最低最悪のメサイア ~ 冒涜者、偽りの神話を喰らう ~

うたかたとわ

第一話 プロローグ


 最低最悪と呼ばれる男がいる。

 

 サバクタニ・クトウ。

 

 人畜無害。無味無臭。

 

 彼は誰の印象にも残らない。


 他者を破滅させる天才。

 

 そんな彼は異世界召喚とやらに巻き込まれて、黒いスーツにコート姿のまま、歴史も文化も知らぬ異国に放り込まれていた。


 神すらも予知できなかった、安寧なる異物。


 「ここが、異世界か……」

 

 品の良い紳士帽を右手で胸元に抱えると、クトウは辺りを注意深く観察する。

 

 見渡すかぎりは草原。

 

 コンクリートで舗装されていない、踏み固められた土道つちみちが地平線まで続く。


 泥と草の香り。


 それはニホンの田舎町と同じ。


 しかし、その他は明らかに、現代ニホンには存在しない光景である。


 かつて自分が住んでいた国とは決定的に違う、歴史と理が視界に広がる。


 麗しき異世界旅情。


 風がゆく。

 

 情報不足により、未来は不明瞭となった。

 

「まずは、最初からやり直しか……」

 

 現状は、クトウが裏社会に築き上げてきた権力、暴力による支配権の消失を意味する。

 

 常人ならため息の一つでもつきたくなる状況であるが、クトウはうろたえない。

 

 彼の持つ明瞭無形めいりょうむけいな頭脳を使い冷静に、冷酷に自分が成り上がるプランを考える。

 

「まずは、この道を進むか……」

 

 右か、左か。

 

 行き先は天国か、地獄か。


 善悪の彼岸は見えぬ。

 

 草ばかりが生い茂る街道。

 

 舗装のされていない、人生の道のよう。


 クトウは見知らぬ世界をまっすぐに進む。

 

「さて、鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 選んだのは右の道。


 常人の本能が、やめておけと告げる方角。


 しかし、クトウにとっては、居心地の良い領域。

 

 全世界の占い師が止めるであろう、災禍と凶兆が示される場所へと、クトウは愉悦を嗜み、足を踏み出した。


 天まで届きそうな雲が浮かぶ異世界の空。


 ゆらりゆらりとなびく浮雲は形を変え、諸行無常のように消えていく。

 

 名もなき街道は、そう遠くない未来で最低最悪の魔王と呼ばれるクトウの第一歩を、確かに支えていた。

 

 

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