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 戸草とぐさは病院の廊下を歩いていた。

 ここは官営の病院で入院しているのは主に警察関係者か警察が扱った事件の関係者だ。

 廊下を歩いていると無機質な白い壁とリノリウムの床がどこまでも続いているように感じる。

 船橋陽彦もこの病院で死んだ。


 個室のドアを開く。


「こんにちは」


 相変わらず整頓されているようで混沌とした部屋だなと思った。

 ベッドの脇の小机には倒れないのが不思議な量の本が積まれているが積んだ当の本人は器用らしく、よく見るとバランスが計算されているのがわかる。

 病院着の藤原が立てた枕を背もたれにして文庫本を読んでいる。


「やあ、戸草」


 本から目を上げると小さく片手を振った。


「前の事件ぶりだね。その後、進捗はどうだい?」

「無事解決した」


 悲劇的な結末を思うと無事という言葉が適切なのかはわからないがそう言っておいた。


「そうかい」


 藤原は話の続きを求めるでもなく、文庫本を備えつけの棚に置く。

 戸草は蕗島ふきしまから貰った苺のパックを藤原に手渡した。


「貰い物だけど、持ってきた」

「ありがとう。嬉しいよ」


 そうして少し拗ねた顔をする。


「どうした?」

「なかなか会いにきてくれないから、僕のことなんて忘れてしまったのかと思ったよ」

「そんなわけじゃ……」


 慌てて首を振る戸草に悪戯っぽく笑った。


「冗談だよ」


 戸草は呆れて小さく息をつく。


「楽しそうなことだな」

「君を揶揄からかうことは単調な日々の中で数少ない娯楽だよ」


 喉を鳴らして笑う。

 戸草はあたりを見渡して間が悪い気分になった。

 こんな時に限って藤原の周りには南国を思わせるフルーツ籠が山盛りになっている。

 戸草の視線に気づいてか藤原は言う。


「仕事の知り合いが送ってきたとかで僕のほうにも寄越してきたんだよ。こんな部屋に置き場もないっていうのにね」


 食べる気もないし、と。

 誰の仕事の知り合いかは言わなかったが藤原の祖父は元警視総監だ。

 孫の藤原ふじわらけいはその伝手でこの病室を使っている。

 昔は警察協力という建前で探偵の真似事をしていたこともあるのを懐かしく思い出す。もう、昔の話だ。


「辛気臭い顔をしているね。仕事が大変なのかな。座りなよ」


 藤原は椅子を示す。


「ちょっと立て込んでいて」

助言アドバイスが必要かな」

「……直接仕事の話じゃないんだが」


 藤原を前にすると名護なごの話がするり、と出てしまった。

 勿論名前や個人の詳細は明かさずただの同僚とぼかしたが最近の津山との水面下での衝突や牽制けんせい、自分には理解不能の不機嫌な言動について話した。

 藤原は頬杖をついて神妙な顔で言う。


「興味深い」

「そうか?」


 自分から言っておいてなんだが見ず知らずの他人の話など聞いていて面白いものか、と思う。


「その同僚さんとは女性かい?」

「いや男だ」

「そう。戸草も隅に置けないなあと思ったところだったんだけどね」

「は?」


 戸草はまた言っている意味がわからない言葉に突き当たったと思う。


「嫉妬だよ、それは」



「嫉妬、か……?」


 言われたことをそのまま繰り返した。

 頭の中が疑問符で埋まる。


「どういうことかわからないんだが」

「つまりその同僚くんは君の相棒なんだろう。急にやってきたよく知りもしない新人に取られたくないのさ。至極簡単なことだよ」

「取られたくないって何を?」

「君だよ」


 理解の悪い生徒を見る目で藤原は戸草を見る。


「君の関心、興味、好意。君の感情が他に向けられるのが嫌なんだろうさ」


 組んだ手に顎を乗せて戸草は考える。


「藤原さん」

「なんだい?」

「ご説明いただきありがたいんだけど、それは間違っていると思う」


 淡々と戸草は言う。


「根拠は?」

「そういう人じゃないし……」


 どちらかというと毎日邪険に扱われているし、戸草の気持ちなどどうでもいいと思っているような節がある。


