スキルコストが高すぎて詰んでいた元最速の攻略者、後輩の弁当を食うたびに限界突破する~不味すぎる飯を魔力暴走(バフ)に変換して、ダンジョンの深奥へ~

白い鮭

1箱目

「三上、これより強い胃薬ってあるか?」

 

 カウンターに身を乗り出し、霧島きりしまはその先にいる男に尋ねた。

 三上と呼ばれた男は、すぐには反応を示さなかった。そっぽを向いたまま、男にしては細い指でタブレットを操作し続けている。金髪が横顔を隠していて、表情は見えなかった。


 三上だよな? 霧島は上半身をずらし男の胸元をみる。三上蓮みかみれんという名札が、右胸に留められていた。


 指が止まり、ゆっくりと顔がこちらに向いた。整った顔立ちに、呆れがそのまま浮かんでいる。しばらく霧島の顔を見つめた後、わざとらしくため息をついた。


「あるわけないだろ。霧島、それいくらしたか覚えてるか?」


 霧島は目をそらした。

 三上の背後、棚いっぱいに並ぶサプリメントとの値札が目に入る。それを見つめながら、霧島は口を開いた。


「一万円くらいだった、ような」


「五万円だよアホ! そいつは内の希少植物をふんだんに使った新作だ!」


 霧島の胃がきりりと締め付けられた。

 そこまで行ってしまったのかと、軽く目眩を覚えた。足から力が抜け、カウンターからずり落ちる。


 三上はかぶりを振った後、再び霧島──霧島迅きりしまじんに顔を向けた。ずいっと身を乗り出し、カウンターにしがみつく霧島の顔の前に迫った。


「お前、まだあの子とパーティを続けてるのか?」


「パーティというか、指導してるだけだぞ」


 三上の目が険しくなる。霧島は負けるものかと見返した。


「いい加減諦めさせろ。今の攻略編成の流行りは、速攻かつフルアタだ。話聞く限り、仲間もできないし、ましてやダンジョンの深層に行けるようにするなんて不可能だ」


 ぐっ、と短い声を出して霧島は黙り込んだ。反論の言葉が見つからない。

 図星だった。分かっている。人数が集まらなければ、深層には進めない。そして三上のいった条件を満たせなければ、それだけで声がかからない。


 視線を落とした。それをみてとったのか、声が畳み掛けてくる。


「それとお前も、の未練に見切りつけろ。使えなくなったものは使わずに上を目指せよ。今でもそれなりのクランには入れるだろ」


「ダンジョンで行くのは下だろ」


「揚げ足とるな。いい加減前を向けよ、な?」


 耳が痛いほど正論だった。

 先輩と慕ってくれる彼女のことも、自分の将来のことも考えても。それでも、と霧島は顔を上げた。


「だけど三上」拳を握りしめた。「ダンジョン攻略するならばこそ、仲間を大切にしないと駄目……だろ?」


「かっこよさそうなこと言ってるけど、ようは気になる相手から離れたくないだけだろうが」


「そういうのじゃない」


 不快さを滲ませた声が、ぴしゃりと三上の顔を叩いた。

 霧島が見上げる先で、三上はしばらく沈黙した後、カウンターに肘をつき、再度ため息をついた。


「悪かった。ただ……一緒にいて気が楽な相手では、あるんだろうけどさ。せめて、胃薬の原因……なんだっけ、弁当だったか? それだけでもやめさせろよ。指導続けるならさ」


 霧島は一拍置いて、天井を仰いだ。

 彼女の笑顔を思い浮かべれば、出る答えは一つだった。


「無理。今さらどう説明するんだよ」


「お前本当にアホだよな。前と同じやつ、持っていけ。半額にしといてやるから来月には返せよ」


「三上……愛してる」


「お前の汚い愛はいらん」


 霧島たちが高校を卒業して1年と少し。変わらない友人は、彼にとってありがたかった。



 薬局の自動ドアをくぐると、喧騒が霧島の顔を叩いた。霧島が訪れていた薬局は攻略者管理局カストディアンという建物の一角にあった。一瞬振り返れば、三上は再びタブレットと向かい合っていた。


