探偵とはいえ父である

鈴木おわり

探偵とはいえ父である

 探偵とはいえ父である。

 華崎恵梨香を殺人犯だと指摘するわけにはいかなかった。

 娘に苦しい思いはさせたくない。どうしても、そう考えてしまうのだ。


 ここ半年ほど世間を騒がせている連続殺人事件。被害者はみな二十歳前後の女性で、美人ぞろいといって過言ではなかった。彼女らは決まってナイフで首を切り裂かれていた。どの死体も不思議と官能的で、蒼白になった彼女らの死顔はいやに艶やかに見えたという。

 現場は不必要に乱れておらず、一切の手がかりもなく、あまりに美しい犯行だった。こんなことをできる人間はそういない。警察は、同一犯によるもので間違いないと考えていた。

 私の探偵事務所に山崎警部から話が持ち込まれたのは、二か月前のことだった。

「お久しぶりです、滝村先生」

「ニュースは見ていたよ。苦戦しているようじゃないか」

 お恥ずかしい限りで、と頭を掻く山崎警部。

「言い訳するようでアレですけどね。これだけ犯行を重ねながら犯人のやつ、みごとに手がかりを残していない。相当のやり手と思ってください」

「ほう、それは面白い。名探偵対名犯人ということになるのかな」

「自分で言うんですか、それ」

 山崎警部はげんなりしたような顔をするが、私が有能な探偵であることは自分自身が一番よく知っている。データがそろえばたちまち真相を見抜く。神のごとき名探偵というにふさわしい存在、それが私だ。

「さっそく捜査に乗り出そうじゃないか。私にも娘がいるからね。他人事じゃない。資料は持ってきてくれているんだろうね?」

「そうくると思っていましたよ」

 山崎警部は鞄をごそごそやり、書類を取り出した。

 私は受け取ったそれらをぺらぺらめくり、ざっと概要を確認する。

「ちゃんと容疑者もリストアップされている。一応、捜査はカタチにはなっているようだ」

「ええ。そうはいっても決め手はなにもありませんがね。正直言って、それらしい人物をただ列挙しているだけとも言えます」

 なるほど。期待のしすぎは禁物のようだ。

 名前が挙がっているのは、被害者と深い関係にあった人々だ。

「生前の被害者とトラブルがあったり、怨恨が考えられそうな人たちを多くピックアップしています」

「怨恨の線は薄い気がするがな」

 山崎警部の言葉に、私は即座に反論した。資料の中から現場写真を探し出して、まじまじと見る。私の直感は確信に変わりつつあった。

「恨みのある人間を、私ならこんなに美しく殺さない。犯人は自分の犯行を芸術作品と考えているタイプさ。被害者たちはあくまで素材――身も蓋もない言い方になるが、彼女たちはただ容姿がいいから、生贄に選ばれたのだ」

 ごくりと山崎警部ののどが鳴った。心なしか顔色が悪く見える。

「さて、そうするとこの容疑者リストからもかなりの人間が消えてしまうね」

 わかりやすくなるように、私はリストから除外してよさそうな名前を見つけてはボールペンでバツをつけていった。

 その名前を見つけたのはそんな時だった。

 思わず手を止めてしまった私に、山崎警部がどうかしましたか、と不思議そうに訊ねてくる。

「いや、なんでもない」

 私としたことが、驚きを顔に出してしまった。しかしこればかりは仕方ない。あまりに想定外だった。

 華崎恵梨香。

 それは私の娘の名前だ。


 第一の被害者の親友。

 それが華崎恵梨香の位置づけだった。

被害者との間にこれといった問題があった形跡はない。ただ、彼女らはまるで恋人同士のように仲が良く、常に一緒にいたという。この話は聞き取り調査の度に幾度も持ち上がり、なにか事件への関与があるのではないか、と疑われたらしい。

 私の推理――一連の事件は芸術家気取りの異常者による犯行である、が正しいと仮定した場合、こんな推測が成り立つ。

 被害者の美貌に常々惹かれていた華崎恵梨香は、彼女を美しく殺すことを思い立つ。衝動的なものだったのか、それとも綿密に計画を練ったのかはわからない。とにかく第一の殺人はそうして起こった。

