第5話居場所

病院の重い鉄扉が閉まった。背後で響いた「ガコン」という無機質な金属音。その冷たい響きがノヴァをあの白い病室から、そしてリンネから完全に切り離した。


冷たい霧が立ち込める下層街の路地。蒸気の匂いと煤けた鉄の味。ノヴァはリンネから渡された真鍮の鍵を、右手の掌に食い込むほど強く握りしめた。歩くたびにまだ完治していない節々が鈍く軋む。それでも頼りない足取りで進む彼女を突き動かすのは、右手の包帯の下に今も残る、あの温かくも感じた火の疼きだった。


「六番通り......。」


声に出すと白い吐息が霧に溶けた。巨大な蒸気タービンが唸りを上げるこの一角は、昼夜を問わず煤けた煙に覆われている。その中を、小さな少女であるノヴァはリンネがくれた「自分の居場所」を目指して静かに歩き続けた。


辿り着いた貸し倉庫は、赤錆に覆われた無骨な鉄の箱だった。鍵穴に真鍮の鍵を差し込み、回す。中へ入って内側から閂をかけた瞬間、ノヴァはようやく深く息を吐いた。

部屋の隅に、前の住人が残したのか、灰色の古びた毛布が丸めて捨てられていた。ノヴァはそれを拾い上げると、冷えた体を引き寄せるようにしてその中に深くくるまった。埃の匂いが鼻をつくが、むき出しの床に座るよりはましだった。


(ここが私の居場所...)


窓のない暗闇。けれど、そこは誰の視線も届かない、ノヴァにとってこの街で唯一の自由な空間だった。


ノヴァは毛布にくるまったまま、右手の包帯を丁寧に解いていった。闇に目が慣れてくると、そこにある痣と火傷の跡が、自分の細い腕の輪郭よりもはっきりと見えた。


(もう一度、確かめたい)


自分を守ってくれたリンネの嘘に報いるためにも、この正体を知らなければならないと思った。ノヴァは手探りで壁の古いガスランプを引き寄せると、右手の指先に意識を集中させた。鼓動が早まり、血が心地よい熱を帯びていく。


「…お願い。」


祈るような沈黙のあと、指先がピリリと痺れた。次の瞬間、指先に小さな、本当に小さな火が灯った。それは凍える心を溶かすような、柔らかな橙色の灯火だった。


「あ...。」


ノヴァはその火を、慎重にガスランプの芯へと近づけた。ボッと音を立てて、古いランプに明かりが灯る。

彼女はランプの蓋を閉じた。「カチリ」と小さな音がして、火影は細い格子の隙間から漏れるだけの密やかな光へと変わった。


『これはランプの火、私がそう決めたの。』


リンネのあの言葉が、今、この暗闇の中で確かな形を持った。ノヴァは毛布を深く被り直し、ランプの微かな熱に冷えた手をかざした。


この火はわたしを世界から弾き出すエラーなんかじゃない。私と一緒に生き、私を温めてくれる希望だ。


彼女はリンネから預かった数枚の硬貨を数えた。明日からはこの街の片隅で生きていく。いつか、あの病院の向こう側にいるリンネに、自分が「人間」として生きてることを証明するために。

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