第一揆 風紀は咲き乱れた

第1話

 青葉紅葉の手元には一冊の鈍器、いや、校則集がある。それは校則集というにはあまりに大きすぎた。大きく分厚く、そして詳細すぎた。


『九条立九条学園 校内自治規則及び付属細則 第七十二版』


 厚さは辞書並み。紙質は無駄に上等で、箔押しされた装丁からは、この校則たちの正当性と絶対性が主張されている。

 内容は実に三百項に及ぶ学内規則だ。


 自由を謳う学園が、なぜここまで過剰な規則を抱え込んでいるのか。

 入学して間もない頃、生徒会長の是乃氷羽にその理由を尋ねたことがある。


 自由とは秩序のもとに成り立つ


 返答は簡素で、完結で、何とも温かみのないものであった。


 ここ九条学園では校則の制定および改定は生徒会によって行われている。

 理事会は最終承認こそ行うが、その内容に意見を差し挟むことはない。

 少なくとも、学内において生徒会以上の権力を持つ存在は、俺の知る限り存在しない。ゼーレだとかNERVはーーたぶん存在しない。


 今現在、俺はこの校則たちを暗記しなければならない状況にある。

 俺がディアフォロンであるからだ。

 ディアフォロンとはギリシャ語で「優秀・卓越」という意味なのだが、九条学園においては特待生を指す呼称である。

 何だか仰々しい名前ではある。

 もっとも、年頃の男子としては、そういう二つ名めいた響きに、まったく心が動かないと言えば嘘になる。

 ディアフォロンであれば、この学園の莫大な学費は免除される。

 加えて、ディアフォロン専用と銘打たれた、やたらと豪華な寮に無償で住むこともできる。

 他にもいくつか特典はあるらしいが、重要なのはそこではない。


 時として権利にはそれ相応の義務が生じる。


 九条学園において、ディアフォロンに課される義務とは、学園自治補佐への所属である。

 学園自治を支える名誉ある役職。生徒会の右腕、あるいはその予備軍。

 聞こえはいいが、実態はただの生徒会の雑用係だ。


 校則の確認、申請書類の整理、各部活動の実態把握。

 要するに、生徒会が手を出すには些末すぎるが、放置するには面倒な案件を一手に引き受ける便利屋である。

 そのためには、校則を知らなければならない。

 知らないという言い訳は、許されない。それが俺に与えられた義務だから。



 俺は生徒会室にて机に肘をつき、鈍器をめくっていた。


「……第三十七条、部活動の決闘制度に関する補則、っと」


 声に出しながら校則の暗記に勤しんでいたところ、背後から気配がした。


「暗記は進んでいるか」


 振り返らなくても分かる。

 この学園で、こんな無駄に冷えた声色を使う人間は一人しかいない。


「まあ、それなりに」


 校則集から目を離し、その男の方を見る。

 生徒会長、是乃氷羽ぜの ひばね

 白銀の髪に黒縁眼鏡。感情の温度が感じられない整った顔立ち。

 自由を謳う学園の頂点に立つ男は、今日も相変わらず冷え冷えとしていた。


「ならば仕事を任せられるな」


「……嫌な予感しかしないんですけど」


 是乃は俺の手元の校則集にちらりと視線を落とし、それから淡々と告げる。


「学園奉仕メイド部について調査してこい」

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