 一度殺しの快楽を覚えてしまった彼女は、もう止まらない。次々と美しいターゲットを見つけては、夜な夜な作品づくりを続けていくことになるのだった……。


 私はすぐに華崎恵梨香の身辺を調査した。

 そして、名探偵たる私はすぐに思い至る。やはり彼女が殺人鬼だ。決定的な証拠はまだ見つからないが、あらゆる推理が、犯人は彼女だと指し示していた。

 私はさっそく華崎恵梨香とコンタクトをとった。

 こちらが事件の調査をしていることを感づかれてはならない。あくまで自然な会話を心がける。そのなかにそっと罠を張り、彼女の様子を観察し続けた。

 そんなわけだから、私と彼女の会話はほとんどがたわいのないものばかりだ。

 たとえば評判のスイーツショップに赴いて、

「そっちはおいしい?」

「俺には甘すぎるな……、よかったら残りいらないか?」

「やった! でも、しばらくカロリー気をつけなくちゃ」

 なんてカップルめいたやりとりで、甘いひと時を過ごしたこともあった。

 華崎恵梨香はアートが好きだったから、美術館にも足を運んだ。

「俺にはさっぱりわからん」

「信じらんない! わたしなんてあの絵の前で圧倒されちゃって、しばらく身動き取れなかったんだから」

「どおりで待たされたわけだよ」

 ごめんごめん、と彼女は苦笑いをする。

 私はここで矢を放った。

「美しい女性の死体の絵があっただろ。ああいうのはどう思ったんだ? 怖かったりはしないのか」

 彼女は瞬間、顔をこわばらせたように見えた。けれどすぐに笑顔に戻るから、私にはあの一瞬の表情が、目の錯覚だったのではないかと思えてくる。

 華崎恵梨香が殺人鬼であるということに、私は確信を持っている。しかし私にとってそれはどうしても受け入れがたいことであり、間違いであってくれと、祈るように言葉を投げるのだ。

 彼女の返答は、やはり私を惑わせる。

「たしかにぞっとした。でも、鳥肌が立つくらい綺麗だった」

 そう言って挑発的なほほえみを私に見せつけるのだ。


 こんなふうに私たちは何度も会った。

 その間も連続殺人の犠牲者は増え続け、警察は捜査体制をいっそう厳しくした。

 私は警察に、華崎恵梨香の話はなにもしていない。

 探偵失格の誹りを免れないだろう。それでもたった一人の娘――恵梨香のことを考えると、とても無理だったのだ。

 私と元妻の華崎しおりは、もう離婚して十年になる。

 恵梨香がしおりに引き取られてからも、私と恵梨香は月に一度、会うのを許された。しおりへの愛情はなくなっても、恵梨香はいつまでも愛しかった。月並みな表現だが、私の宝だ。目に入れてもちっとも痛くない。

 恵梨香は今年高校生になり、じつに魅力的な女性に成長していた。彼女を目にするたび、私は何度もあらぬ不安に襲われた。世の父親は皆こんな思いをするのだろうか。いや、やはり恵梨香は特別な気がする。はたから見れば立派な親馬鹿だろうが、私はいたって真剣だった。

 まさか、こんな形で彼女を心配するハメになるとは夢にも思っていなかったのだが。

 どうすればいい。私は事態を解決するために、どう動くのが適切か。どんなトリックだって見破る私にも、これは難問だった。

 その日、一晩悩み抜いて、私はひとつの覚悟を決めた。


 中年の男がひとりでジュエリーショップに入るのは、やはり気が引ける。仕事では様々な修羅場に立ち入ったが、それらのほうがまだマシだった。周りの客の目が刺さる。

「本日は贈り物ですか?」

 駆け寄ってきた店員が質問する。この客はどれだけ金を落としそうか、窺う魂胆が見え見えだ。

 すこし躊躇った後、私はこう言おうとした。

 プロポーズをするために、指輪を買いにきたんです。

 しかし、私が口を開くより先に、言葉を発したものがいた。よく知る声だ。だけどなぜ。ここに彼女がいるはずがない。

「夫があたしに指輪を買ってくれるというんです」

 にこやかに店員に話しかけるしおりの姿を、私は信じられない思いで見つめていた。


「どういうつもりだ」

あれこれ売りつけようとする店員をなんとかかわし、早々にジュエリーショップを切り上げた我々は、近くの喫茶店に腰を落ち着けた。

コーヒーを口に含むと、私は切り出した。

「あなたの考えていることなんてわかっているのよ。なにせあたしも名探偵なんだから」

 フラペチーノを飲みながら、元妻は面白くもなさそうに言った。

 私たちは夫婦で探偵業を営んでいた。私も、しおりも、名探偵として申し分のない資質があった。鋭い観察眼と洞察力を持ち、時に見たくもない現実を目の当たりにする人生を歩んできた我々は、はじめて出会ったとき、最高の理解者を得たと思った。結婚までそう時間はかからなかった。

