松陰が持ち帰った概念(盛大な誤解)

松陰の話す新しい言葉は、

当時の日本人にはだいたいズレて伝わった。


デモクラシー

松陰は「民が主役だ」と説いたが、志士たちはそれを「みんなで集まって死ぬまで喋り倒すこと」だと理解した。


結果: 斬り合いを止め、料亭にこもって朝まで討論を続ける者が続出。喉を潰す者が相次ぎ、幕末の動乱は「声の大きさ」を競う場へと変質した。


ロジカルシンキング

松陰は「論理(路地)で考えよ」と説いたが、志士たちはそれを「相手を論理の路地裏に追い込み、心を禁固する精神攻撃」だと理解した。


結果: 斬り合いの前に「貴殿の主張は前提が崩れている」と詰め寄る者が続出。刀で斬られるより精神的ダメージが大きく、論破されたショックで寝込む志士が相次いだ。


契約

松陰は「書面での合意」を説いたが、志士たちはそれを「裏切れば言い訳無用で魂が呪われる、逃げ場のない契約」だと理解した。


結果: 飲み会の遅刻すら「書面違反」として切腹を迫るほど几帳面な集団に変貌。あまりに条件が細かすぎて、誰も怖くて新しい約束ができなくなり、倒幕の計画が1ミリも進まなくなった。


結果、

幕末にはこんな志士が増える。


行動の前に理由を説明する


決起文が異様に長い


負けた時の責任配分を先に議論する


ー桜田門外の変が、消えてなくなった世界線ー


議論は続いた。


「決行理由の整理」


「後世への説明責任」


「失敗時の責任分担」


志士たちは、

もはや刀を持つ集団というより、

危険な思想サークルになっていた。


その間に、

誰かが書いた草案が外に漏れた。


理由は単純である。


清書を頼んだ知人が多すぎた


説明が長すぎて、話を聞いた者が増えた


「念のため共有」が繰り返された


結果、

計画は井伊直弼の耳に入る。


決起当日。

桜田門前には雪が降っていた。


だが、


警備は増員


行列は間隔を空け


不審者は早々に排除


襲撃は、起きなかった。


後日、

井伊直弼はこう語ったとされる。

「刀は怖くない。

だが、理由を語りたがる者は、必ず増える」


その後、しばらくして


井伊直弼は生き延び、幕府はかつてないほどの「効率的な大粛清」を開始する。


かつての安政の大獄と違い、幕府側に迷いはなかった。


なぜなら、革命派の志士たちは議論を重ねるうちに、自分たちの正義を証明しようとして、


誰が、どこで、どんな危険思想を持っているかを、自ら丁寧に文書化してしまっていたからである。


「念のため共有」されたはずの議事録。


「後世への説明」のためにまとめられた組織図。 「責任の所在」を明確にするために署名された連判状。


これらすべてが、井伊直弼の耳には「最高に分かりやすい処刑リスト」として届いた。


志士たちは、料亭で熱い討論を交わしている最中に、次々と踏み込まれた。


捕縛される志士たちは、連行されるその瞬間まで、


「この拘束に正当な根拠はあるのか!」


「まずは議論を尽くすべきだ!」


と叫んだが、幕府の役人は何も答えず、ただ淡々と彼らを連れ去っていった。


志士たちは、刀を抜く暇もなく、弁明だけが上手くなっていった。


こうして、理屈で武装したはずの革命派は、自らが生み出した情報の山に埋もれて姿を消した。


そしてついに、その「元凶」である吉田松陰が刑場に引き出される。


並の志士なら辞世の句を詠む場面だが、松陰だけは違った。彼は目の前に据えられた断頭台(あるいは斬首の太刀)をじっと凝視し、執行を待つ役人に向かって、穏やかな、しかし逃げ場のないトーンでこう語りかけた。


「役人殿、執行の前に一つ確認させてください。この刃の角度ですが……果たして処刑効率の観点から最適化されているのでしょうか? 頸椎の構造と重力加速度の相関関係に鑑みるに、あと15度ほど傾斜をつけた方が、私の『納得感』も高まるのですが。」


あまりに場違いな「フィードバック」を前に、役人は刀を握ったまま、生まれて初めて「殺意の正当性」を見失い、ただ困惑して立ち尽くすしかなかった。


松陰の首が落ちるその瞬間まで、彼の口は止まらなかった。


「……あぁ、なるほど。その角度での強行突破ですか。それはそれで、一つの『意思決定』ですね。大変勉強になります」


ーその後(終わらないディスカッションと、全員参加の朝生ガバナンス)


その後、日本はまだ刀を振り回す時代を続けていたが、その「口」だけは、奇妙なほどに時代を先取りしていた。


己の主張を磨き、相手の矛盾を突き、完璧な説明責任を果たそうとする。 しかし、その洗練されたはずの「口」が、皮肉にも志士たちの行動力を奪い、自らの命を刈り取る刃となってしまったことに、最後まで誰も気づくことはなかった。


理屈でがんじがらめになったこの国では、誰一人として「結論」という名の荒波に漕ぎ出す勇気を持てなかったのである。


かつて歴史を動かしたはずの情熱は、果てしない修正案と議事録の山に埋もれ、日本はただ静かに停滞した。


夜明けを告げるはずの声は、いつしか空虚な「議論のための議論」へと消え入り――。


明治維新は、大幅に遅れましたとさ。


次なる物語はこちら

【もし吉田松陰が黒船でアメリカに渡り、帰ってきていたらー黒船再訪】


次章では視点を変え、

黒船再訪時のペリー提督の側から描く。


かつて

「開国か、艦砲射撃か」

という単純明快な二択で世界を動かしてきた男が、

日本人の終わらないロジックと会議体に、

徐々に精神を削られていく物語。


幕末の混乱より複雑な「現代の手続き」を攻略したい方は、こちらをご覧ください。

https://note.com/sane_sage1628/n/n6408a901df96

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もし吉田松陰が黒船でアメリカに渡り、帰ってきていたら― 日本は「議論」で滅びていた @tyatyauran

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