新しいキャプテン
ペンギン内閣
本編
「どうして、私がキャプテンになった?」
「それは、
十八時のファミレス。友人の
もう一時間は粘っている。話題は部活の話だ。うちの高校の女子サッカー部は、去年ついに悲願の地区大会初優勝。本選の結果はお察しだったため、そのまま先輩方は引退した。こうして、私たち二年生にバトンが渡されることになったのだが。
「全然上手くいかない。試合内容も酷いし、何よりチームに一体感が無い。明らかに、うちのチームは弱くなっている。夕川先輩はなんで、こんな私を選んだ」
「久仁美が上手いからじゃないの?」
「分かってない、蓮加。分かってないよ。キャプテンっていうのはチームをまとめ上げるんだよ?私みたいなひねくれ者がやったら、やばいって。人望あって慕われていないと」
「でも、久仁美は引き受けたじゃん」
蓮加はおずおずとしているくせに、随分と鋭い発言をしてきた。それを指摘されれば、何も言えない。私は夕川先輩に返事をした過去の自分を思い出しながら、「あ~~」と間抜けな声を出した。過去の自分が悪い。そのまま、突っ伏すしかなかった。
「先輩も竜田先生も凄かった。このまま、部がバラバラになったら…」
「久仁美なら、大丈夫だよ」
私は暗闇から起き上がる。蓮加が、右頬に手を置いていた。
「適当言ってない?」
「ううん」
蓮加はいつもの、頼りなさげな笑みとは違う、落ち着いた表情で首を振った。私は、相変わらず適当言っているなと思ったが、その雰囲気に飲み込まれて、何も言えなくなってしまった。私は真っ直ぐ彼女を見ており、自身の状態に気が付いた時、無性に恥ずかしくなって、近くにあるメロンソーダを飲み干した。
次の部活のミーティング。体育館の右隣に、古びた建屋がある。そこの六畳の部室に、私たちは集結していた。はっきり言って、狭い。部員は十二人だ。物置としても使っているため、端にはマーカーコーンやフラグが山積みになっており、それらが空間を圧迫していた。
みんな、床にドカンと座っていた。胡坐。ほとんど周りが女子だから、安心してそうできた。いや、私の左隣に唯一の男子でマネージャーの
耳障りな雑音が続いていた。隣り合う女子たちは、思い思いの話をしていた。一年生だけではなく、これから引っ張っていく二年生さえも、身勝手な行動をしていた。私の代になってから三ヶ月、段々こうなってしまった。先代だったら、絶対にありえない。私がイライラして身体を揺らすと、敏感な入宮君が察していた。彼が怯えても意味がないんだよ。静かになったため、私はゆっくりと深呼吸をして、話し始めた。
「一昨日の練習試合は4-0で黒星。全然連携も取れなくて、酷かった。でも、三か月後の地区大会の試合に向けて気を取り直していこう」
酷かった、という部分で顔をしかめた女子が何人かいたが、そうとしか表現できない。ボールを受け取る気がないとしか思えない遠くから、「ヘイヘイ」との掛け声。敵にボールをパスする失態。サイドから攻めていったのに、敵ゴール前の中央に味方が一人も入っていない状況。
元々、あそこにいるそばかすの
「はい!」
大きな声を上げてくれたのは、
「今日の練習メニューは、走り込みを重点にやっていく」
後ろのほうでくすくすと笑っていた、
「ボールを蹴りたいのは分かるけど、楽しいだけじゃあ駄目。勝つために、有酸素運動が大事だ」
そもそも論、練習メニューを考えるのは、本来監督の仕事なんだ。しかし、今年から顧問の
ミーティングを終えると、ぽちぽちとあまりに遅い足取りでこの部屋を後にする。どの箇所を伸ばしているのか理解できていなさそうなストレッチと準備運動を終え、校庭でランニングを開始する。
一周目は集団を維持して走っていたものの、二周目あたりから段々と零れ落ちていく人が現れ始めた。まず最初に抜けたのが、例の塚松と
「なんで歩いてんの? ハリー! ハリー!」