 霧島は前を向いた。きらびやかな装備を纏った四人組が、目の前を通り過ぎていった。その中の一人が纏う、”鱗”を直接加工した革のジャケットに目を奪われた。


 霧島は思わず、自分の身体に目を落とした。使い古したタクティカルジャケットに、カーゴパンツ。色はどちらもベージュ色。動かしやすさだけを優先した装備は、華やかさとは無縁だった。


新々宿しんしんじゅくダンジョンのモンスター情報をお伝えします。現在上層では──』


 頭上ではホログラムの映像が様々な数値を表示しながら、その情報を解説していた。霧島は歩きながら音声を拾い、脳内で今日のプランを立てていく。


「──だから、なんでだよ!」


 霧島の耳に突然怒号が届いた。声のした方を見れば、二十メートル以上は離れた場所で大男が丸テーブルを倒し、3人の男女と向かい合っていた。女性二人の前に細い、優男とでもいうべき男が歩み出て、大男を見上げていた。


「なんでパーティを抜ける! しかも全員ってどういうことだ!」


「もうついていけないからです。この前どれだけ危険だったと思ってますか? 俺たちをモンスターの餌にしたいんですか? これ以上無茶な攻略には付き合えません」


「それは……反省する! これからは安全も考える! だから──」


「もう、何度も聞きました。それにリーダー……いや、お前。この前後ろの二人を置いて逃げようとしてたよな。もうカストディアンにも報告してあるからな」


 随分問題のあるリーダーのようだ、と霧島は思った。周囲のひそひそとした声が聞こえてくる。またか、という言葉まであった。


 大男はしばらく沈黙していた。霧島は顔をそらし、そろそろ行こうかと思ったときに、その言葉を耳でとらえた。


「《起動アクティバ》:」


 それは魔法を発動するための決まり文句。思わず振り向けば、大男が握りこんだ拳に魔力が渦巻き始めていた。彼の口が動き、詠唱が進む。優男が後ずさる。


 猶予は数秒。周囲の人々は騒ぎが始まってから距離をとっていた。警備員も間に合わない。


 霧島の口から、歯の擦れる音が響いた。ああ、くそ。仕方ない。


「──どいつもこいつも! なんで俺を認めない! 潰せ、《砕」


「《迅雷じんらい》」


 拳を振り上げていた男の横顔に霧島の脚がめり込んだ。骨と歯の砕ける音が皮膚から伝わってくる。勢いはとまらない。霧島は足を振りぬきその場で回転し、残った勢いは大男に与えられた。彼は床を転がり、机を吹き飛ばし、液晶の掲示板にその身を顔からたたきつけ、そのまま沈黙した。


 詠唱が早い仲間募集中。割れた液晶画面はノイズをはいて、その文字を表示したまま静止した。


 霧島はその場に着地し、優男に振りかえった。


「大丈夫か?」


「あ……はい。ありがとうございます」


 霧島は大男の方に視線を戻す。彼はピクリとも動かなかった。

 だが、死んではなさそうだ。警備員が駆け付け、拘束を施し始めた。


 くらり、と霧島の身体が揺れた。


「大丈夫ですか!?」


 優男が寄ってくるが、霧島は手のひらを向けて静止させた。


「大丈夫。いつもの、ただの立ち眩みだから」


「そう、ですか」


 優男は何かを言おうとしたが、後ろから警備員に声を掛けられ、そちらに振り返った。後ろの女性二人にも声をかけている。事情聴取だろう。俺もされるのかな、と霧島は思った。ああ、それにしても。


「一瞬の起動でもこれかよ」


 忌々しいクソスキルめ。霧島は近くの椅子をつかみ、そこに座り込んだ。


 同時に、規則的な振動が脚から伝わった。ズボンのポケットに手をつっこみ、長方形の端末を取り出す。最近はホログラム式が流行っているが、霧島は物理的な端末を使い続けていた。


