戦闘狂の獄炎の魔導師
うたたねちゃん
第一章 獄炎の魔導師の名を持つ前
王都ローズの空は、その日、妙に静かだった。
雲は低く、風は止まり、城の高塔に掲げられた薔薇の紋章だけが、わずかに揺れている。
嵐の前触れに似ていたが、雷鳴はない。
ただ、息を潜めるような沈黙が、都を覆っていた。
その沈黙の中心で、一人の王子が生まれようとしていた。
⸻
産声は、驚くほど弱かった。
泣き声は上がった。確かに生きている。
だが、燃え上がるような力強さはない。
「……第二王子です」
侍医の声に、安堵と落胆が入り混じる。
王位継承からは遠い立場。
それは同時に、期待も、警戒も薄いことを意味していた。
だが、次の瞬間。
赤子の肌が、ほんの一瞬だけ――赤く揺らいだ。
炎ではない。
熱でもない。
まるで、内側で何かが“呼吸した”かのような揺らぎ。
「……今のは?」
誰かがそう呟いたが、すぐに誰も口を閉ざした。
見間違いだ。そういうことにされた。
王都ローズは、異変に慣れすぎている。
慣れているからこそ、見なかったことにする術も心得ていた。
赤子は、ウィリアムと名付けられた。
⸻
幼少期、彼は静かな子どもだった。
よく笑い、よく眠り、剣も魔法も、特別得意というわけではない。
王子としての教育も、最低限。
誰もが、こう思っていた。
――無難な子だ。
だが、魔力測定の儀だけは、違った。
火属性。
それ自体は珍しくない。
だが、測定水晶が、割れた。
「……出力過多?」
「いいえ、違う。量ではありません」
魔導師が顔をしかめる。
「質です。
この魔力……燃え方が不安定すぎる」
炎は、本来、性質が素直だ。
熱を生み、広がり、消える。
だが、ウィリアムの魔力は――燃える理由を持っていない。
燃えたいのに、燃やすものがない。
その歪みが、暴発を生む。
教会から派遣された神官は、記録にこう残した。
「制御不能ではない。
だが、制御する意味が見当たらない炎」
それは祝福ではなかった。
呪いとも、断定されなかった。
ただ、扱いづらいと判断された。
⸻
十歳を過ぎた頃、初めて事故が起きる。
剣術訓練場。
模擬戦の最中、ウィリアムが転倒した。
痛み。
恐怖。
反射的な魔力放出。
炎が、一瞬で地面を焼いた。
誰も死ななかった。
だが、石床は溶け、空気は焦げ、周囲の剣が赤く熱を帯びた。
静まり返る訓練場で、ウィリアムはただ立ち尽くしていた。
「……ごめん」
謝罪は早かった。
だが、その声は震えていなかった。
怖くなかったのだ。
それが、何より問題だった。
⸻
教会は、彼を「監視対象」に置いた。
治療?
矯正?
封印?
議論はされたが、結論は出ない。
理由は一つ。
「まだ、何もしていない」
誰も焼いていない。
誰も壊していない。
だが、いつか壊す炎であることは、全員が理解していた。
ウィリアム自身も、気づき始めていた。
夜、手のひらを見つめる。
何もしていないのに、熱を感じる。
「……燃えたいのか?」
問いかけても、答えは返らない。
炎は、ただ、そこにあるだけだ。
⸻
彼が初めて「戦いたい」と言ったのは、十二歳の時だった。
理由を聞かれ、少し考えてから、こう答えた。
「……ぶつけたら、
この中の変な感じ、静かになるから」
誰も、それを止めなかった。
王都ローズは、
炎に理由を与えることの方が、
封じ込めるより安全だと、薄々気づいていたからだ。
この時、まだ――
新都ローズは存在しない。
白いパネルも、願いも、考えられていない。
ただ一人、
燃え方を知らない王子がいただけだった。
そして世界は、まだ知らない。
この炎がいつか、
都市を生み、
秩序を焼き、
「獄炎」と呼ばれることを。
戦闘狂の獄炎の魔導師 うたたねちゃん @Utatanechan
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