしているのかを察して父親が顔をしかめたからだ。取り巻きの人々が冷笑を浮かべたからだ。

 十七才の小娘が何を言ったところで父も誰も聞く耳を持たないとわかっている。だから、メアリーは唇を引き結んで言葉を呑み込んだ。


 と――。


「そうだ、メアリ―。このタマゴを温めてかえすところを記念に撮影させてくれないか。きっと素敵な思い出になるぞ!」


 父が芝居じみた仕草で両腕を広げる。その後ろで顔なじみのマスコミ関係者がカメラを手ににこにこ笑っているのを見て、なるほど、と心の中で呟く。新商品とやらの宣伝に使うつもりなのだろう。


「え……っと……」


「おじいちゃん、どんなお人形さんがタマゴから出てくるの?」


 断る理由を考えていると姪っ子が横から割り込んできた。


「こっちにおいで、私の可愛い孫娘。写真を見せてあげるよ」


 上機嫌で手招きして父はスマホの画面を見せた。

 そこに写っているのは二頭身の、目がくりくりと大きくてほっぺたがぷにぷにと柔らかな人形のように可愛らしい生き物。髪の色も目の色も多種多様。獣の耳やしっぽが生えていたり、鳥や天使、悪魔のような羽根が生えている個体もいる。


「……かわいい」


 画面を食い入るように見つめていた姪っ子がポツリと呟いた。

 かと思うと――。


「アニャもほしい! おばちゃんだけズルい! ズルい! ズルい! ズルい!」


 地団駄を踏み始めた。


「それじゃあ、アニャちゃんの誕生日祝いはタマゴにしてあげようね」


「やだー! 今日ほしい! あれがほしい!」


「で、でもね、今日はこの一個しかなくて……」


「やだやだ! 今日ほしい! あれがほしい! 今すぐくれないならおじいちゃんとぜっこうする! だいっきらい!」


「アニャちゃん……!」


「こら、アニャ。このタマゴはおばちゃんの誕生日祝いなんだから。おじいちゃんを困らせるんじゃない」


 目に入れても痛くない孫娘に大嫌いと言われて父は泣きそうな顔になっている。兄は面倒くさそうにため息をついている。メアリーも内心では兄と同じ。面倒くさくなってきている。


「メアリーちゃん、ごめんなさいね。そのタマゴ、隠してきてもらえる? ……ほら、アニャ。新しいケーキが出てきたよ。ママといっしょに食べに行こう?」


「やだー! ターマーゴーーー!」


 義姉の耳打ちに背中を押され、姪っ子の金切り声から逃げるようにメアリーはパーティ会場を出た。

 と――。


「十七才になったんでしょ? あんたもいい年なんだからもう少し上手にやりなさいよ」


 会場を出たところでそう声をかけられた。振り返ると姉がカクテルグラス片手に近付いてきた。かなり飲んでいるのだろう。酒臭いし足元がおぼつかない。


「上手にって……」


 姪っ子のことだろうかと思ったが違ったらしい。


「愛想良くしろってこと。プレゼントをもらったら過剰なくらいに大喜びしてみせるとか。お父さんに何か頼まれたらちょっと謙遜したあとでこころよく引き受けるとか。余計なことを言わない、聞かないとか」


 父の商売に口をはさもうとしたことを言っているらしい。


「でも、ほら。何を食べるのかとか飼育する環境はとか、飼うなら聞いておかないといけないことだから」


「そういう融通の利かないところがダメなんだって」


 小馬鹿にしたように姉は鼻を鳴らす。


「自然環境がー生態系がー飼育方法がーなんて正論を言うのは結構だけど、現実問題、あんたはまだ子供で、親に養われてる身で、お金がすべての人間社会で生きてるの。理想も綺麗ごとも無視でお父さんが稼いだお金で養われてるの。正論で詰めてお父さんの機嫌を損ねるのは大学を出て、稼げるようになってからにしなさい」


 唇の片端をあげて笑うと姉はきびすを返した。グラスが空になっている。酒を取りに会場に戻るのだろう。


「稼げるようになったそのあとでならいくらでも正論で詰めてお父さんに煙たがられなさい。勘当でもされてくれたら遺産の分け前も増えて私としては万々歳よ」


 けらけらと下品な笑い声をあげる姉の背中を見つめてメアリーは父親から贈られた誕生日祝いのタマゴをそっと両手で包み込んだ。


 自室へと戻りながら考える。


 自分は姉が言うとおり理想ばかり言っている子供なのだろうか。多分、そのとおりなのだろう。

 でも、トウモロコシ畑がなくなって姿を見なくなった鳥や昆虫、動物について考えて憂鬱な気持ちになることはそんなにも間違っていることなのだろうか。いらなくなったら他所にやってしまえと気安く言い捨てる父や家族たち、取り巻く人々に嫌悪を抱くことはそんなにもいけないことだろうか。

