第10話 ダンジョンカメラ

わちゃわちゃとした探索者登録が終わり、ほっと一息ついた俺は、メイドたちが用意してくれた車に乗り込んだ。


車は、なんとかなり長いリムジン。車内でパーティーが開けるほどの広さだという話を聞いていたが、実際に乗り込むとその豪華さに少し圧倒される。




車内は高級感が溢れていて、柔らかなソファが両サイドに設置されている。


母様と俺、麻耶、沙耶が片側に座り、向かいには刹那姉様、雪菜、千鶴姉様が並んでいる。そして、周囲ではメイドたちが必要なお世話をしてくれるという、まさに至れり尽くせりな状況だ。




リムジンが静かに発進し、ダンジョンに向けて滑らかに走り出す。


俺は、ふと気になったことを刹那姉様たちに聞いてみた。




「刹那姉様や千鶴姉様の頭上にあるそれって、ダンジョンカメラですよね?」




「あら、気づいたのね。そうよ」




刹那姉様がさらっと答える。




ダンジョンカメラとは、探索者や冒険者たちが自分の探索をライブ配信できる特殊なカメラだ。


各企業が積極的にこの配信市場に参加しており、人気の配信者にはスポンサー契約を結ぶなど、支援の幅は広い。探索者の腕前を披露するだけでなく、広告宣伝や資金集めにもつながるため、かなり注目されているシステムだ。


もっとも、配信内容は探索協会の管理下にあるが…。




「もしかして……最初から配信してるんですか?」




俺はおそるおそる尋ねる。




「えぇ、もちろん配信してるわよ」




「しかも同時配信よ」




刹那姉様と千鶴姉様が揃って言い放つ。




それを聞いた俺は額に手を当てて天を仰ぎ、嘆きの声を上げた。




「我が家の恥が……」




この反応に、刹那姉様が少しムッとした表情で言い返してきた。




「恥って何よ!私が配信しちゃいけないっていうの?」




「刹那姉様はまだいいんですよ。でも千鶴姉様はダメでしょ」




俺が真顔でそう返すと、刹那姉様はなぜか勝ち誇ったように笑った。




「千鶴はダメなんだって、残念だったわね~」




……本当に話が噛み合わない。


俺は大きなため息をつきながら、向かいに座る雪菜に助けを求めた。




「雪菜……もう少し姉様たちの面倒を見てくれよ」




雪菜は背筋を伸ばしたまま、閉じていた目を片方だけ開け、俺を一瞥してから答えた。




「葵様、私は刹那様の護衛兼世話係です。教育係ではありません」




その一言を残し、彼女は再び目を閉じ、何事もなかったかのように黙り込んだ。




雪菜――彼女は御影家の次女であり、刹那姉様の護衛兼世話係を務めている。


白髪の超クールな美女で、立ち居振る舞いも洗練されているが、その本領は戦闘で発揮される。


氷の魔法と剣技を駆使し、圧倒的な火力で正面突破するスタイルはまさに魔法剣士そのものだ。




俺はそんな彼女に軽く説教しようと思ったが、どうせ無駄だろうと諦めた。




「葵ちゃん、刹ねぇが良くて何故、私がダメなの?」




千鶴姉様が少し不満げに理由を尋ねてきた。




「いや、刹那姉様の登録者数って皆無じゃないですか。それに比べて千鶴姉様はもうすぐ100万人近いんですよ」




俺が淡々と答えると、千鶴姉様は首をかしげる。




「刹ねぇはしょうがないとしても、何で多いとダメなの?」




さらに深掘りしてくる千鶴姉様に、俺は大きなため息をついてから説明を始めた。




「ただでさえ、うちは『脳筋』だの『馬鹿』だのって散々世間で言われています。それに加えて、武力行使や権力を使った横暴なんかも、ある事ない事好き勝手言われてるんです」