 ところが、幸せな日々は長く続かなかった。我々は、お互いのことを見えすぎるのだ。夫婦生活には相手へのちょっとした不満などつきものだ。普通の夫婦なら、そういう部分をある程度隠して、どうにかうまくやっていくのだろう。でも我々にはそれができない。隠そうとしても、お互い勝手に見抜いてしまうのだから。

 娘の恵梨香と離れ離れになるのはとてもつらい決断だったが、我々が夫婦生活を営み続けるのも耐え難かった。その頃にはもう、お互いが相手のことをどう考えているのか、裏を読みあうばかりの暮らしだった。家庭にいても心は休まらず、仕事でも顔を合わせる毎日に、このままでは心が壊れてしまうと思った。心から相手を嫌いになったわけではない。けれど自衛のために、別れるしかなかったのだ。今でもこの選択は、間違っていなかったはずだと思う。

 とにかく重要なのは、しおりもまたすぐれた名探偵であるという事実だ。

「まさか、お前も犯人に気がついているのか?」

 私は一段声を低くして、訊いた。

「華崎恵梨香。間違いなく彼女が犯人ね」

 寸分の迷いもなくしおりは答えた。

「けど驚いたわ。彼女を追い始めたら、あなたがもう接触しているんだもの。しかも、何度もデートなんかしちゃって。今はああいう娘がタイプなわけ?」

「馬鹿を言うな!」

 つい大声になってしまう。

 しおりはつまらなそうに、冗談よ、と言った。

「だから、あなたの考えなんて手に取るようにわかっているのよ。あなた、恵梨香――あたしたちの娘のために、犯人――華崎恵梨香と結婚しようと思っているんでしょ」

 やはりしおりは名探偵だ。的確に私の考えを読んでいる。そのとおりだ、と私は白旗を上げる。

今回の連続殺人事件は、報道の扱いも大々的で、日本中の注目の的といっていい。

そんな事件の犯人と、娘が同姓同名であることに気がついて、私は動揺を隠せなかった。

華崎恵梨香が逮捕されれば、彼女の名前は全国に知れ渡るだろう。

 もちろん娘になんの非があるわけでもない。しかし、世間の目はどうだろう。稀代の殺人鬼と同じ名を持つ彼女は、時に冷たい目で見られ、いじめのターゲットになることだって考えられる。恵梨香は高校生になったばかりで就職も数年先だ。その時、この名前のせいで不利になることはないだろうか。まさか恵梨香が犯人だと思われることはなかろうが、心証としてマイナスなものになりかねない。ほかにも、結婚するときはどうだ。呪わしい名前を持った彼女は、相手の家族に敬遠されはしないか。

いざとなったら恵梨香の姓を私の姓――滝村に戻してもらうことも考えた。けれど、これまで彼女は長らく華崎恵梨香として生きているのだ。それを急に変えるとなると苦労も多いだろう。

とにかく、こんな事件のせいで、娘が少しでも不利益を被ることが許せなかった。

 私は事件の捜査依頼を受けてから、華崎恵梨香の正体を見極めるため、偶然を装って彼女に近づいた。彼女に気がある風をよそおい、デートを重ねた。そんな中、彼女への疑いは確信に変わる。どうすればいい。どうすれば私は娘を守ることができる。

