二、最強ビビリ刀流剣士、フラウ

 聞けばこの二人は、最近仕事がなくて食い詰めてしまい、特に今いきなりしゃべってきたほうは、もう三日も何も食べていないという。そこへ仕事欲しさに入ったレストランで、いきなり鮮やかな手並みを見せられていたく感動し、頼る気になったのである。


 ニノーチカは、けげんな目で二人を順に見た。まずやたらうるさいほうだが、ふつうのガンマンと思ったのが、実はかなりの間違いとわかった。肩までの短い髪がのぞく頭にこそ、小さいつばのついた黒のカウボーイハットをかぶっているのだが、その下は異様だった。まるで一枚の厚手の紺の布を体にぐるっと巻き、黒ずんだ分厚い白帯で腰に結んでいるだけみたいな、これで冬は大丈夫なのかと気になるような、薄く簡素なものなのだ。襟はなく、肩から胸にかけて交差したところがVネックになっている。どう見てもアメリカの服ではない。おそらく東洋あたりのそれだろう。


 これ、実は着物なのだが、当時は日本という国じたいがまるで知られていないので、ニノーチカは、とりあえず彼女が中国あたりの人だろうとあたりをつけた。背も小柄だし、おそらくは海を渡ったはるか東方の出身か。それでいて足元は黒のブーツだから、洋が和をハンバーガーのようにはさんでいる奇怪な状態。洋を着込む和人とは、まるでのちの日本人である。彼女はフラウと名乗った。

 このフラウ、実は日本人でないどころか東洋人ですらない。瞳は黒いし鼻も高くないが、肌はつやつやのピンク色をした白人である。だが顔の彫りは深くなく、その子供の人形みたいな童顔と、オレンジのボブヘアーが、ただでさえ若い彼女をさらに幼く、無邪気に見せている。


 で、もう一人は、外見はそう異様ではない。小柄さと肩までの短い髪は同じだが(ただし髪の色はゴールド)、長い茶色のコートにオレンジのベスト、首の赤いバンダナに茶色のカウハットと、典型的なガンマンのたたずまいである。ただ、真っ黒なグラサンをかけて目を隠しているのが特徴で、雰囲気は相方のフラウと真逆で非常に無口でクール、彼女のように終始落ち着きなくキョドることはなく、立てた一本の丸太のごとく常にまっすぐにたたずみ、ほとんど動くことがない。そして見すえるニノーチカに対しても最後まで無言で、相棒があわててひりだした紹介に、軽く会釈しただけだった。彼女は名をユーリといった。



「すっごく、ほんとおおーに、かっこよかったです! え、ええと――」

 相変わらず見開いた目で鼻息あらく誉め殺すフラウに、相手は「ニノーチカ」とだけ言った。右手にはスプーンを持ったままだ。さっさと済ましてすぐ続きにかかる気だと思ったのか、フラウはさらにあたふたして、ますます声を上ずらせた。

「にっ、ニノーチカさん!」

「……キラー・ニノッチ」

 突然ユーリがぽつりと言った。ここでは初めて口をひらいたのだが、彼女が話すときはいつもこのように唐突である。だから慣れているはずなのだが、相方はその内容にビビってしまった。世間の通り名をいきなり口にするなんて、先生(と、すでに思っている)が気を悪くされたらどうすんの?!

 そして言われた当人は、やはり目はユーリを鋭く見すえながら、口元をにっと吊り上げた。目がまるで笑わないどころか、にらみながらの笑い。最恐の脅し顔である。

「そう呼ばれてるわ。なんなら、それで呼んでちょうだい」と皿の赤いゼリーをスプーンでえぐって口に放る。フラウは恐怖にちびりそうだったが、彼女の「先生」はゼリーをもぐもぐやると、両腕をひろげて椅子に背をもたれてリラックスし、目を閉じて「そのほうが呼びやすいでしょ」と微笑した。ほっ、どうやら怒ってはないみたい。

 やっと安堵したが、それでも心臓はどきどきしっぱなし。だがフラウは、ほとんど常にそんな状態である。なにも理由がなくても、一人でいるときでさえ、悪い予感と不安、あるいは過去のつらい記憶におびえて暮らすのが、幼い頃からの生き方であり、そうなりやすい性格なのである。