私が手をたたきながら、歩いている塚松と一谷の後ろから呼びかける。周回遅れだ。私の声を聴いた彼女たちは、振り向いてきた。私はスピードを落として、並走する。
「この練習メニュー意味あるんすか? キャプテン」
「勝つために必要なことだよ」
「つまんねえの。ここ最近、ずっと同じメニューじゃないですか」
「前の試合だって、私の走りについてこれなかったでしょ。文句言わない」
私は、通り過ぎたものの、彼女らは相変わらず歩き続けていた。みんな、途中からグダグダになって、私は呼びかけるのをやめた。次の練習メニューに入るころにはもう、校庭の端に座り込んで話す、五、六人の女子がいた。やる気のなさというものは、必然的に伝搬する。具体的には、塚松と一谷と言ったサボる層でも、私や蓮加や早嶋を中心とした真面目にやっている層でもない、中間層に対してだ。十二人しかいない部活だけれど、一番多いのは彼女たちである。
その後、4対4で模擬試合の練習をするのだが、その時になるといつも塚松や一谷は戻ってきて、参加する。当然、ギクシャクする。特に早嶋は、練習を真面目に取り組んできたこともあって、キツく当たり、トラブルになることもしばし。仲の良い人同士でチームになると、パスが回せるのに、それ以外だと途端に個人プレーになってしまう。
4対4は試合に向けて様々な試行錯誤する練習なのに、一つのゴールという結果で騒ぎ立てたり、敵チームにいる友達とじゃれあったりしていた。自分のプレイの内容を鑑みて、今後のチームの連携に生かすなんてことは、誰も考えていないようで、ただ楽しい試合で終わってしまっていた。
塚松と一谷が速攻でいなくなっているのを確認してから、グラウンド整備が始まる。グラウンド整備とは主に、トンボと呼ばれる大きなモップのようなもので、使用した校庭の地表を平らにする作業だ。要は後始末である。彼女らが勝手に帰る事実に、私はため息すらつかなくなっていた。無言で帰るやつはあの二人くらいだが、他にも数人がバイトやら家庭の事情やらを口実に、サボる。一人、一人と減ってゆくうちに、真面目に取り組んでいる人達の鬱憤がたまり、更に帰る人が増える。悪循環だった。
もちろん私は、塚松と一谷を注意した。最初の二か月くらいはちゃんとやっていたんだけど、試合に負け続け、怠慢さの広がりとともに、何度言っても無駄になってしまった。言われると、いつも嫌な顔をする。ただそれだけで何も変わらない。
トンボかけの後、早嶋が近づいてきた。今日も真剣に取り組んでいた。しかし、最近腐り気味の金澤や中真の方が、ぶっちゃけ上手い。それは残酷な事実に思えた。真面目に取り組んでいる彼女が報われてほしいと、私は再三思っているのだが、結果は無情だ。流石に、塚松や一谷よりは上手いけれど、早嶋はもっと伸びるべきなんだ。
「お疲れ様。キャプテン」
「お疲れ様。いつもありがとう」
彼女は少し間をおいて、話を切り出した。
「やっぱりどうにもディフェンスは向いていない気がするんだ。だけど、安下先生に言っても、『キャプテンに聞いて』の一本張りで。ポジションを変えてくれないか? 出来れば、フォワードに行きたい」
フォワードは相手のゴールに一番近い、攻めるポジション。点数を取るのが仕事だ。ディフェンスは自分のゴールを守る。こっちも重要。
「駄目。私がフォワードじゃないと、点数入れられないでしょ」
「でも、キャプテンがフォワードだと、指示出しずらいんじゃあ?」
「私がミッドフィルダーに入るなら、フォワードに金澤か中真を入れたい」
ミッドフィルダーはフォワードとディフェンスの間のポジション。金澤や中真の名前が出された途端、早嶋は顔をしかめた。まるで、隠し事をしている人が図星を突かれたようである。
「私が、金澤や中真より劣っているって言いたいのかよ」
「そうとは言っていないでしょ。大体、もっと伸びしろあるんだから、腐らず頑張りなよ。そこのポジションで」
「なんで?」
「チームのため。色々、考えてんの」
「チームのためチームのためってなあ! そういうのは勝ってから言えよ!」