 ため息を一つ。


「ただいま」


 メアリーは自分の部屋のドアを開けた。

 いつもならドアを開けた瞬間に雑種犬のマックスとアフガンハウンド犬のルーシーが駆け寄ってくる。ベッドの上で寝ていたペルシャ猫のシンシアも伸びをしてひと鳴き、撫でに来いと要求する。

 ベニコンゴウインコのルビーは早く構いに来いと頭を上下に振ってアピールするし、ハリネズミのスパイクもリクガメのシェリーも透明な飼育ケースを頭突きしたり引っ掻いたりして出迎える。

 熱帯魚たちだけが静かに、じーっと、戻ってきた部屋の主人を見つめる。


 でも――。


「マックス? ルーシー? どうしたの?」


 今日は誰も駆け寄って来ない。マックスもルーシーも部屋の隅で小さくなってガタガタと震えている。


「シンシア?」


 ベッドでごろごろしているはずのシンシアはドアの対角に置かれた背の高いタンスの上で縮こまっている。ルビーだけがけたたましく鳴いている。ギャー、ギャーという甲高い声は群れの仲間に危険や不安を知らせるときの鳴き声だ。

 スパイクとシェリーのようすを見ようと水槽の前を横切ると大きな水しぶきがあがった。熱帯魚たちが飛び跳ねたのだ。

 飼育ケースをのぞきこむとスパイクもシェリーも中に入れてある隠れ場所の奥の奥にすっかり隠れてしまっている。


「……どうして?」


 何か嫌われるようなことをしただろうか。そう考えて、しかし、メアリーはすぐに首を横に振った。誕生日パーティに向かうために部屋を出たときにはいつもどおりだった。


 部屋を出たときと、今とで違うところ――。


「この……タマゴ?」


 手に持っていたタマゴを見下ろしてメアリーは呟いた。まさか。そう思いながらもタマゴをドアの一番近くにある棚にそっと置いて離れる。


「マックス、ルーシー、おいで」


 ルーシーはチラチラとメアリーの背後にあるタマゴを気にして部屋の隅から動くことができない。マックスもタマゴを気にしているようだけれど体を低くしてメアリーの元に一目散。駆け寄ってくると足の下に潜り込んだ。

 なでてやるとおしりごとしっぽを振り、大きく口を開けてなでる手を甘噛みしてくる。動物病院で注射されたあとと同じ。文句を言うような、なぐさめろと甘えてくるような、そんな感じだ。


 部屋の隅で震えているルーシーも、甲高い声で鳴き続けているルビーも、メアリーが――メアリーだけが近付けば撫でさせてくれる。マックスと同じ。文句を言うように、なぐさめろと言うように甘えてくる。

 シンシアは高いところにいてなでられなかったけれど伸ばした人差し指のにおいを嗅ぎには来た。メアリーだけが水槽の前を横切れば熱帯魚も落ち着いている。スパイクもシェリーも隠れ場所からひょっこり顔を出す。


 でも、タマゴを手に近付こうとするとダメ。蜘蛛の子を散らしたように逃げてしまう。怯えて隠れてしまう。

 スパイクのおやつであるミールワームが入っているプラスチック製のタッパーにもタマゴを近付けてみた。ミールワームはタマゴから逃げるようにタッパーの隅へ、隅へと這っていく。


「……」


 どうしてかはわからない。だけど、このタマゴを手放さなければいけないと思った。マックスたちのためにも絶対に。

 それと同時に――。


「この、タマゴは……」


 広く、大勢の人間の手に渡るべきモノなのかもしれない、と。

 何の根拠もないけれどメアリーはそう思ったのだ。


 ***


「やだやだやだ! タマゴ、ほしい! タマゴ! タマゴタマゴタマゴ!」


 運のいいことに姪っ子はまだ駄々をこねていた。息を切らして誕生日パーティの会場に戻ったメアリーは漏れ聞こえる声にほっと息をついた。

 深呼吸して息を整えて――。


「ねえ、お父さん。誕生日祝いにもう一つ、欲しいものがあるんだけど」


 泣き止まない孫におろおろしている父親に声をかけた。


「メアリー? なんだ、急に」


「あのね、このタマゴに関する事業の一切を私にやらせてほしいの」


「事業の、一切を……?」


「そう、商品名を考えたり、どんな風に宣伝するかを考えたり、グッズ展開を考えたり」


 十七才の末娘の唐突なおねだりに父親はもちろん、母も兄も姉も、周囲の人々までもがぎょっとした。痛いほどの視線を感じたけれどメアリーは少しも気にならなかった。父からの誕生日祝いであるタマゴを胸に抱きしめて紅潮した笑顔で話を続ける。


