夢幻

🍀貴船 汐音🎄

 夢幻

 姉川の戦いの後、清延は又も惚けたようになって、仕事もせずにぼんやりしていた。


 そこに祖母の七十を過ぎても元気な真勝尼がその様をみて小言を言った。


「ほれ、清吉!何をボヤッとしておる、働かない者はバチが当たるぞよ」


 清延は大きな溜息をついて、この婆さまは、きっと阿弥陀如来さまがお迎えに来ても、まだまだ早いこちらから行くまで待てと追い払うに違いないと思った、その上に清吉と幼名で未だに呼ぶ。


「ほれ!ほれ!早う立って支度をしなされ」

「お婆婆さま、そう怒られるとお身体にさわりまするぞ」

「何を!この様な乱世の世にぬくぬくしておって」

「母上と兄上の仇を討っても、未だ武田信玄は健在です。影の者も沢山暗躍してまする」

「それはそれ、仕事は別じゃ」

「仕事は弟達に任せております」

「弥市にも仕事をさせるのは良い、じゃが」

 何か言いかけた時、救いの神の様に妻のシズが茶を待って現れた。

「お婆婆さま、お茶が入りました。京都の銘菓の扇屋の羊羹もありますよ」

 それを見て真勝尼の顔が明るくなった。


「シズはよう気がつく良き嫁じゃな、で?」

「今年の秋の終わる頃には……」

 ひ孫の顔が見られると喜ぶ真勝尼。

 シズが嬉しそうに腹の辺りを触る。


「昨今の織田信長様の闘い方が気になるのです」

「その様な事より大事な事があろう」

 大きな口で羊羹を食べる真勝尼。


 朝倉軍が逃げ込んだのが比叡山だった。その僧兵は信長軍を攻撃していたので目障りなのだろう。

 幼い時に武田軍に敗れて京都に来て、父が比叡山に頼んで勉学をして、良き友も出来た。

 僧兵にも武術を学び、学問の楽しさや大切さを感じたし、とても貴重な時を得た。


「お婆婆さま、出かけて来ます」

「これ、菓子は?」

「私のもどうぞ!」


 清延が向かったのは比叡山の麓の町屋、そこはお参りする人達を相手に、店を出してる大勢の村人が暮らしていた。


 今日は久しぶりに服部弥太郎と会う日だ。

 弥太郎は既に到着し店の者といた。

「清延!待ってた、早く来い!」

 気づいて笑って振り返る。


 小物を扱ってる店の裏庭に座って話す二人。


「所で嫌な噂を聞いて、心配しておる」

「信長……事か……」

「将軍義昭さまは姉川の戦いで勝ったので、信長さまに又お味方するような振る舞いだがな」

「そこよ、なんかあの将軍は日和見だな」

「ふうむ…」

「信長さまが勝てばこっちにつくが、もし負けたらさっさと見限って別の勝ち馬にのる」

「まぁなぁ……あの方が将軍だと戦さが長引くなぁ」

 清延の予想は外れなかった。

 

 ここの麓が店で賑わってるのを見た。

「しかし前よりかなり人の出入りが多くなってるな」

「お参り客なども京都から来るんだ、それに仲間もここで仕事している」

「伊賀者が?」

「仕事しながら情報を伝達する役目だ」


 忍者はいろんな所で働いてるのは知ってた。


 その年の夏はとても暑かった。そして織田軍は朝倉軍と邪魔な比叡山と縁が切れないのを口実に、とうとう大軍を押し出して来た。


 服部弥太郎が清延の京都の店に飛び込んできたのは、その年の九月初旬であった。


「清延!助けてくれ!」

「如何した!」

「我らの仲間や村人達を!とうとう信長が兵を出した!」

「何!」

「皆殺しにするとおふれがでた」

 

 山にいる大勢の村人を早く逃す事が出来るのだろうか、清延は考えたが良き思案が全然浮かばない。

 そこで真勝尼の寺に駆けつけた。


「婆婆さま、清延です!」

「騒々しいのう、何事じゃ、生まれたのか」

「比叡山が大変なのです。村人を助けないと!」

「何、もしかして」

「皆殺しになるやも」

「そのような……」


 京都の人にはこうなる事が分かっていた。

 真勝尼も察していたようだ。


「何か策が……ないでしょうか」


 真勝尼がゆっくり考えながら答えた。


「清延、考えてみや、軍師孔明ならどうする」

「諸葛孔明……」


 清延は比叡山の高僧から学んだ戦略などを思い出した。

 諸葛孔明の策は多々ある、その中で力のない者を助ける作戦はあったのだろうか。

 孔明は民を守る作戦を立てた、それは人を惑わす沢山の攻略だ。

 一つだけ孔明が諭した高い山に攻撃を仕掛けるのは間違いというのがある。

 ならば山から登ってくる大軍に、勝てるかもしれない。

 それは一縷の望みであった。


 弥太郎が仲間の家族を逃すために奔走していた時、隣の扇屋の主人が訪ねて来て、娘夫婦が山にいるのでなんとかしてくれと相談に来た。

 清延もよく知ってる家族なのだ。

 山で最近商売をし始めた娘夫婦で、幼い息子を預かってる主人の爺様が慌てて来たのだ。


「どうか孫の親達を助けて下さい!」


 連れて来た孫が泣きながら、清延に訴えた。


「おかあちゃんに会いたいよー!」

「分かった!待ってなさい」


 清延は韋駄天走りで駆けつけた。


 麓の人々はやはり山の上の方へ逃げていた。


 今まさに攻撃が始まろうとしていた。


 清延は八王子山にいる弥太郎を探した、その間も人々が逃げ回っていた、祖父の形見の槍で応戦するのも一人では倒れそうだった。鉄砲を持ってくれば良かったと後悔した。


 「弥太郎!弥太郎!何処にいる!」

 すると突然に右肩に重い痛みが生じた。

 見ると、矢が刺さっていたのだ。

 ここで果てると信玄を撃つ事も出来ぬと、あらん限りの力でその場を逃げた。


 清延が何とか八王子山頂にたどり着くと、高僧が人々に逃げるように指示していた。

 

