サンタはいる。昨日スーパーで見た

やまよん

第1話

「今日はクリスマスイブだよ。なんでカゴに入ってるのが大根とみりんなの!?」

「ブリは家にあるんだ」

「献立を聞いているんじゃないよ」

違うのか。


僕は、この駅前にあるスーパーで、予備校帰りによく買い物をする。

学校と予備校が一緒の澄川さんは、使っている駅まで同じなので時々こうしてついてくる。大体はとりとめのない会話だが、いかんせん彼女の声はよく通るので、人目を惹くのが玉に瑕だ。

ほら、いまも親子連れがこっち見てた。

今日は、ただでさえいつもより人の多いのだ。12月24日の店内にはジングルベルのBGMが流れ、肉コーナーにはチキンが山積みになっている。

ただ、僕にはあまり関係のないものだ。


「一年後には僕らも受験が控えている。今から気を引き締めないと。クリスマスで浮かれている訳にはいかないよ。というか、クリスマスなんてもう何年も祝った記憶がないし」

そう。ないのだ。もちろん今年も祝う予定はない。

「さびしくない?」

「さびしくないよ」

澄川さんが屈託のない顔で覗き込んでくる。

確かに、まったく寂しくないかと言えば嘘になるかもしれない。ただ、それをそのまま認めてしまうのも少し癪だ。

「大体、サンタだなんだと浮かれて貴重な人生の時間を使ってしまうのはもったいないと思わないか」

「その時楽しめることをみんなで楽しむ方が、人生豊かになると思うけど」

僕のひねり出した理屈は、澄川さんのもっともな意見に一蹴された。


最後にクリスマスを祝ったのは僕が小学校の時だっただろうか。

自分を女手一つで育ててくれた母の仕事も次第に忙しくなり、僕が中学校に上がるころには年末は休みなしで夜勤が入っているのが当たり前になっていた。


我が家のサンタはもうずいぶん前にいなくなった。


買い物を続けながら、気づけば澄川さんにそんな家庭事情を話すはめになっていた。

「サンタは死んだ」

「神は死んだ、みたいに言わないでよ」

澄川さんのツッコミが冴える。ボケてるつもりはないのだけど。

「だから、実際どう楽しんだらよいか分からないんだ」

「そうかぁ。じゃあさ、それ買おうよ!」

澄川さんは少し思案したかと思うと、彼女が指差した先にはクリスマス特設のお菓子コーナーがあった。

サンタのブーツと思しき赤い靴を模した入れ物の中に小袋のスナックやチョコレートが入っている。クリスマスには定番のお菓子の詰め合わせだ。そして、隣には子供向けアニメの柄のシャンメリー。懐かしすぎる。いや。

「子どもか!」

「チッチッチ、こういう分かりやすいのがいいんだよ」

そう言うと澄川さんはすたすたとセルフレジに向かい、手際よく会計を済ませていた。僕もあわてて自分の会計を済ませて澄川さんを追いかけた。


二人で店から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

店の明かりに照らされた通りは、なんだかいつもより明るく浮かれているように見えた。

「澄川さん、それどうするの」

彼女の手には、白い買い物袋。中にはサンタ靴のお菓子の詰め合わせとアニメ柄のシャンメリーが入っている。弟にでもあげるのかな。いるのか知らないけど。

澄川さんは「ふふふ」と不敵な笑みを浮かべると、

「はい、メリークリスマス」

そう言って、僕に袋を手渡してきた。

「えぇ? あえ?」

間抜けな声が出る。

「クリスマスプレゼントだよ」

「え? あぁ、そうなんだ。僕に?」

「うん。家で楽しんでね」

悪戯っぽい笑みを浮かべて、僕の混乱する反応を楽しんだのだろう。澄川さんは「私は家族でケーキを食べるんだ」と言って満足そうに帰っていった。

僕は結局、訳の分からないままそのプレゼントを受け取ってしまった。



帰宅すると。誰もいない家の中で夕食を作る。

煮立った煮汁の中に大根とブリを入れて、落し蓋をする。冬のブリは脂がのってうまい。

僕のエコバッグの隣には、澄川さんから貰った白い袋が置いてある。

澄川さんのことだからあまり深く考えてのことではないのだろう。とはいえ。

「家で楽しめと言われてもなあ」


ブリ大根を煮ながら、スマホでオンライン講義の動画を流す。

今日はなんだか講義内容が上滑りしていって、頭に入らない。

母は今日も遅番で帰宅は深夜になると言っていた。

「クリスマスか」

僕は独り言ちるとなんともなしに昔を思い出した。

小さいころは25日朝が何か月も前から待ち遠しかったっけ。

でも、我が家にプレゼントをくれるサンタはもういない。

ん?

「あれ、いや、あるか。…あるぞ。クリスマスプレゼント」

白い袋がガサリと鳴った気がした。


気まぐれだったと思う。

僕は真っ暗な母の寝室に入ると、さっき貰ったブーツとシャンメリーをそのまま母の枕元に置いた。

クリスマスらしさの欠片もない、ルーズリーフにメッセージを残して。

 

 仕事お疲れ様。いつもありがとう


我ながら社交辞令のような面白みのない文章に笑ってしまった。

帰宅した母がこれを見てどう思うか分からないし、そもそも貰ったプレゼントを横流しするのもどうかと思ったが。


母の枕元にプレゼントを置くのはドキドキした。


次の日の朝、目が覚めると自分の枕元に紙の感触があることに気づいた。

手に取ってみると、長形3号の茶封筒の中に三つ折りで便箋がはいっている。

事務連絡かな。


便箋には母の字があった。


 いつもありがとう。正月はゆっくり一緒に飲もう。


下手なサンタクロースのイラスト付きで。


いなくなったと思っていた。

でも、サンタはいた。

僕らが忘れていただけだったのだ。お互いのことを。



僕は朝の支度を済ませると、寝室で眠っているサンタに小さくありがとうを言って家を出た。今日も朝から予備校がある。


予備校に着いたら、お礼を伝えよう。

昨日スーパーにいたサンタにも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンタはいる。昨日スーパーで見た やまよん @yamayon4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