「それでね、その事業の収益の十五パーセントを毎年、プレゼントしてほしいんだ。誕生日祝いのプレゼントとして!」


 図々しい末娘のおねだりにどう反応するのか。周囲はブラウン社の社長であり、メアリーの父であるブラウン氏の表情をチラチラと盗み見た。

 最初、ぎょっとして聞いていた父親だったが不意に両腕を広げてメアリーを抱きしめるとバシバシと背中を叩いた。

 そして――。


「そうか、そうか。お前もやっとトウモロコシ畑を忘れる気になったか」


 娘にだけ聞こえる声でそう言って満足げに笑った。


「よし、わかった。このタマゴに関するすべてはお前に任せよう、メアリー」


 娘の顔をのぞきこんで肩をバシバシ叩くと今度は周囲に聞こえるような大きな声でそう言う。周囲に対する宣言だ。言質げんちは取った。


「……それじゃあ」


 メアリーは膝をつくとイースターエッグのようにカラフルなタマゴを姪っ子に差し出した。


「はい、アニャ。このタマゴ、おばちゃんからのプレゼント」


「タマゴ……!」


 途端に姪っ子は目を輝かせ、父は眉をひそめ、兄は目を丸くした。いつになく激しい娘の癇癪かんしゃくに困り果てていた義姉も慌てふためいた。


「メアリーちゃん! でも、それはお義父さまがメアリーちゃんの誕生日祝いとして用意したもので……!」


「そう、私が誕生日祝いとしてもらったもの。もらったものをどうするかは私次第。……ねえ、兄さん。アニャがタマゴを温めて孵すところを撮影させてくれない? できれば兄さんとお義姉さんにも一つずつ、タマゴを温めてもらいたいんだけど」


 メアリーの提案に父は眉をひそめたまま首をかしげ、兄と義姉は顔を見合わせた。


「ドールの可愛さなら私と同年代の子たちはすぐに飛び付く。だから、広告は最初からファミリー層を狙おうと思う。多種多様さが大きな魅力なんだから一つじゃなくて複数、孵して見せた方が宣伝の効果は大きいと思うし……」


「……ドール?」


 父に聞き返されて、ああ、と呟くとメアリーはにっこりと笑って答えた。


「〝異世界ドール〟っていう名前で売り出したいって思ってるんだ、このタマゴ」


 ***


 〝異世界ドール〟の爆発的ヒットによってブラウン社は世界有数の企業にまでのし上がる。


 十五年後――。

 一族が次々と死んでいき、最後にたった一人生き残った末娘のメアリー・ブラウンがブラウン社の社長の座に就いた。

 自社の、そして自身にとっての最大のヒット商品である〝異世界ドール〟を、しかし、メアリー・ブラウンは最後まで飼おうとはしなかった。そして、〝異世界ドール〟のヒットによって飼育放棄された犬や猫、小鳥などの保護活動に自身の財産のほとんどをつぎ込んだ。


 動物好きで、商才にも恵まれた心優しい女性。

 それがメアリー・ブラウンの世間一般の評価だ。しかし、そば近くで働いていた者たちの中にはその評価に首を傾げる者もいる。社長になってからというもの、彼女は減り続ける世界人口に手を叩いて喜んでいたという。


 〝異世界ドール〟は〝親〟の精気を吸って生きる寄生生物である。この寄生生物は汗に含まれるフェロモンで〝親〟に過剰なまでの養育を促し、依存させる。〝親〟となった宿主は十五年ほどで精気を吸い尽くされて衰弱死する。


 この、人間の絶滅に関わる重大な情報の公表を拒み、妨害し続けたのは自社の売り上げに関わるから、重大な責任問題になるから、というだけではなかったのではないか。

 そう、彼女の身近な人々は言う。


 しかし、死人は何も語らない。


 〝異世界ドール〟に関する重大な情報が公表されたのは彼女が死んで数年が経ったからのこと。

 メアリー・ブラウンは七十才になる前に死んだ。彼女を看取ったのは彼女の部下たちと、かつて父から誕生日祝いとして贈られた五十年来の家族であるベニコンゴウインコのルビーとリクガメのシェリーだったという。


 未知の世界へと繋がる扉が出現した二〇二五年頃、八十億人を超えていた世界人口はメアリー・ブラウンが死んだ、その日――二万人を下回った。

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