第3話 リメイク


 四月も残りわずかとなり、新しいクラスにも慣れ始めてきた。


「瑠璃、帰ろー」


「ごめん、雫。私まだ進路面談終わってなくて、これからなんだよね」


 両手を目の前に合わせる瑠璃。

 そういえば、昼休みにまだ受けてないって言ってたな。一年生とは違い、二年生になると進路の話が多くなる。私もこの間、担任の先生と大学の話をしたっけ。


「ううん。大丈夫だよ!にしても、急に決まったんだね」


「うん。先生もなんか忙しそうでさ、今日の夕方しか時間取れないんだって。私相談したい事たくさんあるから、長引くと思う。雫一人になっちゃうけど、先に帰ってて?」


「わかった」


 瑠璃は、ニコリと笑い教室を出て行った。さて、私も帰ろう。




――――

――



 大きな交差点の赤信号で立ち止まる。見上げると建設途中のビルは足場を片付け始めていて、グレー色の建物が見え始めていた。


 そういえば、コスメ専門店ってそろそろオープンするはずだよね?まだ欲しいリップの色、決めてなかったなぁ。


 ビルの周りを包むように立っていた足場を作業員達がクレーンを使いながら下ろしていく。私は、ポケットからイヤホンを取り出し耳につけると、ビューーンっと突然強風が吹いた。



――――にげて――――



 ん??


 風の音?でもイヤホンから何か聴こえた気がする。


 ガタンっ。


 頭上で鳴り響く聞いた事のない音。



「……え?」



 何の音??かなり大きな音だ。



「きゃーーーーーーー」




 誰かの叫び声がこだまする。


「……え?」


 鉄同士がぶつかり合う大きな音、誰かの叫び声がその場を凍り付けにした。見上げると鉄のパイプが何本も雨のように降り注いでくる。


「雫、危ないっ!!」



バリーーーン!!!!!!!



 最後に聞いた音はガラスが割れるような音だった。



――――

――



「ん……」


 パチリと大きな瞳が開く。


 当たり一面真っ白の空間。またここに来た。っていう事は、ここは夢?あの人はいるだろうか。

 金髪ロングの人。探そうとした時、左目に違和感があった。……何これ?チクチクする。


「……雫?」


 声がした方を見るとそこにはあの人が立っていた。いつか話してみたいと思っていた人。すごく神々しくて綺麗な人。


「あの、初めまして。……貴方はどうして私の名前を知っているの?」


 私が声をかけるとその人はすごく驚いた顔をした。


「私の声が聞こえてるの?」


「聞こえます。……貴方は誰?」


「話ができてる……ちゃんと直ってよかった。……でも……」



 真っ白の綺麗な手が私の髪を撫でる。男の人なのか、女の人なのか。あまりにも綺麗な顔立ちすぎて、性別もわからない。真っ白の手が私の頬に触れた途端、じっと私の左目を見た。


「あ、あの……」


 直すってどういうこと?左目に何かついてる?


金髪の人は悲しそうにニコリと笑った。


「私はテレネス。貴方の味方。……その瞳、時間が経てば慣れるはず」


 ……テレネス。それが貴方の名前。ずっと知りたかった。



――――

――



 パチリ……。

 鉄のような生臭い匂いがする。腕や手のひらが、ぬるぬるする……。


 あ、あれ?赤い??


 雫の瞳が開き、夢から醒めた。真っ黒な重たそうな雲。背中が冷たくて硬い。あぁ、コンクリートの上に横たわってるんだ。立ち上がらないと。……あれ?体が動かない?



「はやくっ!!」


「誰か救急車っ!!」


 いろんな人の声がするけれど、頭が回らない……。私に覆い被せる人……隼人君……?そういえば、最後に隼人君の声を聞いた気がする。


 ふと、視線を自分の真横に移すとスーツを着た男性が、虚な目でこちらをみていた。


 さらに視線を体に落とすと……



「っ?!きゃーーーっ」



 無数の鉄のパイプが、男性の体を貫通しコンクリートに突き刺さっていた。



 私は再び意識を手放した。



――――

――



「……く、しず……、ごめんね」


 再び目を覚ますとそこは外ではなく病室だった。ベットの隣には瑠璃が泣きながら立っている。



「……瑠璃?何で泣いてるの?」


「雫!?……ぐっすん。よかったぁ」


 大泣きする瑠璃の手は冷たくて震えていた。


「怖い思い、……させてごめんね」


「私こそ、雫を一人で返さなかったらって……。まだ痛むところある?雫のお母さん、今先生と話してて」


 瑠璃が、ずびっと鼻をかみながら教えてくれた。


「大丈夫。痛いところないよ」


「ほんとう?雫だけ、丸三日も目が覚めなかったから……本当に怖くて」


「嘘……三日間?」


「本当だよ。先生は、倒れた時に頭を強く打ったのかもって。でも、脳とかには異常はみられなかったから、起きるのを待つしかないって言われたの」


「そう、だったんだ……。あ!ねえ、隼人くんは?」


 鉄パイプが落ちてくる寸前、隼人君が助けてくれたよね?


「あ……隼人なら、……地面に跳ね返ったパイプが腕と足の上に乗って怪我した。でも生きてる。雫のせいじゃないよ?」


「そ、んな……。」


「隼人なら隣の病室で寝てるよ。さっき目が覚めてて、少し話した。元気に話せてたから大丈夫。……雫の事心配してた」



 私が、あの時あそこを歩いていなかったら……?


 隼人君は、私のせいで巻き込まれてしまった……?