 液晶画面を操作しアプリを開くと、メッセージが表示された。


『用事が早く終わったので、十二時にはダンジョン前に着けそうです。今日のお弁当は期待しておいてください!』


 ふっと口元が緩むと同時に、背負う金属のケースの重さが増した気がした。「わかった、でもこっちが遅れそうだ」と入力して、メッセージを送信する。


 期待しよう、胃薬でなんとかなるように。


 警備員がこちらにくるのが見えた。



 その巨大な造形はいったいなんのためにあるのか。新都心線の車窓から眺めるたびに、霧島の頭にはいつも、同じ疑問が浮かぶ。


 地面から直接咲いた、花のようなオブジェクト。茎も葉もなく、花弁が直接地面を突き破り、かつての街の上に咲いている。

 新々宿のビル群と同程度の高さのそれは銀の花びらをしならせている。廃墟に影を落としながら、花の中心に突き出した突起は、今日も陽光を浴びて、鈍く輝いていた。


 視線をずらし、その根本を見る。遠すぎてわからなかったが、そこには今日も多数の人々が行き来しているはずだった。まるで花にむらがる蟻のように。


 事実、あの花はただの飾りだ。ダンジョンがあるという目印にすぎない。本体は地下へ続いていく構造だ。


 プシュっというドアの開く音で、霧島は現実に戻される。慌てて電車を降りる。乗り込もうとしていた人々からじろじろと見られるが、それらを無視して階段を降り、改札をくぐり外にでる。


「……故に、ダンジョンは神からの贈り物であることは明白だ! この星の資源を枯渇させた人類への、最後の慈悲であり試練である! みだりに踏み荒らしては──」


 ノイズ混じりの怒声が耳を叩いた。

 歩道の端に十数人程度の集団が陣取っていた。うち一人が、旧式のメガホンを握って叫んでいる。


 しかし、誰も足を止めない。霧島も「またか」とつぶやいて足早に離れた。

 私利私欲も何も、ダンジョンを攻略しなければ資源が枯渇する。生活が維持できない。

 

 歩みを進めれば花弁の下にたどり着く。霧島の背よりも遥かに高いフェンスで囲まれている。その前には銃やパワードスーツで武装した兵士が一定間隔で並び、人々に目を光らせていた。


 人の流れはやがて列となった。ゲートにたどり着き、端末──攻略者支援デバイスを読み込ませる。ピッという音と共に、ゲートが開く。


 背後でゲートが閉まる音を聞きながら、霧島は辺りを見回した。

 辺りは攻略者で混雑していた。武器を携えて花の根本に向かうものもいれば、怪我をしたのか担架で運ばれていくものもいた。


 顔を上げれば、管理局と同様にホログラムの画面が浮いている。本日の死亡者は0人と表示されていた。


 歩きながら、手に握ったままのデバイスを操作する。メッセージアプリを起動すれば、『着きました』と表示されていた。


「霧島先輩!」


 可憐な声が耳に届いた。

 ぴょこぴょこと赤色の髪が霧島に向かって跳ねてくる。黒いローブの裾が地面に触れるぎりぎりのところで揺れている。行きかう人の波に、時に止まり、すり抜けながら少女は霧島の目の前で止まった。

 霧島の思わず口元がほころぶ。しかしすぐに引き締めた。


「ごめん、待たせた。神門みかどは予定、大丈夫だったのか?」


「はい。大事な用かと思ったら、ただの告白だったので」


「そっかそっか。そいつの名前と顔と住所教えてくれるか? ついでにSNSアカウントも」


「知ってどうするんですか…?」


 神門みかどいろは。高校生。霧島と一緒にダンジョンに潜る少女は、きょとんとした表情で首を傾げて、霧島を見上げていた。

 ボブの髪に結ばれたサイドテールが、顔の動きに合わせて揺れた。

 紅いまん丸とした瞳に、霧島の顔が映っていた。


 ──いい加減、諦めさせろ。

 ふっと友人の言葉が脳裏によみがえった。

 

「先輩?」


「いや、なんでもない」


 霧島と神門はダンジョンである銀色の巨花きょか、その根元に向かって歩き始めた。


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