09.無力なるもの
事実として、レミアの調査ぶりは見事だった。
そんなあからさまなことをしては、と危ぶんだ俺だったが、レミア曰く、転属する時にリサに貰った本にそういう陰謀? を取り扱った物語があったから、という名目を使ったらしい。
こいつは『刺激的な物語本を読んで、それが現実でないか不安になってしまったロマンス女』を演じ、怪しまれぬよう情報を集めたのだ。
まず俺は、レミアがそういった演技のできることに驚いた。
次いで、それなりの情報を手に入れてきたことにも驚いた。
曰く、ゼファー・マクシミリアンが実は存在しない、という説については、配属以来直接に顔を合わせたことがないことを理由に、しばしば囁かれているものであったらしい。
もちろん、前提として俺たちは彼の実在を知っている。操士は皆彼に助けられた者ばかりだ。
だがその上で、時々恐ろしい怪談のように語られる。
もしかしたら、あの『英雄』は既に戦死してしまっていて、いつまでも戦いが終わらないのはそのせいではないか。
もしかしたら、あの『英雄』は複数存在していて、権威付けのために単独を装っているのではないか。
もしかしたら、もしかしたらもしかしたらもしかしたら――
「まあ、どれもサムエルの言ってる話とは違うと思う」
噴飯すべきか憤慨すべきか迷っていた俺に、レミアはそう言った。
「サムエルは慎重な人だったから、そういうのを信じてファレンに本気で話すっていうのは、ない」
「だな。俺もそう思う」
「で、大人が嘘をついているんじゃないか、っていうのは……」
「ああ」
「嘘かどうかは分からないんだけど、怪しい話は聞けた。基地員用の事務所、あるでしょ。あそこ、日によって警戒の度合いが違うみたい」
「事務所か……」
基地の中心はアルギアの格納庫と滑走カタパルトだ。そこに俺たちの寝泊まりする宿舎が面していて、それに対しL字型に食堂や訓練設備が建っており、そのさらに奥が事務所となる。
「普段から近付くなって言われてるけど……ふらっと近付いて、軽く注意されただけの人と、すごく怒られた人がいる」
「その差が日付なのか? 誰に見つかったとかでなく」
「そうみたい。大体、物資が運び込まれる日は、警戒が強い」
「それは当然ちゃ当然だが……」
ぼやきながらスコアシートを眺める。これも、サムエルから託された手がかりではある。
俺が元住んでいた所では考えられないほど上質な紙に記されたその記録表は、しかし見れども見れども書かれている以上の情報が浮かび上がることはない。
(一応これが持ち込まれるのも物資搬入と一緒だが……じゃあ、だから何だって話だしな)
「どう?」
「ん?」
レミアが、何かを促すようにじっと俺を見てきた。
「分かったでしょ、いろいろ」
――ここだ。
後から考えると、ここからの俺の発言がいけなかった。
「ああ、ありがとな。でも分かったことはそんなに多くないだろ」
俺はこの時、少しだけ彼女を見た後、またスコアシートに視線を戻したと思う。
「根拠のない噂話に、事務所の警戒が日によって違うと言われても、それのどこがどうなってサムエルの話と繋がる?」
「…………」
「やっぱ別の奴に相談するしかないかな……他に話せそうな奴は……」
「そう」
冷えた声音。
反射的に俺は顔を上げたが、レミアはもう踵を返し、その場から去っていっていた。
(なんだ……相変わらず気まぐれな奴だな)
その時の俺は、そうとしか思えず。
俺自身が『頼みごとをしておいて成果をおざなりにし、即別の奴に依頼する算段をつける恩知らず』になっていたことに気付くのは、レミアが目に見えて機嫌を損ね始めた翌日以降のことだった。
* *
(あの時ちゃんとありがとうも言ったし、気付いた時には謝ったってのに、トゲトゲしたのは相変わらずだ)
随伴していた2機が森へと潜り、
(さっきもレミアは助けてくれた。戦う時までずっとスネてる訳じゃない。だから……強くも言えない……!)
「ファレン、余計なこと考えてない?」
「考えてる! 戦闘外で思考を読むな!
