陰陽

lampsprout

陽性

「茨の森の中には古い塔が立っていて、その最上階には一人の女性が何百年も眠っている」

 王子がそんな噂を聞いたのは、記念すべき成人祝賀会でのことでした。集まっている近隣諸国の貴族たちに紛れて、護衛の騎士たちがひそひそと話しています。好奇心旺盛な王子は、こっそり近くに寄って続きを聞くことにしました。

「茨の森って、北の」「そうだ、あの森だよ」「何百年も前から枯れてないんだろ」「誰も奥まで立ち入ったことがないらしいが」「それでも聞いたんだよ、あそこには昔小さい国があって」「城の一部だった塔がまだ残っているらしい」「最上階にとんでもなく美しい姫が眠っているんだと」「なんでも、昔魔女に呪われたとか」「かわいそうになあ」「噂だろ、噂」「俺が助けに行ったら結婚してくれるかなあ」「だから所詮、噂だって」

「おい、貴様ら!何を無駄口叩いている」

「まずい、団長だ」

 騎士たちは上官に叱責され、慌てて散っていきました。

 さて、王子はすっかり眠れる姫の話に夢中になっておりました。ちょうど最近、侯爵令嬢との婚約がふいになったばかりなのです。美しいと噂の姫は、花嫁候補にぴったりだと考えました。

「よし、私が姫を迎えにいこうではないか」



◇◇◇◇



 翌週、王子は意気揚々と茨の森へ出立していきました。王や大臣には散々諫められましたが、王子は無理に部下を数名集めて城を出ていったのです。

「必ずや、花嫁を連れて帰ります」

と王に宣言して。

 城を出立して一カ月、とうとう王子一行は茨の森に到着しました。ある一線を越えてしまえば、そこはどこもかしこも茨だらけ。王子たちの背丈を優に超える茨が、見渡す限りに数えきれないほど育っています。

「この中に、私の花嫁がいるのか」

 王子はさっそく、剣で茨を切り開き始めます。後ろから、部下たちも剣を抜いて続きました。すると、どうしたことでしょう。

『この茨を切り捨てて、右』

「……なんだ、これは」

「道案内、ですね」

「なぜ道案内があるんだ」

「さあ……」

 なんとご丁寧にも手書きの立看板が設置してありました。しかも、その後も何枚も、何枚も。

『この茨を切り捨てて、左』

『この茨の後ろの後ろの右の茨を切り捨てて、真っすぐ』

『この茨の右の左の左の前の右の後ろの茨を無視して、やっぱりこの茨の左の茨を切り捨てて、右』

「何なんだ、これは!」

「わかりません!」

 困惑しながら看板に従うこと一時間。とうとう一行は、少し開けた場所に辿り着きました。

『この先一時間、茨の塔。王子ひとりで進むべし』

「……だそうですが」

「危険ですよ、引き返しましょう」

「いや、仕方ない、私がひとりで行ってこよう。姫を連れてすぐ戻ってくるから、待っていてくれ!」

 王子は部下たちを残し、ひとり姫の眠る塔を目指して進み続けました。



◇◇◇◇



 一時間ほど経ったころでしょうか。茨の森が急に開けて、王子の前に立派な塔が現れました。黒ずんだレンガ造りの塔は、外壁をほとんど茨に覆われて、窓や装飾が見えないほどでした。

「ここに、私の花嫁が眠っているはずだ」

 王子は入口を探して、塔の周りを探り始めました。すると、半周ほど歩いたところで、金属製の重たい扉を見つけました。剣を一振りして錆びついた南京錠を破壊すると、王子は胸を高鳴らせて塔へと足を踏み入れました。

 塔の中は、窓が茨で覆われているせいで薄暗く、とても埃っぽい淀んだ空気に包まれていました。王子の目の前には、上階へと続く石造りの螺旋階段だけが伸びています。壁のところどころに、調理器具や食器など、生活感を醸し出すものが少しだけ遺されていました。しかしそれらすべてが、錆びるか朽ちるかしており、不気味な雰囲気を一層引き立てているのです。なぜか一つだけ、妙に新しいレシピ本がありましたが、王子は見なかったことにしました。

「よし、この階段さえ登れば、花嫁に逢えるはずだ」

 王子は勇気を奮い立たせて、手摺の無い螺旋階段を一段、また一段と上がっていきました。石造りの階段はところどころ崩れ落ちており、気を抜けば足を踏み外して最下層まで落下してしまいそうでした。



◇◇◇◇



 一体、何段上り続けたのでしょう。とうとう王子の息が荒くなってきます。途中、重たいマントや鎧は、暑さと疲労から脱ぎ捨ててしまいました。上がっても上がっても終わりの見えない階段に、王子がさすがに疲弊してきたとき。

 真上にとうとう、最上階が見えました。あと二階ほど上で螺旋階段が終わっており、踊り場から広い部屋へと続く梯子が掛かっています。

 王子は俄かに元気を取り戻し、階段を駆け上がりました。

「私の花嫁、待っていてくれ、今行くから」

 梯子に手をかけ、するすると登り、王子は最上階の部屋に到達します。そして、

「ああ、なんと美しい」

 なんと噂どおりに、部屋のベッドには世にも美しい女性が静かに眠っていたのです。絹のように滑らかな金の髪。透き通るような白い肌。何百年も眠っているという噂からは想像もできないほど、世界のあらゆる芸術品よりも美しいような姫でした。王子はうっとりと見惚れ、そっとベッドに近寄ります。姫は寝息すら立てず、人形のように眠っていました。

「姫、はじめまして。迎えに参りました」

 王子は試しに声を掛けましたが、姫は身じろぎ一つしません。どうすれば目覚めてくれるだろうかと、困り果てたそのとき、王子はとある童話を思い出しました。曰く、眠れる姫は、王子の口づけで目を覚ますのだと。そっと姫の冷たい頬に手を添えて、王子は顔を近づけます。

「姫、失礼します……」

 王子の唇が触れる直前、姫はぱっちりと瞳を開き、



◇◇◇◇



「すとーーーーっぷ!!」

「……!?」

 ぺし、と王子の口が、白魚のような手で塞がれました。姫はぱっちりと瞳を開いており、しっかり王子と目を合わせます。そして、王子の頭から爪先まで、品定めするようにまじまじと観察しました。王子は口を塞がれたまま、驚きで身動きがとれません。数分ともとれる静寂の後、姫は一言。

「あなた、タイプじゃないわ」

「……ぶはっ、え、ええええええ!?」

 王子は思わず素で叫んでしまいました。それもそのはず、王子は国内外で評判の美青年なのです。タイプじゃない、などという言葉は、生まれて初めて言われたのでした。

「い、いや、そんなこと仰らず。ぜひ、私の花嫁に……」

「えー、でも、タイプじゃないの」

「うっ……」

 ぐさり、と傷ついた王子は、へろへろと床に座り込んでしまいます。姫は上品な見た目には似つかわしくない、とてもくだけた口調と屈託ない笑顔で、王子に言いました。

「迎えに来てくれてありがとう。でも、また別の王子様を待つことにするわ」

「そんなあ……」

 もう取り付く島もありません。王子は泣く泣く姫を諦め、とぼとぼと帰路についたのでした。

 ――こうして、王子の花嫁探し、眠れる姫の王子様探しは、この後もしばらく続いたのでした。

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