第3話夏の果てに見えた希望 (過去編)


私は椛晶華もみじ、しょうか

彼と同じ高校2年生だ

私は幼稚園の頃からずっと彼の事が大好きである

最初は些細なきっかけだった

昔から私は両親から愛されてなかった。私には無関心で仕事しか考えなくて。私が泣いても笑っても見てくれなかった


きっと子供の事なんてどうでもよかったのだろう

でも幼稚園の私はそんな事に気づかなかった

二つ下の弟も気づいてないと思う

両親から愛されてない事に、でも彼は私をみてくれた


私が転んで泣いていたら

「大丈夫?」

「ありがとう」

「僕は松井美智也、よろしく!」

声を掛けてくれて手を差し伸べてくれた

それが唯一の希望だった。だって初めて感情を知れたから

それから一緒に遊んだりして彼と仲良くなった

家も近くてよく二人で遊んだり彼の家でお泊りもした


彼は私が困っても泣いても嫌な顔一つもせずに手を伸ばして寄り添ってくれた

彼は強くて泣いてる姿を見たことがない

転んでも喧嘩しても勝負に負けて、弱い姿を見せる事はあっても泣いたり弱音を吐くことがなかった。たとえ弱くても強い一面が彼にはあった


それに加えて彼は悪口も言わなかったし周りに流されてふざけたりする事もなかった

本当に昔から誠実な人であった


その反対に私は弱気ですぐ泣きじゃくるし弱音ばっかり吐いていた

それでも彼の側にいると自然と笑えるようになったし泣くことも少なくなった


それから彼とはずっと離れずにいた

彼も私を離さずに守ってくれた


彼との日々が共にいられる時間が愛であって一番大切なものだった


そして気づけば小学校に入学していた

それと同時に両親は気づけば家帰ってくることがほとんど無くなっていた

いつも冷蔵庫にある作り置きのご飯を温めて食べていた


弟の世話は家が近いのもあって彼のお母さんがしてくれた

弟はとても人懐っこくて私にも彼にも彼のお母さんにも懐いていた


それからさらに彼と親密になった

夏祭りで花火も見た。クリスマスも一緒に楽しんだし綺麗なイルミネーションを見れて嬉しかった。彼から貰ったぬいぐるみも今も大切にしている。


物心がついた時には彼を一番に愛していて恋もしていた

誰よりも彼の事を愛していた


あんな事になるとは知らずに約束を交わした私だけの秘密

「大人になったら結婚しようね!」

「うん!僕も結婚したい!」


でもその言葉を伝えた矢先彼は中学校に入学する時に引っ越してしまった

「ごめん、引っ越す」

今も思い出す声にならない痛み

私はこの時初めて彼の涙を見た


まるで明日この世を去るように泣きついて私にしがみついてきた彼を今も忘れていない

「大好き…」


彼の言葉が嬉しくて、でも切なくて離れ離れになるのが嫌だった

「私も大好き……絶対私の事忘れないでね」

指切りをして彼が離れていく


中学校になってからは全て色がないように虚無で溢れていた

生きる意味を失った私の隣にはこんな時も笑顔でいられる弟を可愛がるしかなかった


それでも私が必要とされることが嬉しかった

まだ私は生きて良いんだと思えたから


ずっと彼が頭から離れない

彼も同じだといいな…


それでも時間は容赦なく私を突き放すようにどんどん先走る。そして夏休み、受験勉強をしていた時に突然インターホンが鳴った。

誰だろう…


疑問に思いながら玄関の扉を開けるとそこには意外な人物が佇んでいた

彼の両親だった

「いきなりごめんね…少し…話があってね」

重たい空気が漂い始める


彼の両親を家に上げてリビングに案内する

彼のお母さんが開口一番衝撃のひと言を放つ

「単刀直入に言うね…美智也が事故に遭って……記憶喪失になったの」

「え?」


突然鈍器で頭を殴られるよりも衝撃で理解できてもしたくない現実が待っていた


「今はまだ病院で治療してるの…それで私達をようやく親だと思い出して……もしかしたら…貴方に会えば何か思い出してくれないかなって…私達と一緒に美智也に会いに来てくれないかしら…」


ようやく彼に会える嬉しさは少しある。でも私を忘れてしまった悲しさが心を覆い尽くす。

言葉では到底表せなかった。

「…彼に会わせてください…」


そして私と私の弟も彼のいる病院に向かった

病室のドアを開けるとそこには大人びて成長した彼の姿があった


彼はまるで少年のような無邪気な姿でこちらを興味津々に見つめてきた

「だれ…名前は?」

本当に覚えてないんだな…もしかしたら…そんな淡い期待をいとも簡単に打ち砕かれた


「私は…椛晶華…」

「可愛いね!」

彼の突然の一言に私は嬉しいのか辛いのか分からなくなってしまう

「ありがとう…」


彼の健気さは私の心を締め付けてくる

「ねぇ…この子を見て何か思い出した?」

彼の母親がそう彼に聞くとキョトンとした表情で彼が答える

「うん?いや特にないけど……可愛いなって思ったぐらい…」


その言葉に絶望する。一番聞きたくなかった言葉であった

私は呆然と彼を眺めるしか出来なかった

私の後ろから弟がひょっこり顔を出すと彼はさっきよりも興味を示していた


私はやっぱり影が薄いのだろうか…

それから彼の両親に家まで送ってもらった


「今日はわざわざありがとうね…………ごめんなさい…美智也が晶華ちゃんの事を忘れてて…傷つけてしまって…」

「大丈夫ですよ…彼が生きているならそれで十分ですよ!」


ドアを閉めると静寂だけが残る。重苦しい気持ちに耐えきれずに膝から崩れ落ちてしまう。

私は彼に会えて嬉しかったはずなのに…どうして泣いてるんだろう 


記憶喪失……どうしたら思い出してくれるかな…

私は彼とのささやかな日々を思い出す


彼に忘れられてしまうかも知れないそんな事を思いながら日々を過ごしていた


それから時々彼を訪れたけどやっぱり現状は変わらなかった。彼はまるで別人になったように私に接してくる


その事実に耐えきれずに毎晩泣いてしまう

泣いても泣いても心の棘は離れてくれない

むしろさらに深く刺さって抜けなくなる


そして銀木犀が咲く頃に彼は無事に退院した

私は彼が元気で嬉しかった


でも彼に会うきっかけを失ってまた疎遠になってしまった

彼の住んでる町も通ってる学校も私はなにも知らない


どうしようもない現実から逃げるように私は布団に潜り込む。全てどうでもよくなってきた

アルバムに映る彼を愛おしく眺める


私は夜空の下に一人佇んでいる

黄色の水仙が辺りを彩っていてさらに孤独を思い知らされる


目の前には彼がこちらを見つめていて夢だと気づいてしまう

私は彼に抱きつこうとするが風に吹かれる砂のように彼は消えてしまった


そしてまた暗闇にぽつんと一人残された

声が出せない程苦しくて辛い感情が溢れ出す

手を伸ばしてもなにも掴めない

私の掌の中をどれだけ見つめ返しても何も残っていない。





突然の目覚めに気分が悪くなる。窓の外を見るとアネモネが風に揺られて踊っている

「夢…」


手鏡で自分の姿を確認すると涙がボロボロ溢れていた。

「そっか…良かった…」


泣けるほどの感情を私は持っている。生きている事を今日も実感できる。

彼とも連絡を交換出来た。一歩だけ彼に近づけた

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