「それがダメなの?」




「ダメって訳じゃないですけど、もう少し世間ってものを意識した方が……」




俺の真剣な意見に、千鶴姉様は笑みを浮かべながら軽く首を振った。




「葵ちゃんは硬いのよ。真面目に考え過ぎ」




「しかし……」




何か言い返そうとした俺を制し、千鶴姉様は目を細めて言い切った。




「いい? 葵ちゃん。世間で何て言われようと、そんなもの放っておけばいいのよ。どうせ何もできない世間知らずが騒いでるだけなんだから」




「……」




俺は言葉を失いながらも、確かに彼女の意見も一理あると感じた。


だが、それでも気になるのは事実だ。




「むしろ、政治家の方が問題よ。私たちの功績で好き勝手やってるんだから」




千鶴姉様は肩をすくめて溜息をつきながら、政治家への不満をぶつけた。




確かに、御剣家はその圧倒的な実績で日本を支えている。


しかし、それを理由に他人が利用しようとするのは避けられない現実だ。




「そうかもしれませんが……」




俺は一応反論しようとしたが、言葉に詰まる。




「私たちは自由に好き勝手してればいいのよ。」




千鶴姉様は俺の反応を楽しむように微笑んでいた。




「そんなことより葵ちゃん! せっかく配信してるんだから、みんなに自己紹介して!」




千鶴姉様はさっきまでの話題を強引に切り替え、ノリノリで配信モードに突入した。




俺は大きくため息をつきながら苦笑いを浮かべ、カメラに向かって挨拶をすることにした。




「初めまして。御剣家長男、御剣葵です」




一応、笑顔を作って挨拶したつもりだったが、それを見た千鶴姉様は満足しなかった。




「葵ちゃん、かたーい! もっと柔らかく!」




何回かやり直しを命じられ、そのたびに改善を求められて、俺は次第に疲れ切っていった。




千鶴姉様が笑いながら新しい話題を振ってきた。




「そういえば、葵ちゃん。ダンジョン配信に興味津々だったけど、自分でやってみたいの?」




ぐったりとした状態の俺は、少し遅れて反応しつつ答えた。




「え?あぁ……せっかくだし、一度はやってみたいなって。本当は協会に行ったときに、姉様たちに見繕ってもらおうかと思ってたんですけど、行けなかったんで、ちょっと残念です」




苦笑いを浮かべながら答えたその瞬間、車内の空気が一変した。




「「「えっ!!」」」




母様や姉様たちと麻耶、沙耶、さらにはメイドたちまで、一斉に驚きの声を上げた。




そして、次の瞬間、全員がアイテムボックスを開き、何かを探し始めた。




「カメラはどこだ!」


「ちょっと待って、これじゃない!」


「葵様に似合うものを選ばなきゃ!」




物がポンポンと車内に飛び交い、俺に当たる。




「いたっ! ちょっ、痛いです!」




頭を押さえながら抗議するが、全員が完全に無視して熱中している。


アイテムやらアクセサリーやらが次々と飛んでくる状況に、俺は心の中で叫んだ。




――俺の意見、どこ行った?!




数十分後、皆のカメラ捜索がようやく落ち着いた。




車内には、姉様たちや麻耶、沙耶が選び抜いたカメラが整然と並べられていた。


最新型の高性能カメラや、カスタマイズされた特注品、中には宝石が埋め込まれたような高価そうなものまで。




「葵ちゃん、これがいいんじゃない?」




千鶴姉様が嬉しそうに、金色の装飾が施されたカメラを手渡してくる。




「いやいや、こっちのほうが葵様に似合います」




沙耶が差し出したのは、黒と青のシンプルながらスタイリッシュなデザインのものだ。




「このカメラは性能が優れているだけでなく、防御魔法も付いているわ。葵お坊ちゃまにはこれが最適です」




麻耶は冷静に、明らかに軍用品のような堅牢なカメラを差し出してきた。




「刹那姉様は?」




俺が恐る恐る聞くと、刹那姉様は自信満々に、なぜか振袖風の装飾が施された和風デザインのカメラを差し出してきた。




「葵にはこれがぴったりよ! 和の心を忘れてはダメ!」




「……いや、どれも個性的すぎるんですけど」




俺は頭を抱えながら、適当に流すしかなかった。




雪菜はそんな俺を見て、冷静な口調で言った。




「葵様、どれを選んでも問題ありません。ただし、すべて録画データは私が管理します。必要であれば即座に消去可能ですので」




「いやいや、そこまで厳重にする必要ないから!」




俺がツッコミを入れると、雪菜はわずかに眉を動かしながら目を閉じた。




結局、選ばれたのは千鶴姉様の金色の装飾が施されたカメラ。


皆の意見が割れ、最終的にじゃんけんで決まった。




「これで葵ちゃんも配信デビューね! 楽しみだわ!」




千鶴姉様が嬉しそうにカメラをセットする中、俺はふと頭を抱えた。


このままで大丈夫なんだろうか…


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