 バスケの練習を頑張ってる隼人君の姿が脳裏に焼き付いている。そんな彼の手と足を……私のせいで……。


 瑠璃の話によると、突然吹いた強風の影響でビルの足場が全て崩壊したらしい。作業員も歩行者も巻き込まれる、大規模な事故になった。隼人君はすぐに目覚めたけど、腕と足の骨を折る全治五週間の治療が必要だった。


 隼人君が起きたらちゃんと謝ろう。そして、助けてくれてありがとうって伝えなくちゃ……。


 チクリと左目が痛む。


 そういえば、目覚めてからずっと左目の視界だけ違和感がある。これって頭を強打した影響……?


 ううん。違う。これは、あの時あの人が言ってて……。


 あの人って誰?


 名前を聞いたはずなのに……。思い出せない。


 その後、母もやってきて私が目覚めた事を喜んでくれた。特に大きな怪我が一つもなかった私は、次の検査で異常がなければ退院になると医者から言われたのだった。



――――

――


 目覚めた日の夜。三日間眠り続けていた私は夜眠れなく、携帯で事故を調べていた。

 突然の強風による足場が崩壊。歩行者八名が鉄骨の下敷き、作業員五名が落下。死亡者一名、重症者十名。原因調査中。


 ……一人亡くなってる……。


 事故の記憶は思い出せない……だけど、手が震える。すごく怖かった。自分を包むように三角座りする。私死んでいても、おかしくなかったんだ……。



―トントントン。


 病室の扉がノックされて、聞きたかった声が聞こえる。


「……雫、起きてる?」


 隼人君の声だけで、さっきまでの恐怖心が一気に収まる。


「隼人君?……起きてるよ」


 泣いてるの、バレないようにしなくちゃ。袖で急いで涙を拭い、平然を保った声で話す。


「……よかった。雫の声がする。……雫泣いてるの?」


「ううん。泣いてない」


「……ふっ。嘘下手くそ。入っていい?」


 だけど、そんなの隼人君にはすぐにバレてしまう。やっぱり幼馴染だからかな。私たちはお互いの事よく知ってる。隼人君はいつも私の嘘に気付く。


「うん」


 隼人君は、松葉杖をつきながら部屋に入ってきた。彼の右腕と右足にに巻かれた真っ白のギプス。頬には擦れた傷。一目で彼が大怪我したのがわかる。


「っ!?隼人君怪我っ。すごい痛かったよね。私が……私が。本当にごめんなさい。」


 隼人君は、私の顔を見て一瞬停止したが、すぐにいつもの笑顔を向けてくれた。


「雫が、いてくれて良かった。……ちょっと付き合ってくれない?そこの自販機行こうと思っててさ」


 隼人君に誘われて、自動販売機でお茶を購入した。近くのベンチに座ると、窓から月が見えていた。



「どっか痛む所ないか?すっげぇ事故だったんだぜ?」


「いや、隼人君の方が重症だからっ」


「ふっ。ツッコミできるほど元気があって良かった」


ぽんっと大きな手のひらが頭に乗った。


「……ごめんね。私のせいで」


隼人君の優しさが沁みる。


「雫のせいじゃないよ。むしろ雫は被害者側だ」


「でも……。バスケ。もうすぐ三年生の引退試合だったよね?その為にいつも朝練してて……」



 私には、わからない程の大きな悔しさや後悔があるはずだ……。朝早くシュート練習をしてたのも知っている。それなのに、……そんな仕草を隼人君は一つも見せない。


 この人はどこまでも優しすぎる。



「……雫がいなくなるんじゃないかって、すっげぇ不安だった」


「え?」


「多分俺は、あの時雫を助けていなかったら後悔してた。いや、絶対そうだな。まぁ、試合前に怪我したのは悔しいけど、また来年があるし。試合より雫を失わなかった事の方が何より大切だよ」


 ニカっと太陽みたいに隼人君が笑った。


「ありがとう、隼人君。助けてくれて」


「どういたしまして」


 隼人君は、また軽く私の頭をポンと撫でた。



――――

――


次の日。事故直前の記憶がない私は、精密検査を受けた。


「特に異常はないけれど、事故のショックで脳が心を守る為に、一時的に記憶を隠してるのかもしれないね」


「……脳が?」


 先生は、パソコンにレントゲンやいろんな写真を見て異常がない事を確認しながら言った。


「うん。……すごい酷い事故だったから。今の藤ヶ谷さんは、日常生活に影響もないし……、君を守る為に脳がそう判断したんだ。無理に思い出す事ないよ」


「そう、ですか」


 私の記憶は、鉄の雨が降るところで終わり、目覚めたら瑠璃がいるところから始まっている。


 すっぽりと抜け落ちてしまったのだ。思い出したい気持ちもあるけれど、それ以上に怖い気持ちの方が勝っていた。事件の話を聞くだけで手が震えるし。


「でも、あの事故で傷一つないなんて。君は本当に運がいいよ。藤ヶ谷さんも大分精神も安定してきてるし、明日退院しよっか」


 私の退院はすぐに決まった。隼人君はもう少しかかるようだ。だけど彼の包帯の数が減るたびに、少しずつよくなってきているのがわかる。


――――

――


 退院日。瑠璃が私の母と一緒に迎えに来てくれた。明日から学校ということに瑠璃はすごく心配してくれたのだ。


 車で帰る道中、人が集まり渋滞していた。パトカーも止まっている。


――チクリ。


 左目が少し痛んだ。目にゴミでも入ったのかな?


「何か事故かしら?」


 母は渋滞に巻き込まれまいと一本手前の道を曲がった。


「あ、なんか、10代後半の男性が暴れてたみたいですよ。んーと、本当か分からないけど、……刃物持ってるって書き込みもある」


瑠璃がさっそくSNSで調べ母に伝えていた。


「そうなの?あなた達と変わらないわね。最近物騒だから、本当に気をつけなさいよ?」


後部座席から見える母の顔はいつもより険しかった。

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