てるてる坊主
緑野タニシ
てるてる坊主
窓の外は今日も雨、これだから6月は嫌いだ。別に外で遊ぶのが好きってわけじゃないし、一緒に遊ぶ友達だってそこまで多いわけじゃないけど、ただでさえ嫌いな自分の髪が湿気のせいで余計に渦を巻いてしまう。
鏡に映る自分を見てため息が出る。この間クラスの男子に「ワカメ頭」と馬鹿にされた。どれだけ櫛を通しても、頭のワカメは元気にうねったままだ。
憂鬱な毎日、テレビでは飛び降り自殺をした同い年の小学生のニュースを報道している。「毎日明るい元気な男の子だった」「自ら命を絶つほど悩みを抱えているとは知らなかった」と、インタビューを受ける大人達は無神経に常套句を並べる。
子供の気持ちなんて、大人なんかにわかるわけがない。
「早く食べなきゃ冷めるよ」
お母さんがこっちを見ずにテレビに目を向けたまま言った。
「そうだよ~美味しそうなご飯が冷めちゃうよ~」
突然、妙に間延びした子供の声が窓の外から聞こえてきた。
驚いて窓の外を見てみるが、誰もいない。
「こっちだよ~お母さんには内緒で出ておいで」
私はもういらないと言って学校へ行くフリをして、声のする方へ向かった。
傘を差して庭を歩いてみたが、誰もいない。さっきの声は気のせいだったのかと思っていると、それは上から聞こえてきた。
「こっちだよこっち、邪魔な傘なんて捨てて、一緒にお散歩しよーよ」
見上げると、とても信じられない光景がそこには広がっていた。私は夢でも見ているのかな。
そこにいたのはなんと、私と同じくらいの背丈はある大きなてるてる坊主だった。
「やあ、おはよう、今日も気持ちのいい雨だね!」
てるてる坊主の顔には笑顔が浮かんでいる、いや、描かれていた。私でも描けるような簡単なニコニコ顔のまま、てるてる坊主は一緒に散歩をしようと語りかける。私が「学校に行かなきゃ」と言うと、「だったら秘密の近道を教えてあげる」と言って、ふわふわと私の前を進む。
「ねえ、あなたは誰なの?」
「見ての通りてるてる坊主さ~悩める子供たちの味方だよ」
「そうじゃなくて、えっと…」
あたまの中がぐちゃぐちゃで理解が追いつかない。こんな状況はアニメや映画でしか見たことがないんだけど、こうして頭に浮かんでいるありとあらゆる疑問を表現する言葉がいまいち見つからない。
「そんなことはいいから、君も上がってきなよ、雨の階段を登るのさ~」
降っている雨が目の前で次々と固まっていき、瞬く間に雨で出来た階段が作られた。
てるてる坊主は「怖くないよ」と言って私の背中を押し、私はされるがままに階段を登っていた。
雨の階段は思っていたよりもしっかりとした作りで、安定感も十分にあった。だけど、透き通った足場は怖くて中々歩けない。なんだかまるで空を歩いているみたいだ。
「ほらほら、怖くないよ~」
てるてる坊主はそれしか言わない。私が何か言ってもさっきからそう返すばかりだった。
やがて、雨の階段を登りきると、目の前には私の住む町が一望できていた。私の家は他の住宅に埋もれていて、学校も小さく見える。
足元は雨で固められた透明な床で立っている。少しでも足を踏み外せばまっ逆さまに落ちてしまうだろう。
「さあ、ここを渡れば学校まで一直線だよ」
てるてる坊主はそう言うと、今いる位置から学校まで虹の橋を出現させた。
「ほらほら、こっちこっち、怖くないよ~」
てるてる坊主は虹の橋の上をふわふわと浮かんでいる。一切表情を変えないまま、怖くないよと慰め続けてくれる。
「…学校には行きたくない」
「急にどうしたんだい?大丈夫、この橋は怖くないよ~」
「そうじゃないの、学校に行ったらまた髪の事でからかわれる…」
そう言うとてるてる坊主はしばらく黙った後、強引に私の手を引いてきた。
「怖くないよ~」
すごい力で手が引かれていく。この橋は危ない、なぜだかわからないけど、そんな気がした。てるてる坊主は変わらない笑顔でこちらをじっと見ている。顔は笑っているはずなのに、そこには何の温かさも感じなかった。
やがて、私の抵抗もむなしく片足が虹の橋に差し掛かったところで、突然後ろからもっと強い力で引っ張られた。
振り向いた瞬間、パンと乾いた音と共に頬にしびれる痛みが走った。
「何やってるのあんた!」
「おかあ…さん?」
ふと周りを見ると、立っている場所は透明な足場ではなく雨で濡れたコンクリートの地面、一歩踏み外せば私も雨と一緒に下まで落ちてしまう。そんなどこかのビルの屋上に私とお母さんだけがいた。
お母さんは泣きそうな顔で私を抱きしめ、二人で雨に打たれていた。
振り返るとてるてる坊主も虹の橋もなくなっており、私は何がなんだかわからないまま呆然とするしかなかった。
「次は逃がさないからね~」
どこからかあのてるてる坊主の声が聞こえた。
張り付いた笑顔と、機械的に間延びしたようなあの声は、しばらく私の頭から離れなかった。
てるてる坊主 緑野タニシ @greentanisea
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