私は反論しようと息を吐いたが、言葉は何も続かなかった。事実だ。私は、目をそらすしかなかった。目を逸らした先には、心配そうに私たちを見つめる蓮加がいた。私の視線につられて、早嶋もそちらを見る。三人の間に、気まずい空気が広がった。早嶋が、逃げるように去っていった。
それからの日々というもの、何も大きな変化はなかった。この状態から変化が無いというのは、常にマイナスである。日が経てば経つほど、この空気が私たちを締め付ける。私はどうすることもできなかった。本やネットで情報を得て、練習メニューを考えても、何の手ごたえも得られない。
チームメイトが練習の意義を理解できていない。サッカープレーヤーとしてやるなら、自分で調べる、考えるってやって欲しい。どうして伝わらないかなあ。安下先生も「何かあったら、相談して」って、サッカー分からないなら何も言えないだろ。去年までいた竜田先生は元セミプロで、色々考えていた。だからこそ、先輩たちは地元の強豪校を破って、地区大会を優勝できたわけだ。
それから二週間ほどたった、ある時。4対4の練習試合でコート外にボールが転がっていった。理由は早嶋のミス。同じチームの金澤が聞こえるほどの大きな、ため息をつく。
まずいと思った私が「切り替えていこう!」と呼びかけたが、無駄なのは分かりきったことだった。コンプレックスの対象から嘲笑われた早嶋は焦り、苛立っているのが後ろから理解できた。
そして、ちょうどボールが、のんきにおしゃべりしている塚松と一谷の前に転がっていく。ボールを取りに行った早嶋がそのまま、彼女たちに大股で近づいて行った。早嶋がカッとなっているのが推測でき、私は慌てて駆け寄った。
「部活中だよな? 集中しろよ。なんで雑談、してるの?」
「何? 別にいいじゃん。八つ当たり? 私たちの勝手でしょ」
「サッカーはチームでやるんだから、ちゃんとやれよ」
「ちゃんとねえ…」
塚松と一谷が向かい合って、笑いあう。傍観者の私でさえ、腹立たしかった。でも、私はキャプテンだ。傍観者になってはいけない。だが、止めることはできなかった。それは彼女たちが怖かったからではなく、自分の内なる何かがずっと私を止めていたからだ。怒りが増幅している。壊してしまえ。もうこの部活は無理だ。もう一層、後戻りできないくらい粉々にしてしまえばいい。こんな糞みてえなサッカーを惰性でやるんなら、ぶっ壊れろ。
「これで本気? 真面目にやってるん?」
「は?」
「いやあ、随分と頑張っているみたいだったから」
あっちで早嶋がボールを持ってくるのを待っていた部員も、こちらに集まってきた。みんな、「誰か止めろよ」って思っていた。そして、その誰かというのは、言うまでもなくキャプテンの私のことだ。だけど、私は動けない。
「その割には、酷くない? ねえ? 下手過ぎない?」
「…」
「なんで、こんな部活で真面目にやってんのさ? もう、みんな無理だって分かってんじゃん」
そして、当てつけのごとく私の方を見る。
「私たちは選手だ。勝ちたいからだ」
私は、思わず彼女の顔を凝視した。すると、険しい顔で見上げていた塚松が突然笑い出した。ひまわり畑に、汚い油を捨てるかのようであった。情熱を冒涜していた。
「こんなお遊びで、馬鹿じゃないの。面白いわ。"私たちは選手だ"! "私たちは選手だ"! アハハハハハハハハ!」
塚松の笑い声につられて、隣の一谷も、早嶋を覗きながら笑った。
「私は、本気でやってんだよ! くそったれ!」
早嶋がとびかかり、取っ組み合いが始まる。そうなると、誰であっても止めに入っていたし、その中の一人として、私も止めに入る。だが、キャプテンとして止めに入らなかったこと、そして内心部活の崩壊を望んでしまったことは、私の心の中にずっと残り続けた。
