第5話 異変



 五月に入った。隼人君は、ギプスは外れないものの無事に退院する事が出来た。

 そして五月は、バスケ部三年生の引退試合があった。隼人君は出場できなかったけど、我が校は三位をおさめ、表彰台にも立つ事ができた。また、正式に隼人君のキャプテンも決まった。


「雫、教えてくれ!まじで、俺数学赤点になっちまう」


 連休が明けて、中間テストの期間がやってきた。休み時間になる度、隼人君がノートを片手に私の机にやって来る。

 うちの学校では、赤点を取ってしまうと、部活動の時間に補習授業を受けないといけない。バスケ部キャプテンの隼人にとって、それだけは避けたかった。


「隼人は雫に甘えすぎよ。ねぇ、雫ここのスペルってさー」


「そういう瑠璃も、今雫から英語教わってるだろ」


「ニ人とも落ち着いてー。ほら、テスト週間だからみんな自習してるし」


 進学校というのもあり、休み時間でも自習する生徒が多く二人の声は少し大きかった。私の注意にしょぼんと肩を落とす二人。


 ちょっと言い過ぎちゃったかな?


「そういえば、数学なら達郎が得意だったよね?」


 隼人君が持ってるノートが数学だったから、提案してみたんだけど……。私が達郎君の名前を出すと少し嫌な顔をする隼人君。


「達郎?まぁ、数学だけは得意だよなぁ。チャラいのに」


「あと加賀美君も得意よね。この間の小テスト満点だったの見えちゃった」


 瑠璃が思い出したかの様に言った。千明君の隣に座る瑠璃はテストが見えてしまったようだ。前にも別の小テストの結果も張り出されていて、千明君の名前が上位にあったな。


「へぇ。千明君ってすごいんだね」


 千明君との接点はあまりないけど、かなりの秀才なのかもしれない。


「っ?!千明って名前で呼んでるのかよ?……ったく、イケメンで、頭も良いとか……」


 隼人が少し嫉妬の籠った視線で千明をみる。彼の周りには常に女子がいるが、いつ見ても無表情だった。そんな彼が、たまに雫を見ているのを隼人は見逃さなかった。きっと、アイツも雫が好きなんだろうな。


 ……もしかして、俺勝ち目なくね?隼人は小さく呟いた。



――――

――


 テスト当日。


「テスト配るぞー。ほら、朝霧。早く教科書しまえー」


 ギリギリまで粘る隼人君に、先生が注意するとクラスの子たちが笑う。


「わーかってますって!……a +bの3乗はaの3乗 +」


「朝霧、だーまーれー」


 公式を最後まで暗記していた隼人君の頭を、先生がテストでポンと叩いた。更にクラスのみんなが大爆笑する。


 前の席から回ってくるプリントを受け取り、後ろの先の子に渡す。慣れた動作だったけど、この日は受け取る時にプリントで手を切ってしまった。


「痛っ」


「雫ごめん!大丈夫?」


 私の声に反応し、前に座る子が申し訳なさそうに言った。


「大丈夫。ちょっと切っちゃっただけだから。テスト頑張ろうね?」


 視線を手に落とすと、人差し指に赤い一筋の線。


 絆創膏もってたっけ?プリント汚さないように気をつけなくちゃ。テスト終わったら絆創膏貼っておこう。


「テスト開始」


 先生の合図とほぼ同時に忘れていた左目が熱くなる。そして切ってしまった人差し指も熱い。周りはプリントをひっくり返して、書き込む音が聞こえてくるが、私はそれどころじゃなくなった。


「っ!?」


 何これ……。急に体調が悪くなった?でも、熱いだけで痛みも気持ち悪さもない。


 もう一度切ってしまった人差し指をみると、赤い一文字の傷口がみるみる塞がっていく。


「うそっ!?」


 思わず声が出てしまった。だって……こんなのあり得ない。


「こら、藤ヶ谷。嘘じゃねーぞ。テスト中だから静かに」


「す、すみません」


 再び指を見ると、傷口は跡もなく綺麗に消えていた。あれは夢だった?でも……まだ微かに左目が温かい。これは夢じゃない。


 紙とペンが擦れる音の中、雫は自分の体が自分のものじゃないみたいで恐怖を感じた。その様子を後ろに座る千明が雫の異変に気付いていた。

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