 彼女はさっきのテンションに戻り、また賞賛をまくしたてた。

「ニノッチさん、すごかったです! 五人もいたのに、あんな一気にやっちゃうなんて! それも背中ごしですよ?! 神業としか思えません!」

「鏡で見てたから」

 スプーンで二人の後ろにあるオルガンを指す。その上に立てかけてある鏡で、少女たちは自分らの顔をのぞくことになった。

「あれがなかったら、ちとヤバかったかもね。まあでも」と、またゼリーを口に入れて、もぐもぐ。「向こうはこっちを舐めくさってたから」

「はあ、たしかに」

「どんな銃の達人でも、舐めてかかる奴は簡単よ」

 スプーンを皿におき、腕組みする。

「逆に真剣な奴は、素人でも危ない。で、あなたたちは――」

「だ、だいじょうぶですっ!」

 こぶしを握り力説するフラウ。動きがキュートで、ニノーチカはリスみたいだなと思った。

「私たちも賞金稼ぎです! もう一年以上やってます!」


 聞きながら彼女は眉をひそめた。どうも怪しい。見ていると、一年も人を殺して食ってきた奴に独特の、荒れた感じがない。どう見ても十代後半くらいの歳で、若すぎるってのもある(って自分も人のことは言えないが)。以前、自分に感化されてガンマンになり、すぐに惨殺された娘がいたと聞いたので、そのたぐいの可能性もある。自分の影響で死ぬのは勝手だが、目の前でやられると、まるで自分のせいみたいで不快だ。

(いや待て待て――)と思いなおす。(これで実は、やり手かもしれない)

 なにはともあれ、腕を確かめないと信用はできない。なにかさせてみるか――。

 と思ったとき、不意にそれに気づいた。

「ふせて!」


 ニノッチの叫びと共に三人が同時に床にふせた直後、窓から弾丸が雨あられと飛び込み、テーブルや椅子、オルガンを次々に食いまくった。鏡が派手に割れて飛び散る音がした。ふせたまま見れば、床をはって店の左端に行き、割れた窓の隙間から向こうをのぞいたフラウが、またこっちへはって来た。ニノッチは(ほう、意外とやるわね)と思った。

「こっちに一人、あっちにもう一人います」と左と右を指す。向かって右端に入り口のドアがあり、敵はその裏と、いま行った左端の窓の外に、それぞれ一人ずつ立っているようだ。

「どうやら、お仲間がまだ二人いたみたいね」

 ニノッチは、じつにいい機会だとばかりに、ほくそえんで言った。

「じゃ、二人にまかせるわ。フラウ、まずはドアの奴、やっちゃって」

「わっ、わっかりましたあ!」

「声が大きいわよ」と眉をひそめる。「ここにいるって知らせてどうするの」

「あっ、すっ、すみませんっっ!」と、また大声で謝る少女。


 だいじょうぶかよ、と頭痛がして額をおさえると、フラウはそのまま這っていこうとした。が、いきなりすそをつかまれて飛び上がった。

「ひぎゃあああっ!」

「撃たれるわよ!」と頭を押し下げる。弾が頭上をかすめ、フラウは泣きそうになった。

「なっなっ、なんでしょう……」

「いや、たいしたことじゃないんだけど」と彼女の腰を見る。「あなたのさしてるのそれ、剣よね」

 日本刀など知らないので剣と呼んだが、フラウの腰巻きには、二本の刀の柄(つか)が飛び出ている。柄の表面に、斜めにクロスして巻かれた柄糸が、いくつものひし形を作って並んでいるさまは、完全に和製の刀のそれである。

「銃は?」

「な、ないです。これでやります」

「刃物だけでやろうっての?!」

 あきれたニノッチが自分のを渡そうとすると、相手は「撃ったことないんで。じゃ、行ってきます」と、また這っていった。

 ニノッチは顔をしかめた。

 これは、瞬殺まちがいなし。


 さっきの経験豊富という話が、これで嘘と確定してしまった。剣で銃に勝てるわけがない。やはりガンマンに憧れたアホ少女の血迷った暴走なのだ、これは。死にたい奴が勝手に死ぬのは別に止めないが、あれだけ自分を誉め倒してくれたガキに、目の前で死なれるのは、そうとう嫌だ。しかたない、やられる寸前で助けてやるか。

 自分も這っていくと、アホ少女はドアに着いたところだった。戸板に頬をつけて目をむき、歯をがちがちいわせて、あきらかにおびえきっている。もういい、ひっこめと言おうとしたとき、また弾が窓から飛び込み、彼女の横顔をかすめた。

 そこでニノッチは信じられない光景を見た。

「きゃああああ――!」

 フラウはいきなり悲鳴をあげてドアをがばっとあけ、なんとそのまま外に飛び出したのである。


(あ、アホかあああ――!)

