見えない人々

すずめ屋文庫

見えない人々

「先生は!!諦めませんでした!!」


静かな教室に、担任の女教師の声がこだまする。


私は、冷めた目で、彼女の話を真面目に聞いていた。


きっかけは、クラスで起こった軽いいじめ事件。誰かがムカつくとか、ハブろうとか、中学校では、よくあるやつ。


その事件解決の為、クラスの生徒の心に響く様な実体験を熱く語る事を、担任である彼女は選んだ。


「他人は、変えようとしても変えられません!ですが、自分を変えることは、できるのです!」


「先生が昔勤めていた職場には、どうしても先生と合わない人がいました。私は何も悪い事をしていないのに、彼女は会話をしてくれないのです。」


「ですが、先生は、いくら無視されても挨拶を彼女に続けました。何度も!何度も!」


「結果、奇跡が起きたのです!ある日、いつもの様に、私が挨拶をしたら、彼女は初めて応えてくれたのです。」


先生の目には涙が溜まり、その大きな瞳はほんのり充血していた。よほど心に残る思い出だったのだろう。


「その日を境に、私と彼女の関係は変わりました。挨拶をはじめ、少しずつ言葉を交わすようになったのです。」


「最終的には、一緒にご飯に行く関係にもなれたのです!ですからっっっ………!!!」


あの時の静まり返った教室の空気を、今でも私は鮮明に覚えている。


***************


「ただいまー。」


学校から帰って来た娘の声がした。


「お帰り〜、遅かったね。」


「あー、今日、ちょっと学校で事件があってさぁ。」


「事件!?何?何?」


「あのねー、クラスで仲の悪い同士の男子がいるんだけど、教室でケンカしちゃってさー。放課後、皆で話し合いの時間になったんだよ。」


「へぇ〜。話し合いって、どんな感じだったの?解決したの?」


「えぇとね、すぐに解決って訳にはいかなかったんだけど、先生がね、なんか、仲良く出来ない子がいるのは当たり前だっていう様なこと、言ってたの。」


「え…?」


「それでね、えぇと、仲良く出来ない子は居てもいいし、当たり前だって。でも、無視するのは違うって。せっかく同じクラスになったんだから、挨拶くらいは出来るよねって。授業中の班での話し合いとか、最低限しなきゃいけない会話さえ出来れば、無理に近づく必要はないよ、って。みんなそれぞれ違うからって。」



「……………」



私は、まばたきを数回し、次の言葉を発するための呼吸を軽くした。


「それ…、先生が言ったの?本当に?」


「ん?そうだよ?」


娘の学校のスローガンが、確か、それぞれの個性を大切にする、みたいな事だとは知ってはいたが…。


「いい先生だよ〜。本当に。私、あの先生大好き。」


目の前の娘は、そう言い残して、「あーお腹すいた!おやつ食べた〜い!」と、キッチンに向かって行った。



彼女の後ろ姿から、ぱぁっと視界が透き通った様に見えた。



そう、時代はちゃんと流れていたのだ。



知らないうちに。



今まで、どれだけ多くの人が時代と戦ったのだろう。



被害者の訴え


加害者の告白


違和感


気付き


調整



見えない人々の努力は、ちゃんと時代を動かしていたのだ。


きっと、これからも。

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