嫌なことは立て続けに起こるものだ。私は確信した。この出来事の翌日、立本という部員がなかなか来なかった。早嶋ほど、情熱的でなくとも、真面目に取り組んでくれている部員の一人だ。左サイドのディフェンスを担っていて、感情的な早嶋のことも気にかけていた。そんな彼女が、連絡もなしに来ない。校庭で練習していると、彼女の声が聞こえてきて、私は一安心した。
しかし、彼女は、運動着ではなく制服だった。建屋のほうで話したいと言われ、私は部員に声をかけ、運動着のまま向かう。誰もいない部室で二人、向かい合う。私が「座る?」と聞いたけど、彼女は首を横に振った。彼女はクリアファイルから一枚の紙を出した。「退部届」と、書かれていた。
「安下先生には既に話してある。今まで、お世話になりました」
彼女が、低い声で話す。私は引き留めようと顔を上げたけれど、彼女の真剣な眼差しで、何も言えなくなってしまった。
「やっぱり、負け続けているから?」
私はせめてもの気持ちで、話を続ける。
「ううん。そうじゃない。早嶋さんの一件で、決めたの。自分の考え方に反する人を攻撃するチームで、プレイしたくない。どうして、もっと早く止めなかったの? キャプテン?」
「ごめん」
多分、早嶋の考えにも、ましてや塚松と一谷にも、彼女は賛同していないんだ。ただ、自分の考えを押し付け、傷つけあっている部員がいたのに、指をくわえてみていた私を糾弾しているんだ。もう、俯いて、涙をこらえるしかなかった。彼女が会釈のつもりなのか、軽く頭を下げて、建屋から出て行った。私は彼女が出て行ってもなお、泣かなかった。泣いたって、この部活がどうにもならないことは分かっていた。
翌日、部活動は休みだった。しかし、帰る気にならず、誰もいない廊下の長椅子に座っていた。目の前には自動販売機が二つ。青いものと赤いものがあった。
「よう」
夕川先輩だった。久しぶりに声を聞いた。うちの部活の前キャプテンで、私をキャプテンに任命した人。一番、会いづらい人だった。
「先輩が奢ってやる。何がいい?」
「いえ。大丈夫です。何も飲みたくない気分なんです」
「そうか」
夕川先輩は動じることなく、自分だけ缶ジュースを買っていた。そして私の隣に座る。
「どうして、取っ組み合いになった時、止めなかったんだ?」
夕川先輩はリンゴジュースを飲みながら、聞いてきた。やっぱり、OBだから知っているのか。誰かがうわさにしたのだろう。その誰かの候補が多すぎて特定できないが。私はどう言い訳しようか考えたが、やめた。もう無意味だ。私の部の惨状を、先輩たちは知っているだろう。
「私は先輩たちの背中を追いかけて、頑張ってきたつもりです。でも、上手くできなくて。嫌になって、止められませんでした。私はキャプテンとしての責任を放棄してしまったんです。もう駄目ですよ。すみません」
私は俯いて、地面を見ていたから、夕川先輩がどんな表情をしていたか分からなかった。多分、怒っている。だってそうだ。自分が任命した後輩が、部活をうまく回せなくて、キャプテンを放棄しようとしているのだから。私は、憧れの先輩に怒られ、失望されるかと思うと、悔しかった。
「もう、私たちは引退した。廃部しても、私は何も思わないよ」
「え? いや、伝統とかありますし。そんな」
励ますためのジョークに対しても、今は上手く返せなかった。私の責任感を軽くさせようとしているのだろうか?
「良いんだよ。そんな伝統なんて。やりたい生徒が集まったら、また女子のサッカー部を作りゃあいいだろ。遠い後輩のことなんて、考えるのめんどい、めんどい」
私はまだ顔を上げられなかった。そんな慰めは必要無い。情けのようなものは必要ない。私は段々と聞いていて、イライラしてきた。むしろ、怒鳴り散らして欲しかった。
「みんな、伝統だの出会いだの友情だの言うけどさ。疲弊するなら、バラバラになっちまえよ」
更に踏み込んだ彼女の言葉は、社交辞令に聞こえなかった。語気が真剣であった。イライラに代わって、恐怖が湧いてきた。何かがおかしいという、強烈な違和感を感じる。この人、本気で言っているのでは?
