妄想ぶちこみ箱
ネム
1 幼馴染1
小さい頃、俺と可憐はいつも一緒だった。
夏になれば山に入って、網を振り回して虫を追いかけた。
カブトムシを捕まえた日は、二人して得意げに帰ったし、逃げられた日は泥だらけで笑った。
ボール一つあれば、校庭でも空き地でも、どこでもサッカーをした。
可憐はよく走った。
足が速くて、判断が早くて、負けず嫌いで、でも勝っても威張らない。
まるで少年漫画に出てくる主人公みたいなやつだった。
「しょう、パス!」
「おう!」
その声を聞くと、自然と体が動いた。
当時は何も疑問に思わなかった。
可憐が女の子だという事実も、正直あまり意識していなかった。
短く整えられた髪、日に焼けた肌、ズボン姿。
俺にとって可憐は、ただの「一番仲のいい幼馴染」だった。
―――――
時が経って、高校生になった。
成長とともに、周囲は少しずつ変わっていった。
クラスの女子は恋愛の話をするようになり、男子は誰が可愛いだの、付き合っただのと騒ぐようになった。
そんな中でも、俺と可憐の距離は変わらなかった。
放課後は一緒に帰り、休日はどちらかの家に集まった。
ただ、変わったことが一つある。
可憐は、スカートを履いていた。
学校の規則上、女子はスカートが指定だった。
可憐はそれに従っていたが、どこかぎこちなかった。
歩き方も、座り方も、昔のままなのに、服だけが合っていないように見えた。
「可憐、慣れた?」
何気なく聞いたことがある。
「……まあね」
そう答えたけれど、視線は逸れていた。
俺はそれ以上踏み込めなかった。
なぜなら、俺自身が可憐のことを好きだと気づいていたからだ。
幼馴染としてじゃない。
男として、ひとりの人間として。
だからこそ、諦めてもいた。
この関係が壊れるくらいなら、想いは胸にしまっておこうと決めていた。
―――――
ある日の放課後、可憐の家に遊びに行った。
「可憐遊びに来たぞー」
いつも通りのことば
靴を脱いで上がると、家の中は静かだった。
「可憐?」
返事がない。
リビングでもない、キッチンでもない。
二階に上がると、可憐の部屋のドアが少し開いていた。
「……可憐?」
中から、嗚咽が聞こえた。
俺は固まった。
可憐が泣くところなんて、見たことがなかったからだ。
恐る恐る扉を開けると、ベッドに座り込んだ可憐がいた。
膝を抱えて、顔を埋めて、肩を震わせていた。
「……しょう」
名前を呼ばれた瞬間、胸が締め付けられた。
「どうしたんだよ」
そう言うと、可憐はしばらく黙っていた。
それから、震える声で言った。
「……怖いんだ」
「何が?」
「……話したら、嫌われるかもしれない」
俺はゆっくり近づいて、少し距離を空けて座った。
「嫌わないよ」
即答だった。
可憐は顔を上げた。
泣き腫らした目が、俺を見ていた。
「……ほんとはさ」
声が掠れている。
「スカートなんて、履きたくないんだ」
拳を握りしめて、可憐は続けた。
「女の子扱いされるのも、鏡を見るのも……全部、苦しい」
息を吸って、吐いて。
「……俺は、ずっと自分のこと、男だと思って生きてきた」
空気が止まったように感じた。
「今の自分が、気持ち悪くて仕方ないんだ」
可憐は、怯えたように俺を見た。
軽蔑されるのを、拒絶されるのを、覚悟した目だった。
俺は、胸の奥が熱くなった。
「……なあ」
ゆっくり、言葉を選んで口を開いた。
「俺の親友は、可憐だろ」
可憐が瞬きをする。
「男だから、女だからとか、関係ない」
俺は正直だった。
「昔から一緒に走って、笑って、喧嘩して、仲直りしてきたのは、お前だ」
視線を逸らさずに言った。
「好きに生きていこうぜ?」
その瞬間、可憐の目から、また涙が溢れた。
でも、それはさっきとは違う涙だった。
「……しょう」
嗚咽交じりの声で、名前を呼ばれた。
「ありがとう……」
俺は何も言わなかった。
ただ、そばにいた。
―――――
次の日。
可憐は、スカートを履いていなかった。
ズボン姿で、いつものように立っていた。
少し緊張した顔で、それでも背筋は伸びていた。
「……どう?」
「似合ってる」
即答だった。
可憐は少しだけ笑った。
それから、少しずつ、日常が変わった。
可憐は以前よりもよく笑うようになった。
息をするみたいに、自然に。
俺は、可憐を見て思った。
この人が、この人らしく生きていけるなら。
それを隣で見られるなら。
それでいい。
想いは、まだ胸の奥にある。
でも今は、焦らなくていい。
俺たちは、幼馴染で、親友で。
そして――これからも一緒に生きていく。
静かで、確かな時間を重ねながら。
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