特別な、大晦日

@yugurenokarasu

特別な、大晦日

2024年12月31日、酒田正治は郷愁に浸っていた。

すうっと意味もなく息を吸い、田舎特有の立法的なインターホンを押す。

横を流れる小川を挟んで、竹同士の喧嘩の音が不思議と気持ちを軽くしてくれる。


しばらく竹の音に見を馳せていると、ガラス張りの扉越しに人影が映り、鍵を外す鈍い音が響く。

そのまま扉が開くのかと待っていると、扉の向こうの人影はふっと奥に消えてしまった。


「おじゃまします」


扉の奥にいるかもわからない相手に声をかけ、扉の取手に手を掛ける。

立て付けの悪いせいか、引き戸を開けきるのに相当の力がいった。


玄関では、自分より小柄で無精髭を生やした60過ぎの男がこちらを睨んでいる。


「…こんにちは、父さん」


決していい笑顔とは言えない顔をしながら挨拶をしたが、相手は言葉一つ介さず、自室に戻っていった。


足場の木板がミシミシと悲鳴を上げる廊下を進み、リビングと隣接する、色の落ちた鶴が描かれた襖で塞がれた部屋の前で止まる。


襖を開けると、去年とほぼ変わりのない部屋が自分を迎えてくれる。変わった部分は埃の量だけだった。


自分の足が踏んだ周囲の埃が舞い、木と畳の香りが鼻を通る。


埃の道を進み、仏壇の前に座る。目の前には朗らかな笑顔で写真に写る祖父母の顔。

置いておいたろうそくに灯りを灯し、線香を上げる。


線香の香りが辺りを満たす。

しばらく合掌し、回想する。


両親は物心付く前に離婚し、祖父母に預けられた幼少期。すべてを覚えているわけではないが、美味しい料理を食べさせてくれたり、竹とんぼを作ってくれたり、とても良くしてくれたと記憶している。

そのまま地元の学校に高校まで通い、大学で上京。

大学に入ってからは、バイトで稼いだお金を少ないながら仕送りをするなど恩返しをしていた。


祖父母の訃報が届いたのは、一年の留年をしながらも、大学卒業を控えた22歳の冬。二人とも寿命だったそうだ。

葬式の日、祖父母の友人に話を聞くと、二年程前から二人は仕送り金に手を付けず、病院にも行かずに家で息を引き取ったという。


葬式が終わり、実家に帰ると、すでに先客があった。誰だろうかとリビングに行くと、そこにはライトも付けずに酒に溺れる中年の男がいた。虚ろな目をつまみに向け、空になった缶を転がす姿は誰が見ても哀れみの目を向けるだろう。

葬式で見たことのない男を見つめていると、男がこちらに気づき、衝撃的な言葉を放った。


「ああ?おまえ、正治か?見ねぇうちに随分でこうなったなぁ」


* * * * * * *


それからはあまり覚えてない。

目の前の男がクソ親父だと分かった後は、持ってきた線香や供え物が入った紙袋をその場に置き捨て、散々暴言を吐いて帰ったような気がする。覚えていることは祖父母が手をつけていなかったお金を回収したことと、男が今日からこの家には俺が住む、とおこがましくも言い放ったことだけだった。


帰路にあるホテルのベッドに横たわりながら、母親についても聞いておけばよかったなと後悔した。


合掌を終え、ろうそくの灯りを消す。一年開けらてなかったであろう大窓を開け、風を入れる。心なしか、家全体に活気がついたような気がした。

竹箒で埃を出し、ついでにバケツいっぱいに水を汲んでくる。はたきを持ち、天井付近から埃を落とす。次にもう一度箒で埃を出す。そして雑巾を濡らし、軽拭きする。

久しぶりに綺麗になり、家もきっと喜ぶだろう、と思い満足感に満たされているとクソ親父が脳裏をよぎり、邪魔してくる。


庭に出てみる。

生前の色とりどりの花が咲いていた庭からは彩が抜け落ち、モノクロ写真を思わせてくる。風が吹き、雑草が歌う。縁側に座り、その様を眺める。

大の字に寝そべってみると、外の気温に反比例し、何が温かいものが体を覆ってくる。目を閉じると、祖父母の温かい手が頭を撫でてくれているような気がしてくる。二人が亡くなって数年経つのに、目頭が熱くなってくる。


* * * * * * *


実家を後にし、車に乗り込む。

結局最後まで親父と口を交わすことはなかった。自分が出ていくときだけ、目が嬉しさを表していたように感じたのは気のせいだろうか。


墓地に向かうため、車を走らせる。

車内の音楽を消し、窓を開けて風を入れる。冷たい風が、目から溢れる涙を凍らせて欲しい、と願いながら。


墓地に着くころには、日が西に傾いていた。美しい夕空が、墓の前に広がる海と混じる。大晦日ということもあり、毎年人気のないここでは亡霊達が年越しをしているといわれても不思議ではないなと感じる。願わくば、二人もその輪の中に入っていて欲しい。


墓を拭き終え、供物を供えると、砂浜に座り込む。海はだんだんと満潮に近づき、波に運ばれてきたゴミが打ち上がる。


砂と一体になりつつあった腰をあげ、車内に戻り、ラジオをかけ、年末特番を流す。目に見えないナニカと乾杯して、胃に酒を流し込む。


「孤独に、変わってしまった俺自身に、乾杯」


毎年、この日に飲む酒が、世界で一番美味い。

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