年末年始

久遠

年末年始のチカイ



神様というカミサマを片っ端からスリッパで引っ叩きたい。

寺の鐘をタコ殴りしてガンガン打ち鳴らしてやりたい。


だいたい、神も仏も一体どこにいるんだ?

捨てる神あれば拾う神ありって格言だってあるじゃないか。迷える子羊が今ここで必死に鳴き叫んでるのに、どうしてこの声が聞こえない?


だらだら呑んだ酒を抜こうと出た散歩の途中、通りかかった神社の前には長い列が出来ていた。社務所の前は、お守りや絵馬を買い求める人だかりになっている。

普段は閑散とした神社なのに大盛況だ。

拝殿に向かう人々は寒さに体を縮めながらそれなりにきちんとした装いで集まっている。

変則的に清々しく響く本坪鈴の音。

鈴緒を左右に揺らし、丁寧に手を打つ人の後ろ姿が妙に真っ当に見えてただただ眩しい。


あぁ。いいなぁ。


そう感じる純粋な心の声を即座に打ち消したのは、そう言ってしまったら今よりもっと自分が惨めになる気がした。


本殿を向こうに華やかな人だかりは、とどまることを知らない。近くに並ぶ露店からは焼けたソースの香ばしい香りが漂ってくる。こんな日は馬鹿げた値段でも飛ぶように売れるんだろう。


願いをかける人達が並ぶ先もそれは同じらしい。小銭どころか札まで投げてる奴がいる。

なんだあいつ。箱に投げる金があるならこっちにくれよ。どこの財閥野郎だ。

乱歩の人間椅子みたいに賽銭箱になって放り込まれる金を全部ふんだくってやりたい。

大枚をはたけばどんな願いでも叶えられるわけじゃないだろ。

おまえら、三が日だけカミサマカミサマ頼りやがって。通常モードの日常で雪の中並んでまで参拝することなんてないくせに。

酔いも手伝って、日頃温厚なはずの俺の心には悪態しか出てこなかった。


そもそも神様だって、姿も見せずに黙りこくってるだけであんな有り難がれるなんざあこぎな商売だ。どんな面の皮してる、見せてみろ。

おまけに世界各地あちこちに神様いすぎなんだよ。なにげに覇権争いしてんじゃねぇよ。

本殿を見やる俺の目は傍目に見てもさぞ濁っていることだろう。

ばかやろう、このやろう、けたくそわるい。

俺の人生どうなってんだ。

これからどうなるんだ。


どうなるんだ。




年末からの俺は散々だった。

ひと月分の生活費が入った財布を駅前で落とした。真っ青になって警察に届けたけれど、そっけない一枚の書類を書かされただけで音沙汰がない。


クリスマス前から不協和音を醸していた彼女は既読スルーの日々を重ねたのち、大晦日あっけなくLINEブロックされた。


飼っている猫の腹具合までがおかしい。ティッシュ箱片手に猫を追い回し、ひやひやしている。なにより物言わぬやつが心配でたまらなくて、睡眠不足の毎日。


気を抜いたら泣き出しそうな自分を発泡酒で励まし、日本酒で支えた。でもなんの解決にもならない。酒臭い溜息は自分を余計に息苦しくさせた。ああ、畜生。この迷路の出口はどこだ?




不意に、ひときわ大きく本坪鈴が鳴る。

突然耳元で鳴り響いた気がして、思わず顔を上げた。


目を向けた参拝の行列の向こうで父親に抱かれて体を乗り出した小さな白い手が、銀色の小銭を綺麗に放った。御神木を境に斜めに入った陽射しの下で、放られた硬貨がきらりと光る。

木にぶつかる小気味いい音を立て、小銭が賽銭箱に落ちた。


『おね、がい、しまーあす!』


舌足らずの声。

さざめくように笑う周囲の大人。

若い母親らしき人が子供を抱いた夫と目を合わせ、微笑みながら受け取った鈴緒を軽やかに揺らす。



胸の奥でなにか光った。



子供の頃、家族で初めて来た氏神さまの初詣を思い出す。深夜の神宮の厳かな雰囲気に気圧され、母の手をぎゅっと握ると、母はにこっと微笑んだ。父親から手渡された見慣れた硬貨が、特別なものみたいに思えた。

最前列になるまで落とさないようにしっかり握りしめ、大きな賽銭箱に投げ入れる瞬間、年端もいかない俺は、深く、強く、確かに願った。


「みんな、しあわせでいられますように」。




小さくて真っ白で、いかにも柔らかそうな小さな無垢な手が、本殿に向かって勢いよく振っている。




そうか。

そうだった。



賽銭箱に放られているのは金じゃない。

あれは「願い」だ。


形も色もそれぞれの、そこにある確かな願い。どんな願いにもそれぞれの人生とそこを生きる人の葛藤が込められている。

それぞれがみな毎日を必死に、今日のこの瞬間まで生きている。大人になればなるほど知る、たわんだ気持ちを奮い立たせながら、俺達は生きている。



「みんな、しあわせでいられますように」。





境内に佇む木の枝は白いおみくじが結ばれていた。去年の今時同じ光景の中で、「お花咲いてるみたいね」と笑った彼女の笑顔をリアルに思い出して、泣きそうになる。

あの時、なんて答えただろう。

笑い返すことすらしなかった自分から目を背けたかった。


炎が凪いだ薪が僅かな風で再び灯りと熱を取り戻すみたいに、この心のどこかに火種が残っていないだろうか。


自分以外を思いやる気持ち。

想像する強さと優しさ。

そして、愛おしいものに愛おしいと伝えられる幸福。

堰き止められないほどの思いで溺れそうになって、思わず両手で顔を覆う。


ああ、俺は。

何かにすがりつくばかりの自分じゃなくて、誰かにすがりつかれるような人間になりたいんだ。


本殿に潜む神様に向かって願いを込める人々の視線の先。こんな風にその瞬間の精一杯で一心に見つめられ、強い願いを託されるような人間になりたい。誰かにとってのたったひとりになりたい。ずっとそう思っている。なのに。


気づけばふらふらと拝殿の列についていた。

コンビニで出すつもりだった小銭をポケットの中でかき集め、精一杯背筋を伸ばした。真っ直ぐ前を向いて割れた唇を噛み締めながら参拝の順番を待つ。


鈴緒を両手でしっかり持ち、正面をしっかりと見据える。


神様、俺のこと、見えますか。

神様、どうか、あなたがちゃんとそこに居ますように。

てんでばらばらの幾多の願いを受け止めるの大変だろうけど、でもどうか、数多の願いの先にあなたが肝を据えてそこにいてくれますように。

そして来年ここに来る俺が、あなたみたいに、誰かに頼られる存在になれていますように。




澄み渡った青い空は大人の社会じゃ早々見られるものじゃないことを知っている。

だけど、自分の心向き次第で似た場所に身をおける事も知っている。

参拝を済ませると、体の中の空気が少し入れ替わった気がした。


しっかりしろ。

新しい1年は始まったばかりだ。


帰ろう。

家に帰って、猫の名前を呼んで、ゆっくり撫でてやろう。そしてふたりで眠ろう。

明日をきちんと生きよう。


冷えた青空を仰いで吐いた息が、ほわりとしたかたまりになって宙に白く残る。

神様のため息なのか、自分の吐いた息なのかわからないけど、今、自分が生きている証がここにあった。 
























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年末年始 久遠 @sizukotemu

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