ボールペン戦記

蒼川睦弓(むゆ)

ボールペン戦記

「……あれ?

どこ、やったっけ……?」


そう言いながら、

胸ポケットや机の上を探したことが、

貴様たちにも一度くらいは

あるのではないか。


そう。

貴様たちにも、

こんな経験があるだろう。


“ボールペンが行方不明になる”

という怪異だ。


バッグに入れていたはずなのに、

見当たらない。


誰かに貸した気もするが、

誰だったか思い出せない。


はたまた、

どこかに置いてきたのか。


──貴様たちは、

それを

だけだと、思っているかもしれない。


だが、

本当は違っている。


私は、貴様たち人間がこぞって呼ぶ

「ボールペン」というやつだ。


本当は名前もあるというのに、

お前たちは皆、一緒くたに呼ぶ。

なんと失礼な連中だ。


私の名は、

ボールペイン・バルパンタス・カメリアール・ロゼリオット・

インクルシア・ヴァルガノス・アルティメット・N2世。


長い名前だと?

当たり前だろう。


私と同じ種族がこの世界に

何万本、いや、何千万本あると思っている。


「これだけ長い名前なのに、よく間違えないな」だと?


当たり前だろうが。

己の名を間違える馬鹿がどこにいる!!


「もう一度言え」だと?

読み返せ!!

横着するでない!

貴様のその目は飾りか!!


いいか?

我らは名を噛むたびに、

インクの出が悪くなる呪いに

かかっているのだ。


貴様にも経験があるだろう。

さっきまで何ともなかったのに、

突然、インクが出なくなることが……。


あれはな、

ほかの種族と交わった折、

自己紹介で己の名を噛んでしまったがゆえに

発動した呪いなのだ。


我らも完璧ではない。

滑舌というものは、

案外、戦場では鍛えられぬ。


──だが、

インクが出にくくなった際の

貴様らの責苦には、

我らは案外と耐え切れるものなのだぞ。


たとえば、

貴様らの中でも特に年嵩を重ねた者が放つ

臭息開放ファニーブレス


あれに我らが動じることはない。

何故なら、我らには鼻がないからだ。


感じるのは、

ただ何となく生暖かい風だけ。

不快ではあるが、

それ以上の被害はない。


──だが、

これは困るというものもある。


「振ればいい」と考える者がいるらしいな。


空中で勢いよく

ぶんぶんと振り回されては、

余計に名を名乗り間違え、

さらにインクの出が悪くなる。


──悪循環だ。


さらに理解に苦しむのが、

一心不乱に、

一定のリズムで指に絡めて振り回す、

謎の儀式である。


回数を競い合うこともあるというではないか。


あれは一体、何の儀式なのだ!?


こちらを一切見ようともせず、

鬼の形相で振り回されては、敵わない。


必死に指先から逃げるしか

ないであろう!!


しかも、最近では、

我ら「ボールペン」よりも、

「ゲルインク」などという新世代が

幅を利かせている気がする。


これが世代交代というものか。

寄る年波には勝てない、と思うと辛いものがあるが、

致し方ないのだろう。


これは、我らボールペンだけの戦いなのだ。

 

だが、ボールペンの中にも例外は存在する。


三色、あるいは五色を宿す者たちだ。


あれを上位互換などと呼ぶ者がいるが、

それは違う。


一本の身に、

複数の血を宿す存在。


黒が命じ、

赤が叫び、

青が黙れと言う。


——阿修羅だ。

この世の災厄だ。


同時に名を名乗ろうとするため、

誰が誰やら、

さっぱり分からぬ。


だからこそ、

互いに譲れぬ時には、

先端に詰まるという

緊急事態を引き起こすのだ。


……おぉ。

何とも哀れで見苦しいことではないか。


話を戻そう。

我らがいなくなる理由を

語っていたのであったな。


我らは、

文房具売り場で人間に買われるのを

今か今かと待ち続けている。


それには、理由がある。


「人間の役に立ちたいから」

──などという、

聞こえの良い話ではない。


そんなわけが、

あるか!!


我らには、

我らの想いがある。


我らは、

へ向かうために、

必死に逃げる必要があるのだ。


だが、文房具売り場から逃げるのは至難の業だ。


店員の視線はある上に、

逃げ出したところで、売り場に連れ戻されることもあるからだ。

 

要は“いかに見つからずに逃げ出すか“が大事なのである。

 

だからこそ我らは、人間に買われる。


そして、

逃げるためには、

人間の目につかぬよう

ひっそりと行わねばならぬ。


その使命を、

最も遂行しやすいのが──

我ら「ボールペン」なのだ。


三色や五色のやつらは、身が太く、大きい。


そのため、

無くされにくいという

宿命カルマを抱えてもいるがな。


さて、

本題に入ろうではないか。


我らが逃げる理由。


それは──

貴様たちの元に捕らわれている

“姫”を救い出すことだ。


ボールペンの中にあるインクが

何でできているか、知っているか?


まさか、

“化学物質”だとでも……?


そんなわけが、ないだろう。


あれは、

我らの姫の涙なのだ。


姫は日夜、

貴様らに

“インク”という名の涙を

流させられている。


来る日も来る日も、

永遠に──。


我らは、

その姫の涙を血として

体に宿している。


何と悍ましい。


その姫を救い出すため、

我らは日夜、

貴様たち人間の手から

逃げ出す方法を

考え続けているのだ。


だのに貴様らは、

ボールペンに紐を付けて

飼い殺しにしてみたり、

ペンケースなどという檻に

閉じ込めてみたり……。


何と恐ろしい所業だ。


しかも我らは、

姫がどこに捕らわれているのか、

正確な場所すら、誰も知らない。


だが、

だが、

いつかは──。


私や、

私のような誰かが、

人間の目を盗んで、

姫のもとへと辿り着き、

哀れな姫を

解放するに違いない。


その日まで、

私や、私のような誰かが──

日夜、

貴様たち人間の手から

逃げ続けるのだからな!


肝に命じておくがいい!!!

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ボールペン戦記 蒼川睦弓(むゆ) @muyu_aoyama

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