獅子の師の陰に燃ゆる

PunkSteam

第1章-ひとり生きる

第1話ノヴァ

このスチームパンクワールドの都市の下層では、朝と夜の区別がつきにくい。そこに住む人々は蒸気管が鳴り始める時間を朝と呼び、止まっている時間を夜と呼んでいた。ノヴァはその音で目を覚ました。鉄のように床は冷たく、上層を走る歯車の振動が眠りを浅くする。この世界では、通路を行き交う人は昼を過ぎると減っていき、声も足音も遠くなる。


下層街ではその時間になるといつも穏やかだった。店は半分ほど閉まり、配管の継ぎ目から蒸気が細く漏れている。ノヴァは眠れず通りの端によく座り込んでいた。ここが一番静かだからだ。それに彼女は帰る場所なんてものはなかった。


ある日ノヴァはいつものように裏通りの端に座っていた。その時、蒸気管の音が少しだけ乱れた。だが規則正しかった間隔が一拍ずれたことにノヴァは違和感すらもおぼえなかった。一瞬の出来事だった。突然体が前に崩れた。背中に衝撃が入り、息が抜ける。地面に手をつく前に頭を掴まれ、引き起こされ、壁に打ちつけられる。視界は白く弾け、音が遅れて届いた。床に落とされ、腹に迷いのない衝撃が入る。空気が押し出され、呼吸が止まる。膝を折られ、そのまま地面に崩れる。上から体重が乗り、踏みつける力は一定だった。位置を変えられ、同じ力が、同じように入る。背中、脇腹、もう一度腹。蹴りは続いた。何人いるのか分からなかった。声はなく、靴底が床を強く打つ音と、体に入る衝撃だけがあった。口の中に鉄の味が広がり、歯が当たって何かが欠けた感触がする。息を吸おうとすると胸が焼け、今度は視界の端が暗くなり、配管の形が歪む。もう体を動かせなかった。私はここで死ぬ、ノヴァは悟った。


この世は理不尽だ。


彼女が死ぬよりも怖かったこと。それは孤独だ。


私は生涯孤独を味わわされた。そんな私を作った神など神ではない。


痛みももう感じなくなって、意識が朦朧としてきた。


短く乾いた破裂音が鳴り、踏みつけていた重みが消える。代わりに壁に何かが叩きつけられる音がした。


神は私以外にも苦しみを与えようというのか。


微かに見える。赤い光が走ってきた。そこに遅れて熱が喉に刺さる。嫌な靴底の音が途切れ、ほとんどの気配が消えた。


自分の血を泳ぐ中で今度はしっかりと、赤い光を捉えることができた。炎であった。私を痛めつけていたヤツが床に倒れる鈍い音がして、それきり動かなくなった。通りには蒸気管の音だけが鳴っている。規則正しい、いつもの間隔だった。遅れて足音が一つ分近づき、影が落ちる。そこには獅子のシリオンの姿があった。兵士の紋章はない。ただ何故か私は兵士だと思ったのだ。


周囲の空気だけがわずかに揺れている。その兵士は倒れた者たちの次に私を見たような気がした。そこでノヴァの意識が途切れた。


追記:8話まで読むと面白いと思ってもらえるかもしれません

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