「夕川先輩って、そんなこと言う人でしたっけ…?」
私は、先輩のことを凝視していた。外見が同じ別人を見ているかのように思えてきた。夕川先輩が突然、笑い出した。こんな風に笑う人だったか、記憶を探し回ったが、思い当たる過去はなかった。
「そっか。ごめんね。キャプテンのころ、猫被ってたし。ほら、私向いてないから、キャプテン」
彼女は自分を呼びさす。歯を見せて、大きく笑っていた。
「ああ、私のクールな先輩像が…」
私が頭を抱えると、彼女がまた嬉しそうに笑った。一体何が嬉しいんだ。理解できない。先輩はサディストか。
「でも、こうして君と本音で話せたのは、多分、同じ立場になったからだろうなあ」
夕川先輩のせいで、すっかり緊張が抜けてしまった。自分の身を引き締める。私は夕川先輩を真っ直ぐと見つめた。
「廃部するのは、嫌です。私はあの部が好きで、続いてほしいです」
夕川先輩も返してきたが、私は決して視線を逸らさなかった。彼女が「ふっ」と、リラックスするように息を吐いた。
「いいね。まあ、気楽に頑張んなよ。なんとかなる」
彼女が立ち上がり、優しく私の肩を叩いた。
蓮加と私は、ファミレスに来ていた。正直言って、誘われた時、私は迷った。部活の雰囲気は最悪だし、私はそれに対して何の手立ても打てていない。お店に入り今に至るまで、注文以外何もしゃべっていない。重苦しい雰囲気の中、蓮加が喋りだす。
「あ、あのさ。駅前に新しくケーキ屋さんできたの知っている? チーズケーキが美味しいらしいんだけど」
蓮加は気を遣っていたんだろうが、むしろ私の神経を逆撫でした。私が首を横に振ると、彼女はそれ以降話を続けられなくなった。沈黙が続き、彼女が意を決して、話し出す。
「塚松さんと一谷さんのことは、残念だったね。正直、私もどうしてああなっちゃったんだろうって思うけど、部活の閉塞感でやけっぱちになっているところがあるんだよ。だから、まだチャンスはあるんじゃないかな…」
そういえば、蓮加は塚松や一谷とも仲良かったんだっけ。本当に、こいつのほうがキャプテン向いているよ。素直で無難で良いやつを演じられる。みんな好きだろ、こっちの方が。嫉妬と憧れと敬意を込めて、私の持っていないものを持っている彼女を見つめた。
私も、彼女みたく素直になれたら、こんなに面倒なことにならなくて済んだのだろうか? 彼女なら、上手くやれた気がする。自問しても、無駄なのは、私が良く分かっていた。私がキャプテンを引き受けて、ここまで来てしまったのだから。
「あいつら、私の悪口言っていたでしょ」
「いや、あ。そ、そこまで言ってなかったかなあ…」
「蓮加、色んな人から慕われてるよね。蓮加がやれば良かったかも」
彼女自身が断ったのを私は知っていたのに、嫌味として言ってしまった。
「ごめん…」
彼女はうつむき、何も言わない。そうやっていつもそうだ。うちの部員は嫌な顔をするくせに、その理由を説明しようとしない。いつも不満があるという事実を伝えるだけで、何もしない。チームが勝てないから不満なのは分かるけど、私だって必死に考えてやっているんだ。なのに、いつもいつも文句ばっかり。
なんで、こいつらは何も言ってくれないんだ。どうして、蓮加さえもなぜ断ったのか、教えてくれないんだ? 意図的に隠しているのか? 嫌な想像ばかり膨らんで、シャボン玉みたいに弾ける。途端に、思考がクリアになった。
「蓮加。蓮加ってどうして、キャプテンを引き受けなかったの?」
私が一度でも、彼女たちに聞いただろうか? 相手のことをずっと推測してきたが、興味を持って、直接聞いたことがあっただろうか?