 考え抜いた私の結論はこうだ。華崎恵梨香の名前を変えてしまえばいい。

 幸い、華崎恵梨香は私に好意を持ってくれていた。どうやら彼女はバイセクシャルのようだった。そして彼女は、結婚を考えてもおかしくない年齢である。

 プロポーズしよう。現在、日本の法制度では夫婦は同姓を名乗る必要がある。入籍して、彼女の姓を私の姓に変えてもらえば、一件落着だ。

彼女はいずれ逮捕され、名前は大々的に報道される。

 しかしその時、彼女の名前は華崎恵梨香ではない。

 私の姓を取って――滝村恵梨香に変わっているのだ。

 恵梨香には、迷惑が掛からずに済む。

 自分が殺人犯の夫になることに、迷いはあった。それでも恵梨香のためなら、やり遂げてみせる。一晩悩んだ私は、その決意を胸に秘め、指輪を買いに繰り出したわけだ。

「取り越し苦労よ、それ。残念だけどね」

 元妻はしかし、憐れむような目で私を見る。

「言ったじゃない。夫が指輪を買ってくれるって」

「え?」

「ちょうど伝えたいなと思っていたところなの。あたしね、再婚するのよ」

 一瞬、世界が無音になった。

 頭脳明晰なはずの私だが、理解がすぐに追いつかない。

再婚?

言葉の意味が飲み込めると、今度は疑問があふれ出した。

 誰と? いつ? どんなやつなんだ? どこで知り合った? 収入は? 恵梨香はどう思っている?

 私は、どうなるんだ?

「恵梨香も喜んでくれているの。それであたしたち、もうすぐ苗字が変わる。華崎恵梨香のことは心配しなくていいわ」

 私は声を出せずにいる。

 なにを言えばいいのか、どうしてもわからないのだ。

「とってもいい人なの。ちょっと鈍感だけどね。でも、それがいい。あたしたちでは無理だった関係なの」

 私たちの短い結婚生活を思い返した。

 お互いの思考を読みあってしまい、苦しかった毎日。

 新しい旦那とは、きっと正反対の暮らしができるのだろう。いろいろなことにすぐ気がつくしおりは、うまく旦那を立てるに違いない。彼女なりの、新しい理想の家庭を築いていくのだ。

目の前の元妻は、どこか照れくさそうで、けれど心底幸せそうな表情だ。

 その顔を見て、私はやっと、おめでとうを言えた。

 私はまだ、しおりに未練があったんだな。自分でも意外だった気持ちに蓋をして、精いっぱいの笑顔を作る。


 さて、こうなったら私がするべきことはひとつ。

 連続殺人犯、華崎恵梨香と決着をつけるのだ。もう野放しにはできない。一刻も早く彼女を逮捕する。

 困ったことに、彼女の犯行を示す決定的な証拠はない。

 そこで私は、彼女の持ち物に発信器を仕掛けていた。深夜、人気のない場所に彼女が繰り出しでもしたら、犯行の合図だ。私はそこに駆け付けて、凶行に走る彼女を現行犯逮捕するのだ。

 その日はすぐにやってきた。

 平日の深夜だった。仕事を終えた華崎恵梨香は帰宅すると、しばらく動く気配はなかった。しかし日付が変わるころ、彼女は唐突に家を出る。飲みに行く、という様子ではない。繁華街とは逆方向へ向かっていたからだ。

