受験生――E判定から始まる夢の創りかた――
@Azuki_Yuki
受験生――E判定から始まる夢の創りかた――
「ああぁぁぁぁぁ!もう駄目だぁ!お終いだぁ~~~」
私は叫びながら、机に広げた数学の参考書と真っ赤に染まったノートの上に突っ伏した。
思えば、お正月特有のゆったりまったりペースに飲まれたのがよくなかった。
何となく炬燵に入り、毎年恒例の駅伝を見ながら、〇〇選手イケメンだな~とか呑気にほざいてた自分を殴りたい。
おかげで私は、「共通テスト」まであと10日と迫ったこのタイミングで、盛大な“取り戻し”祭りだ。
「……志望校、下げようかな」
今の出来栄えでは合格する自信が1ミリもない。
周りの友達の中でも、志望校を下げてから、何となく明るくなったような子がいたっけ……。
「でもなぁー。下げるって言ってもなぁ……」
私は、机の上部に建てつけてある小さめの本棚から、大学のパンフレットを取り出す。
もう何度も読み返した文面の上に視線を泳がせた。
『城宝大学 マルチメディア学部 客員教授 大枝
「うーん。やっぱり、伝説のアナウンサー、大枝先生の授業受けたいもんなぁ~」
大学が家から電車で3駅という立地も幸いしていた。
しかも、この大学は日本でダントツ、一番多くアナウンサーを輩出している。
しかし、私が、(最近はさぼってしまったが……)学力という高い高い壁を叩き続けている本当の理由は大枝先生にあった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
13年前、歴史的にも類を見ないほどの巨大地震が起きた。
あの時はまだ子供で、怖かったけどどこか別世界の何かを見ている感覚だった。
なんか大変だなぁくらいに思ってた私の目に、当時局アナだった大枝先生が映った。
「要らないものは捨てなさい!迷うものも捨てなさい!本当に大切なものだけ抱えて逃げなさい!!」
テレビの向こうで何度も何度も叫ぶ大枝先生の強さに私は胸を打たれたのだ。
「わたしのゆめは、アナウンサーになることです」
その日から、私は口癖のようにずっと、自分にそう言い続けるようになった――。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
「よし!とにかく今はやるっきゃないない!!」
私は真っ赤に染まったノートをもう一度見直す。
間違いはその場で正せ、と学校でも塾でも、さんざん言われているのだ。
ガシガシと乱暴に頭を掻きながら、私はよくわからない世界を溺れそうになりながらがむしゃらに進んでいく。
「
一階から、お母さんが呼ぶ声が聞こえた。
そういえば、さっき呼ばれたときは待ってほしいとお願いしたのだった。
――ノートを赤く染めてる真っ最中だったから……。
私は、自虐的にフッと鼻を鳴らすと、参考書とノートを閉じて一階に向かった。
(私、アナウンサーになれるのかな……)
机から離れていく距離に比例して、私の不安は大きくなっていくように感じた。
「恵美!おはよー……って、大丈夫?元気なくない?」
翌日、塾の教室で、友達の
心配してくれるのは嬉しいが、正直、受験の悩みは同級生には相談しようがない。
朱莉も同じような悩みを抱えている者同士なのだ。
私は、努めて明るく応える。
「おはよ。全然、いつも通りだけど?あ、でも勉強タイヘンで寝不足かも~」
おどけたトーンで本気の悩みを入れてみた。
こうでもしないと、正直、ストレスで吐きそうになる……。
「あー。恵美の大学、偏差値高いもんねー。もう一つランク下げたら?西華大だって、アナウンサーになれる道あるでしょ」
自分はあんなに「志望校は下げない!構うな!」って秋まで息巻いてたのに、いざ下げたら今度は人に勧めてくるのか……。
「……受験って怖いなぁ~」
「ん?なんか言った?」
「別に、何でもない。それよりさぁ――」
この話題を続けていると、朱莉のことが好きじゃなくなりそうで、私は無理やり話題を変えた。
バフッ。
私はベッドに自分の身を投げ出す。
しばらく静止したのち、ムクッと起き上がり、塾からもらったA3判のやや厚い紙を取り出した。
『城宝大学 E判定 合格可能性 20%以下』
『西華大学 B判定 合格可能性 70%~80%』
並んでいる文字列の中でも、一際目立つ場所から目が離せない。
人並みに……いや、人並み以上に頑張っている、つもりだ。
アナウンサーは情報には敏感に、と大枝先生も本に書いていた。