「私、情熱がないの。いつも引っ張られる側っていうか。引っ張ってもらえないと、先に進めなくて。だから、キャプテンを引き受けなかった。久仁美はポジティブで良いなって、ずっと思ってた。感謝してるし、尊敬している。ちょっと、空回り気味のところもあるけどね」
「うっせ」
最後の一言は余計だ。みんなは蓮加をおっとり優しいお姉さんだと思っているが、そんなことはない。時々、毒を吐く。それはおそらく、私と彼女の間に友情があるからだと思う。そうだよな? そうだよね? これで悪口だったら、私、泣くぞ。でも、彼女のおかげで、気分の重荷が軽くなった。
「早嶋さんがどうして、フォワードに入りたいか、知っている?」
「さあ? 早嶋の考え方が、単純だからじゃないの? ディフェンスもフォワードと同じくらい重要なポジションなのに、それが理解できないんだろ」
「もう! そうやってすぐに決めつける。聞いてみなきゃ、なにも始まらないよ!」
私は、彼女の言っていることが一理あると思った。しかし認めるのは恥ずかしくて、誤魔化すためメロンソーダを飲む。ぬるく甘ったるいそれが、私の気分を穏やかにさせた。
「まあ、聞いてみるか」
私は、小さい声しか出せない。彼女がにっこりと笑う。全く、蓮加には敵わない。
「久仁美はよく頑張っているよ。私はどうすればいい? 協力するよ。私なら、塚松さんと一谷さんとも、仲介できる。例え、塚松さんと一谷さんを追い出すような事態になっても、私は久仁美の味方だよ」
蓮加がここまで踏み込んで言うとは思ってもいなかった。
「塚松と一谷は…まだ、追い出したくない。あいつらと、一度も本心で話せていない。どうしたらいいか分からない。私の考えもみんなに伝わっていない気がするし。一人一人が部をどうしていきたいかも分からない」
"まだ、追い出したくない"のあたりで、強張っていた彼女の顔が緩んだ。
「安下先生には、まだ話していないの? 早嶋さんの一件のこと」
「顧問に今更言うなんて、恥ずかしい」
ここで、ずっと私は、安下先生を見下してきたのだと、理解できた。彼はサッカーについて、何も知らなかったから。そして、私はどこかで安下先生を追い出したかったのかもしれない。カッコイイ先輩たちと、頼りになる竜田先生。その二つが同時に失われて、私は辛かったのだ。代わりにやってきた彼を、私はどうしても受け入れられなかった。
「必要な時に、助けを求めるのは恥じゃない。一緒に行こう」
放課後、部員には待機を指示して、私と蓮加は職員室に向かっていた。部活の日ならば、安下先生が確実に残っているからだ。彼は、職員室の右斜め奥にいた。
「部活の件だろ。面談室があるから、そっちで話そう」
意外にも彼は、すぐに状況を察し、机にあった書類をしまい始めた。面談室には校長先生の写真と、黒い革のソファー、そして私たちの先代が優勝した地区大会のトロフィーが飾られていた。蓮加と私が並んで、安下先生と向かい合う。
「立本から部活の状況を聞いた。どうして、早く言ってくれなかったんだ?」
横から庇おうとしてくれた蓮加を手で制して、自分の言葉で慎重に話す。
「安下先生に話しても、意味がないと思ったからです。だから、私一人で抱え込んでしまいました。この事態になって、収拾できなかったのは私の責任です」
私は、彼がどのように怒るか不安であった。自分の失敗を認めたからだ。屈辱的だと思ったが、独力にこだわったから、こうなってしまった。
「生徒にそんなことを言わせた時点で、教師の失策だ。もう少し、早く介入するべきだった。それをしなかったのは、俺の判断ミスだ。俺が悪い」
安下先生は後頭部をぼりぼりと掻く。彼は怒らず、むしろ彼自身が怒られているようにさえ、見えた。それから、私は部の状況について改めて説明をした。起こった出来事、私の考え、個々人の意向、気持ちの推察、試したこと。しばし、言葉足らずだったところは蓮加が助け舟を出してくれた。彼は特に何か言うこともなく、話を聞いていた。一通り終えると、いくつか確認された。
「俺も仲裁する。練習はやめて、どうするか一緒に考えよう。落ち着いて話せば、折り合いはきっとつく」
私は頷いた。彼が立ち上がる。隣に座っていた蓮加が、「やったね」と言わんばかりに、笑う。別に解決していないので、私はまったく安心できなかったが、つられて笑ってしまった。安下先生が廊下の先を歩き、私と蓮加が後ろからついていく。
「教師が介入して、解決できる問題なのか…」
私のつぶやきに、隣の彼女が「もう!」と呆れた。
「でも、久仁美はキャプテンとして再出発しようとしているじゃない?」
「そうだね」
少しだけ視線が上に向いた。そこだけは、正しいような気がしたからだ。
新しいキャプテン ペンギン内閣 @penguincabinet
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