 それを察知した私は、急いで家を飛び出した。

 タクシーを拾い、スマホの画面とにらめっこをしながら、発信器の位置を追う。

 そのあたりは大きな自然公園があり、夜間は滅多に人が通らない。街灯も少なく、犯行にはうってつけといえた。

 彼女に気がつかれぬよう少し手前でタクシーを降りた。しんとした闇夜の中を、耳を澄ませて歩いていく。

 かすかに人の声が聞こえ、足早にそちらへ向かう。

ビンゴ。聞き覚えのある声だ。間違いない。華崎恵梨香の声。

彼女ともうひとりの女性の声が、言い争っている。私はたまらず駆け出した。

 近づくにつれ、声はより鮮明になる。

まだ私の存在は気がつかれていない。

 もうひとりの「やめて!」という甲高い叫び声が耳に飛び込んだ瞬間、私の鼓動は大きく跳ねた。

 この声も、私はよく知っている。

 なんということだ。こんなことが起こりうるのか。

 これは娘の――恵梨香の声だ。

 ふたりの華崎恵梨香が、いま対峙しているのだ。

 どっと全身から汗が噴き出す。もう慎重になど動けない。音も気にせず、がむしゃらに私は走る、走る、走る。

「そこまでだ! 動くな!」

 腹の底から声を発した。

 全力疾走のまま止まれなくなった私は、びくりと止まったふたりの影に勢いよく飛び込んでいく。

 私は華崎恵梨香に思い切りタックルをした。その拍子に、彼女の手からナイフがはじけ飛ぶ。その刃はまだ、赤く染まってはいない。

 ――間に合った。

 心の内で安堵しながら、私たちは地面に倒れこんだ。

「観念しろ、もうすぐここに警察が来る」

 私はすばやく立ち上がると、華崎恵梨香の上半身を抑えこんだ。

「滝村さん……どうして」

「パパ! 来てくれたの!」

 ふたりの恵梨香はそれぞれ声を上げたかと思うと、顔を見合わせ、たちまち困惑した顔つきになった。

 それはそうだろう。彼女らはお互い、私との関係性を知らないのだから。

 私の娘――恵梨香はたしかに美しい。身内びいきを差し引いても、間違いのない事実だと思う。

 それにしても、まさか。恵梨香が殺人のターゲットになるなんて思いもしなかった。

 なまじ犯人と同姓同名であるという運命のいたずらのせいで、これ以上の偶然が起きるとは思えなかったのだ。

 無事で本当に良かった。私が関与しておきながら恵梨香の身になにかあったら、あやうくしおりに顔向けができなくなるところだった。

 事前に連絡をしておいた山崎警部がやがて到着し、華崎恵梨香は現行犯逮捕された。ついに連続殺人事件は幕を下ろしたのだ。


 私と恵梨香はその後、警察署でみっちり事情聴取を受けるハメになった。

 帰るころにはもう朝で、よく晴れた空がまぶしい。

私は仕事柄慣れっこだったが、恵梨香は疲労困憊の様子でよろよろと歩いている。

道すがら、私は訊いた。

「なあ、どうして恵梨香は華崎恵梨香――ややこしいな、犯人の華崎恵梨香に目を付けられたんだ? どこかで知り合っていたのか? それともたまたま、声をかけられたとか?」

「わたしがどうして狙われたのかって? ちがうちがう。自分からぶつかっていったのよ」

 恵梨香の返答は想定外のものだった。

「わたしを誰だと思っているの? パパとママの娘だよ? 自分で推理して、あの人が犯人だって突き止めたの。それであの人のことを追っかけていたら、まあ、返り討ちに遭うところだったというか」

 バツが悪そうにもごもごと続ける。

 確かに褒められた話じゃない。一歩遅かったら、恵梨香はもうこの世にいなかったかもしれないのだ。

 想像するだけで背筋が凍る。お前はまだ子供だ。無茶はしないで、しかるべき大人に相談しろ、と叱りたかった。私でも、しおりでも、なんなら新しく父親になる男にでもかまわない。

 しかし同時に、不思議な愉快さが私の心を満たしていた。

 そうか、お前も自力で犯人にたどり着いたのか。

 まぎれもなくお前は、私としおりの子供だ。その実感が妙にうれしかった。

「今は怒らないよ。とにかく、無事でよかった」

 私は恵梨香を抱きしめた。こんなふうにするのはいつ以来だろう。

 恵梨香はびっくりするように固まっていたが、すぐに私を抱き返してくれた。

「ねえパパ。ママの再婚の話聞いたんでしょ?」

「ん。まあな」

「さみしいんだ」

「馬鹿言え。相手はいい奴だって聞いたぞ。めでたいじゃないか」

 私は面食らいながらも答える。

「無理しないの。わたしさ、なにせ名探偵だから。こういう心の機微もずばり見抜いちゃうんだよね」

 恵梨香は私を抱く手にいっそう力を込めた。

「確かに新しいパパもいい人だよ。わたしの苗字も変わる。でも、パパも変わらずパパだから。大丈夫。わたしはずっと家族だって思っているよ」

「……ありがとう」

 しおりと暮らしていたころ、心の内を見抜かれるのが苦痛だった。それで私たちは夫婦関係を解消した。

 けれど今、見抜かれて、心地よいと思った。これまでにない新しい感情だった。

 私はいつまでも恵梨香のことを抱きしめながら、まだまだやっていける、探偵も捨てたもんじゃないぞ、と誇らしい気持ちになっていた。

 私は探偵で、そして父である。


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