「うん」
前方に白兵戦に長けた
妥当なのは、エイベルが言っていた戦法だ。
だがそうはしない。
俺にとっての最善手はそれではない。
(上方に膨らんで降下攻撃。牽制は緩急つけて上がったタイミングで誘う)
(異議なし)
随時に思考を共有し、レミアとの見解一致を確認しながら攻撃を続ける。
針を振るい、熱し印を刻みつけ、反撃をかわし距離を取る。普段よりも横にはブレず、敵よりやや上方の高度を維持。
(
レミアの思考を聞きながら、再度
(回り込まれそうか)
(ん。ちょっと危ないかも。位置取り優先おすすめ)
(だな)
レミアの誘導に沿い、攻撃をそこそこで引き上げ、位置調整に専念する。
簡単な話で、目の前の敵を
誰でも思いつく話だ。何度かやっていることでもある。だが実際にそれをアルギアでの機動戦で実現できるかというと、どうやら俺にしかできないらしい。
『シレッと言ってるけどなあ。お前実戦でそれやれるの、マジでおかしいからな……』
雑談の中で、そういえばこの前こんなことをした、と話題に出したところ、信じられないものを見る目を向けてきたエリオットの顔は、未だによく覚えている。
(
(あんまり私たちを撃てないから諦めた? それとも挟み撃ちに気付いたかな)
(どこだ)
(ここ)
相対位置情報が思考リンクで伝わってくる。一呼吸考えて。
(誘うか)
(撃たせるの? 危ないよ)
(そのぶん二人は安全になるし、場所も分かる。これが一番早い。やるぞ)
(わかった)
今までは後ろに引いていたタイミングで、更に
体勢的には
だが、これでいい。
(左腕と右脚の予備装甲を使う)
(感覚絞るね)
翅から噴き出す炎の量を左右でズラしながら、左肩を落とす。
自然、体勢が崩れる。視界は左下へと落ちていく。振り下ろされる
「ここだろ!」
ガキイィィイイン!!
激しい衝突音。と同時、右脚の予備装甲が弾け飛ぶ――狙い通り。
高度を下げつつ全身を左回転し右脚を振り上げ、脚に残った予備装甲を犠牲に
だが衝撃は来る。翅からの出力を絞っていたこともあり、高度は否応なく落ちる。
動かせるのは右脚の衝撃地点から離れた、頑強な大伝導管にて動かせる部位のみ。
すなわち、左腕。
(砲礫来る。大口径のやつ)
(だろうな)
レミアの共有してきた精緻な位置情報、
ただ左腕で防ぐだけでは駄目だ。
まず軌道予測。奴が狙うのは、
(首や腕は除き、胴左上30%の中央)
その後はどう受けるか。予備装甲の表面形状を思い出す。そしてその下、
(予備装甲は木っ端微塵でもいい。その下の装甲のダメージを最小にするには)
また左右の翅から異なる量の炎を噴き出しながら、体勢を調整。左肩は後ろに引いて、左腕を少しひねりながら胸前へ突き出す。
(よーく狙えよ……!)
ド ゥン!!
重い爆発音が地上から発せられ、
バギバッァン!!!
分厚く巨大な砲礫が
ドォ ン……
後方より着弾音。
砲礫の勢いを予備装甲で殺し、アルギア本来の昀鏻鉱装甲の上を滑らせるようにして受け流す。
できるだろうと思っていたことが、思っていた通りにできた。
肩の辺りに鈍い痛みがあり、おそらく大伝導管へ強い負荷がかかったようだ。が、装甲は無事だろう。正面から受けなければ、結構堪える。
(無事じゃない)
レミアが釘を刺す。動き続ける視界に、
(敵はどっちも健在だよ、のんきさん)
「ああ、今はな」
(今はまだ、ね)
だからこの瞬間、もう砲撃なんて気にすることなく、翼で斬りつけてきた
ほとんど同時に、
何もかも作戦通り。簡単なものだ。
(……こういうことばかりは上手くできるのにな)
赤撃の余波、熱気流と黒煙を受けながら、溜息を吐く。
(サムエルの言葉について調べるのも、レミアの機嫌を取るのも、まったく上手く行くもんじゃない)
「ファレン。また何か考えてる」
「考えてるよ、まったく……」
遠くから聞こえる、2機のアルギアの喜びの声も、昀鏻鉱の装甲をつるつる上滑りしているような、そんな気分だった。
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