私も、教室のみんなが話すことには意識的に耳を傾けている。
そのお陰なのか、声色でそれが嘘か本当かも何となくわかるようになった。
そして、みんなの話を聞いていても、私の努力が足りない、とはどうしても思えなかった。
「一体、私の何がダメなの……」
再びベッドに投げ出された体から、何かが抜けていくように感じた……。
「来週……」
私は、誰にともなく、空中に向かって呟く。
「来週の共通テストで一発逆転する!それしかないない!!」
私は、力なく空中に拳を振り上げたが、その手はすぐに下ろした。
溢れてくる涙が、止まらなかったから……。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
夕焼けが水平線の彼方に沈んでいく。
私は橋の欄干から、その様子を静かに眺めていた。
カサッ。
肩に掛けたバッグの中で、紙が擦れる音がやけに大きく聞こえた。
かじかみそうな手を動かしながら、バッグの中を漁る。
手に取ったのは、『共通テスト自己採点シート』と書かれた紙だった。
自分のサインと、担任の先生の印鑑が押されている。
自分だけじゃない、先生も一緒に自己採点をチェックするから、かなり現実に近い点数が並んでいた。
(城宝大学のボーダーは75%。西華大学は、65%)
もう何度も見た。何度も見たのだ。
それでも、私の目はスーッと一番下まで流れる。
『今野 恵美 合計 68%』
人生こんなものか、と半ば自暴自棄的に開き直る。
私の太陽も沈んでいくのだ。
夕焼け空が少しずつ暗くなっていく。
さっきまで自分のノートと重ねていた赤色の水面も、時期に墨をまいたように真っ黒になるだろう。
(大枝先生……。授業受けたかったなぁ)
大きく鼻をすすりながら、私は家路の途中を急ぐ。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
――なんで私はここにいるんだろう。
自分でも、自分の奇行に正直引いている。
目の前にあるのは伝統がありそうな、趣深い建物。
門の脇には大きく、『城宝大学』の文字が並ぶ。
さっきから守衛の人がチラチラと私を見ているのを感じる。
(やっぱ、不審者だよね~。制服で来たのは正解なのかどうなのか……)
あの夕日を見ながら結果を受け止めた夜はさすがに泣き腫らした。
そして、決心をつけるために、私はこの大学の前にやってきた。
もう一度見れば、諦めもつくかと思ったから……。
「うーん。そんなに変わんないかもなぁ」
結局、ただの奇行に走っただけだったかぁ、と思った矢先――。
「……あなた、受験生の子?今日は試験日じゃなくってよ?」
唐突に後ろから声をかけられた。
ビクッと肩を上げて恐る恐る振り向く。
「あ……あ……」
声が出せなかった。
両手が小刻みに震えているのを感じる。
私が微動だにしないでいると、その人はスッとピンク色のハンカチを差し出した。
「何か事情があるのかしら。私でよければお話、聞かせてくれる?――まずは涙を拭いて」
大枝先生は、そう言って優しく微笑んでくれた。
「――そう。テスト、ダメだったんだ……」
大学の門の前で声をかけられた私は、言われるがままに大枝先生についてこの研究室に通された。
見たことがない程、たくさんの本がずらりと並ぶ縦長の部屋。
整理された部屋を進み、衝立で仕切られた区画にあるソファを勧められた。
大枝先生は、これまでの私の話を真剣に聞いてくれた。
これが、情報に敏感であれ、という姿勢なのかと思いながら遂に最後まで話し終えた。
「目標を下げたり、諦めることって、辛いわよね」
でも――、と大枝先生は続ける。
「私はまだ、あなたの夢は何も終わっていないと思うわ!」
どういうことか分からなかった。
私の夢は、アナウンサーになること。
でも、大枝先生の授業を受けることも、私の夢だったのだ。
「あなた。自分の頑張りや、努力の仕方を、他人の物差しで決めてるでしょ」
他人の物差し、とは何だろうか。
「あの子よりは努力してる、してない。先生がこう言ってた、じゃあこうしよう。みたいな」
あぁ、と私は声を出さずリアクションで応答する。
今は、この先生の音だけを聞いていたい。
「それはね。誰かに作られた人生よ。本当のあなたらしい努力ではないわ」
対面に座る先生は、コーヒーを一口含む。
「アナウンサーっていうのはね――」
大枝先生は静かに語りだした。
「とても狭き門なのよ。民放なら数千人に1人。地方でも百人に1人。