 驚がくして入り口の端から顔を出すと、アホは腰から刀を抜き、銃をかまえる男に向かって突進していくところだった。頭を左右に振り、わけの分からない金切り声をあげながら、刀をデタラメに振り回すさまを見ると、どうも恐怖のあまり完全に錯乱したらしい。さっき自分は偉そうに「素人のほうが危ない」と言ったが、これは訂正する必要があるな、と思った。これでは別の意味でアブないだけだ。

 しゃあない、と銃を出した。

 だが、すぐには撃たなかった。


 男のほうも、さすがにこの狂態には驚いていったんは身を引いたのだが、相手が剣しかないとわかるや、余裕の笑みで足元に撃ったりして、遊びだしたのである。少女が恐れながらも、顔面蒼白でがくがく震えながら、よれよれの刀を握って必死に突っ込んでくるので、ついには爆笑した。

「はははは、いいぞお嬢ちゃん」と、わざとはずして撃ちながら、突き出される刃を左右にひょいひょいよける。「ほれがんばりな、もっといいタップ、教えてやるぜ」

「きゃあああ、やめてくださああい!」

 泣きながらブザマに刀を振りまくる少女剣士。だがそのうち、刃がそでを少し切ったので、かっとなった。

「てめえ!」

 まずい、と狙おうとするニノッチの右肩に、後ろから手がおかれた。振り向けば、ユーリのまっくろなグラサンの目があった。

「……だいじょうぶ」

「だいじょうぶ、って」

「……フラウは、絶対、勝つ……」


 そして再び前を見たニノッチの目に映ったものは、フラウを銃撃した男の驚がくの顔だった。彼女はいまだにおびえて刀を振っているので、撃たれてはいないようだ。

「こっ、このヤロウ!」と男は再びぶっ放した。距離は二、三メートルしかなく、確実に胸に当たったはずだった。ところが銃声と共に、おびえきった泣き顔のフラウが「きゃあああ!」と自分の胸の前で刀をぴっと振り上げると、何か黒いチリのようなものが左右に落ちるのが見えた。ニノーチカの目は見開いた。たちまち男のほうも顔が崩れ、恐怖におびえだした。「うわあああ!」と絶叫し何発も撃ちまくるが、いくら撃ってもフラウが泣きながら「ひいいいい! やめてくださああい!」などと刀を自分の前で振り回してチリが落ちるだけで、一発も当たらない。

 ニノッチはすぐわかった。あの黒いチリは、刀で切られた弾丸なのだ。フラウは恐怖におののきながら、飛んでくる弾を、日本刀で目にも止まらぬ速さでたたっ切っていたのである。


 あぜんとするニノッチの肩ごしに、ユーリがゆっくりと言った。

「……フラウは、おびえればおびえるほど強くなる。泣いて怖がって、ビビればビビるほど、刀の動きが速く、正確に敵を切る」

「弾まで?!」

「……そう。あの刀は鉄も切れる。弾も、ああしてまっぷたつにする。誰もフラウを殺せない。彼女は、臆病と弱さの剣、ビビリ刀流の使い手、フラウ……」


 男は「てめえ、やめろ、こんちくしょう!」と連打していたが、二挺目も弾切れになって丸腰になり、「く、来るなああ!」とナイフを出した。勝てるはずもない。フラウのおびえは極限に達し、目は飛び出そうにむいて涙ぼろぼろ、両足がくがくの半ば失禁状態で、あらん限り叫びながら、よろよろと近づいてきた。そして「きゃあああ! 人殺しいいい!」と相手の左肩から腰の右側へ一気に刀を振り下ろし、まっぷたつにした。男は「うぎゃあああ!」と叫んで、上下が斜めに泣き別れして大地に崩れ落ちた。

 やっと動悸がおさまったフラウは、横たわる二つの肉体の前にしゃがみ、涙しながら「ううう神様、またやってしまいました。罪深い子羊をおゆるしください」などと、悲しげに十字を切った。

 ひとをあやめると、いつもこのような悔恨に襲われる。だいたい好きで賞金稼ぎになったわけではない。これしか生きる道がなかったのだ。


 しかし、それを見るニノーチカの目はきらきらと輝いていた。かつて見たこともない、最強の剣士と縁ができた、という喜びに。そして、自分の言った言葉に揺るがぬ確信を持った。

 やはり、素人がいちばん恐ろしい。

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