「僕は間違えない」


 そう言って藤原は唇の端を上げる。


「そうだね、どんな反応をするかその新人さんとやらと親密なふりをしてみたらいい」

「俺はそんな人を試すようなことをしたくない。無意味だと思うし」

「相変わらず実直だな戸草は」


 ふふ、と笑う。


「そんなところがいいと思うよ」


 おどけて親指を立ててみせる。

 やっぱり揶揄われているだけじゃないかと思う。


 ともかく、と戸草は言う。


「これだけフルーツがあれば苺はいらないだろうな」


 パックに入った苺を下げようとすると藤原は戸草の手に自分の手を重ねて止めた。


「何をするんだい」

「持って帰るだけ」

「誰がそんなことを頼んだ?」


 苺を戸草の手から奪取する。 


「おい」

「もらったものは僕のものだ」


 胸の前に抱える。


「今更取ろうとしたって無駄だよ」


 勝利のポーズのように頭の上で掲げてみせる。

 子どもか。


「名前も知らない連中から届いたものより、君からもらった苺がいい」


 長い指でパックを撫でた。


「そんなもんか」

「物々交換といかないかい。よかったらそのあたりのものを戸草も食べていってくれると僕としても助かる」


 藤原はフルーツ籠からリンゴを投げる。


「投げるなよ」


 そう言って戸草はリンゴをキャッチした。


「ついでに僕のぶんもリンゴをむいてくれないかい」

「物々交換じゃなかったのか」


 戸草は果物ナイフを手に取る。


「いいじゃないか。見舞いといったらリンゴだよ」

「さすがにウサギ切りとかはできないぞ」

「サービス精神旺盛なのはいいことだけどそこまで求めてないよ」


 クスクスと藤原は笑う。

 この人といると気が楽だなと戸草は思う。

 単に仕事から現実逃避したいだけかもしれないが。

 学生時代に敬語で話すな、と言われたからこの人の前ではくだけた口調で話す。

 それでも相手は年上なのでところどころで敬語が混じってしまうが。普段は敬語しか喋り慣れてないので少しむずむずするがこんな態度で話せるのは藤原だけだ。



「そういえば、白髪の老人が子どもを攫っている事件を聞いたことあるか?」


 切り分けて皿に盛ったリンゴを藤原の前に置きながら聞く。


「老人?子どもが行方不明になっている事件はニュースで見たけれど」


 では、詳細までは表に明かされていないのか。


「今扱っている事件かい?」


 フォークに刺したリンゴを口に運ぶ。

 戸草も一切れリンゴを食べた。


「ああ、まあ」

「そこにあるメモ帳とペンを取って」


 藤原が示したメモ帳とペンを取って渡す。


「ありがとう」


 そこにサラサラと藤原はなにかを書いた。

 どうやらどこかの住所のようだ。


「これは?」

「怪しい噂でね」


 藤原はもう一切れリンゴを口に放りこむ。

 気に入ったのだろうか。


「それ自体に事件性はないのだけど子どもが謎の儀式をしているとかいう話があってね。新興宗教の影響じゃないかという話も出ているんだけど」

「はあ」


 話が読めない。


「そこはその人攫いがあった住所の近くだろう?参照してみるとそのアパートに住んでいる子どもが行方不明になっているんだ。この一ヶ月で三件になる」

「三件?」


 そんな話は聞いていない。

 たしかに危険度が上がったという話は聞いたがそういうことか。 


「すみません、藤原さん。俺仕事に戻らないと」


立ち上がると藤原に手を引かれた。


「ほら」


 フルーツ籠を手渡される。

 けっこうずっしりくる。


「これは?」

「折角だから持って帰るといい」

「俺こんなに食べないし渡す相手もいないんだけど……」

「だったらその不機嫌な同僚さんとやらに渡してあげるといいさ」 


 そういうことか、と思ったが名護が喜ぶとは思わない。

 でも返すのも悪いので一応受け取っておくことにした。


「ありがとうございます」

「素直でよろしい」


 そう言葉を交わして今度こそ病室をあとにした。



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