「仏様を焼き、罰当たりな事をする!」

「あぁ!天罰が必ず信長にあたる!」

「女子供までは殺さないだろう」

「ここで隠れています!」


 村人達が口々に言い合っていた。

 僧は静かに諭していた。

「人の心は分からない、特に悪に染まれば、正しい事を見誤る、今の信長は仏の罰など恐れてはいないようだ」


「でも都を守る大事なこの寺を焼き、仏様も破壊してしまう、許せません」

「私達も戦います!」

「そうだ!そうだ!」

 切羽詰まった人々は死を覚悟していた。


 聞いていた清延が肩の痛みを忘れて叫んだ。

「おぬし達はそれで良いが、幼い子供や女達は戦う事は出来ない!早く逃げよ!」


 逃げるが勝ちという思いが駆け巡る。


 弥太郎が走って来た。

「この先に逃げ道を見つけた!」

「女子供だけでも、早く行こう!」


 突然に鉄砲隊の爆音が轟いた。


「きぁー!」

 女子供の泣き叫ぶ声が響く。

「さぁ!山を登るぞー」

「無駄死にするな!扇屋の友介はおらぬか!」

「それに正太郎の母は!」

 清延が叫ぶ。

「子供が帰りを待っておるぞー」


 その声で、それらしい人が前に出て来た、

「私が友介で……こちらが妻のお梅で」

「正太郎が母御に逢いたいと泣いておるぞ」

「あぁー」

 お梅が泣き崩れた、それを支える友介。

 それに続いて一斉に人々が駆け出した。

 お梅が清延の肩の傷の手当てをさっとして、皆に続いて逃げた。


 先頭を弥太郎がしんがりを清延が従った。


 何時間経ったのだろう。


 京都側の山並みを下って、振り向くと本堂に火の手が上がって、暗闇が明るくなっていった。

 しかしまだ追っ手が近づいて来ていた。

 弥太郎が叫ぶ。


「まだ先に行くぞ!」


 漸く追手が見えなくなり、前を見ると鴨川が見えた。清延は助かったと思った。


 でも何百人もいた人々は半分以下になってしまっていた。


 助かった人々は近くに天台宗の寺に避難した。


 清延は弥太郎を残して、頼まれた扇屋にお梅と帰った。


 店の前に待っていた正太郎がかけてきた。

「かあちゃーん!」

 抱き合う母子、それを見て皆が泣いてる。


 友介は逃げ遅れたのか、お梅を逃すために犠牲になったのかいつの間にか姿が無かった。


 その年の秋が深まった時、清延は父親になった。


 長男の忠助が産まれた、シズは清延の乳母まつのおかげで安産であった。

 京都の人々は比叡山を壊されて、暗い日々の中、一つの光のような子が産まれた。

 三次とまつ夫婦も娘のシズの産んだ子から離れようとしなかった。

 戦いの事が暫し忘れられる嬉しさを噛み締めた。


 八百年近く京都を守ってきた天皇の御祈祷所でもあった延暦寺は壊されてしまった。


 少し落ち着いた時、清延は弥太郎と共に焼けて何も無い比叡山に登った。


 あの暗闇で逃げ惑った人々はもういない。

 その様はまるで夢幻の如く、あの本堂があった事すら消えてしまった。


 山で二人で祈ってると、下から村人が何人かやってきた。

 手に花などを持っていた。


「その方らも供養にきたのか?」

「はい、知り合いや親戚を探しに……」


 寺が焼失して、軍に殺された人達の骨が残ってないか、そう思う親心が分かるだけに何も言えなかった。


「お侍様なら戦さで亡くなるのはよう分かります、けど私らの娘や子供らはここで商売してた、それなのに何で死なあかんのでっしゃろ」


 泣きながら訴えるように告げた。

 今更ながら信長の行為が憎らしかった。


 分けても虚しいのは、比叡山焼き討ちの後、そこにあった寺が元通りにならなかった事だ。


 学んだ日々を思い出しながら、焼けただれて壊れた寺を見た時、悔しくて涙が出た。


 弥太郎が側に来て呟いた。

「浅井長政に金ヶ崎の闘いで裏切られて敗走した時、織田軍は一番に逃げたんだ。しんがり同然の殿を我ら伊賀者が助けた」

「そうだったのか」

「その時の戦が今回役に立って、逃げる方法も上手くなったわ」

 苦笑いする弥太郎。

 清延は織田信長に天下人としての器が無いと確信した。


 孔明の教えにある民の心を掴む事が大事であるのは戦国の世には最も大切な事なのだ。


 比叡山の戦いの時の仏も人も平気で殺す者が天下を取るなど、絶対に許せないと大声で叫びたくなる。


 今回の戦いで大勢の軍に対して、槍や弓では太刀打ち出来ない事も知った。


 外国船の船から大きな鉄砲を撃つのを見た、その新しい構造にも興味があったのでその話も堺の会合衆達に聞きたかった。


 清延は武器商人として、家康を支える為にこの悲しみから前に進んで行こうと決心した。


 この比叡山焼き討ちの後、朝倉義景と浅井長政は織田信長に敗れた。


 そして家康最大の危機とも言える武田信玄との戦が迫ってくるのを感じた。

 清延は今こそ守るべき者達のために、最大の力で戦国最強の武田軍団と戦う覚悟をしたのであった。




 


 


 

 



 



 










 





 

 

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