常に自分をアピールし続けて、何度も練習と挫折を繰り返していくものなの。
それで、なったらなったで、ミスが許されないプレッシャーと日々戦いながら、
勉強する毎日が待っている――」
スッと大枝先生は私の目を見つめた。
「ここの小さな挫折で諦めるほど、小さくないのよ、あなたが掲げる夢は」
私は、甘かったんだろうか。
この大学に来て、この人の授業を受ければ、自然と夢は叶うと思っていた、かもしれない。
何度も挫折を繰り返しながら、それでもアタックし続けて、真っ赤な手でつかみ取るものなのかもしれない。
「だから、他人の物差しで測るをのやめて、“自分らしさ”で勝負しなさい。それが、アナウンサーになる第一歩よ」
「大枝先生……」
私は、ここに来るまで果たして何回泣いたのだろうか。
震える声を必死に抑え込んで、私は声を紡ぐ。
「大枝先生。私、頑張ります。誰かに作られたものじゃない。自分で創る夢、絶対に手放しません。絶対――」
向かいに座っていた先生は、私の隣で手を握ってくれた。
「ええ。なりたい自分になる。それだけは、忘れないで」
少し日が傾いてきたころ、私は城宝大学の門の前に立っていた。
「あ、あの。すみませんでした。私、先生にいっぱいお話してしまって……」
「いいのよ。私もお話できてよかったわ。頑張ってね!」
そう言って、大枝先生は私に小さな紙袋を差し出してきた。
「これ、何ですか?」
「開けてみて」
言われるがまま、ゴソゴソと中身を取り出す。
「キレイ……」
それは、黄色と水色のコントラストが美しいバレッタだった。
「それ、私がアナウンサー時代に特注で作ったんだけど、結局使えなかったの。良かったら、もらって」
「いいんですか。こんな、貴重なもの……」
「いいのいいの!私が持ってても仕方ないし!」
そう言って明るく笑う大枝先生に見送られ、私は紙袋を大切に抱えながら家路についた。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
桜の花びらが道行く人の背中を押している。
去年まで勤めていた大学からは、県を一つまたいだ少々辺鄙なところを走る車の後部座席に私は乗っている。
「お客さん、間もなく到着しますよ」
仏頂面だが運転は上手なタクシー運転手は私にそう告げた。
キッと、静かなブレーキ音を立てて車が停まったのは、ある建物の門の前。
看板は、書かれていることが分かる人間が、かろうじて読み取れほど痛み切っている。
『西華大学』
私が門のところで待っていると、ほどなくして髪の毛が薄い中年の男性が出迎えに来た。
「あぁ、ようこそ大枝先生。我が大学へ。私、大平と申します」
一通り、社交的な挨拶を済ませた後、大平と名乗る男性は私を部屋まで案内する。
「いやぁ~、それにしてもまさか先生がうちの大学に来てくださるなんて、驚きました」
「そんなに珍しいことでもないでしょう」
「いえいえ!うちにもアナウンサー志望の学生はいるんですが、まぁ……城宝大さんにいい子は行っちゃうというか……」
なるほど、この人は学生のモチベーションの話をしているのだな。
私は、春先に会った高校生の少女を思い出す。
(今は、元気になったかしら)
「あ、先生。こちらのお部屋をお使いください」
そう言って大平が通したのは、以前の部屋とあまり遜色がないところだった。
事前にお願いして、必要な書籍類は運び入れてもらっている。
「あの~、大枝先生。そんなわけなので、城宝大の時とちょっと勝手が違くなりそうで……」
「そうですか」
私は生返事をしながら窓の外を眺める。
新入生らしい一団が歩いてくるのが見えた。
あの子らが未来を創っていくのを手助けするのが私たちでしょうに……。
何気なく、私は新入生の一団を見下ろす。
そこで、私は見た。
黄色と水色のコントラストが美しいバレッタを。
「ふふ……」
「あの、大枝先生。何か、面白いものでも?」
私が急に笑い出したから、大平は困惑している。
無理もないか、でも、この瞬間、私の決意も固まった。
「大平さん。私、この大学から城宝大の誰にも負けない、素晴らしいアナウンサーを輩出させますわ」
「そ、それは頼もしいですね……」
久しぶりに、腕が鳴った。
自分も久しく忘れていた。
“夢を創る”瞬間に、今、私は気持ちの昂ぶりを全身で感じている。
受験生――E判定から始まる夢の創りかた―― @Azuki_Yuki
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