差別主義者の魔導士は獣人の少年に愛を捧ぐ

@sakuran-bo

第1話


「なんでだよ。畜生!」


 北西の小さな街の一角、冒険者ギルドのテーブルを、銀髪の男が強く叩いた。受付の娘がびくりと肩を震わせるが知った事ではない。

 男――エリアスが最後にパーティを組んだのは半年も前だ。喧嘩別れして以来、それきりである。

 剣士など前衛職ならソロでもそこそこのダンジョンを攻略できるだろうが、エリアスは魔導士、後衛職だった。詠唱時間半減のパッシブスキル付き指輪を装備してるとはいえ、ソロでは限界がある。

 ギルドにパーティ募集を出して半年、未だにパーティに誘う声はない。

 そろそろ身銭も尽きてきた。今日こそは、とギルドを訪れたが結果はいつもと同じだった。


「だーかーらー。性格に難があるんでしょ。腕だけは優秀なんだからさ。腕だけは」

「うるせぇ! てめぇが仕事しないからだろ! 糞髭!」

「失礼な。ちゃんと仕事してますー。坊ちゃんに需要がないだけですー」


 受付の娘に泣きつかれたのであろう、ギルド斡旋所のオーナーである男――ヴァレンティンは、ひらひらと手を振りながら持っていた羊皮紙をエリアスに差し出した。

 レイピアを握らせればそこそこ戦えるのに、早々に引退してギルド斡旋所を立ち上げた変わり者だ。

 エリアスは同郷の腐れ縁で。縁を断ち切ってやりたいのに、こうしてずるずる付き合っている。


「ほら。魔導士募集のパーティ名簿。結構あるでしょ? もちろん坊ちゃんのこと紹介してるんだけどね。エリアス・フォン・アイゼンベルクって言うと逃げちゃうの」


 何したの? とにやけながら言うヴァレンティンの髭を2、3引っこ抜いた。


「痛い! そういうところよ!!」

「うるせぇ! ……なんだよ、こいつら過去組んでやった奴ばっかじゃねぇか!! こっちから願い下げだっつの!」


 魔法しか能がない奴なんか要らない。

 そう言ってエリアスを追い出したくせに、魔導士募集しているかつての仲間に腹が立った。

 魔導士いるんじゃねーか!

 苛立ちのあまりもう一度髭の髭を引っこ抜こうとしたが、それは流石に阻止された。


「まだあるのよ? でもこっちは駄目なんでしょ?」


 髭を守りながら更に羊皮紙を出したヴァレンティンだったが、エリアスは一瞥だけして直ぐに視線を逸らした。羊皮紙には青い線が2本斜めに入っている――獣人がいるパーティだという事だ。



 獣人とはその名の通り獣を祖とした人間である。

 犬や猫がそのまま二足歩行獲得した形をし、言葉も操れる。手指は毛に覆われて肉球の名残があるとは言え、人間と同じ器用に動かせる。

 しかし、知能は人間の方が優れており、長い間奴隷として扱われてきた。近年、長い戦争を終え漸く人権を獲得したものの未だ差別が根強く残っていた。

 冒険者とてそれは例外ではない。

 パーティ募集をかけても、羊皮紙にはそれを示す線がひかれる。パーティ内に獣人がいても同じだ。

 獣人は獣の如く身体能力が優れているため、最近は獣人を気にせずに仲間に加える所も多いが、エリアスは否だった。

 いくら服を着ようが、言葉を操ろうが、毛むくじゃらの獣を同じ人間と扱うのに疑問しかなかった。


「ペットを飼う気はない」


 断言するエリアスに、ヴァレンティンは溜息をつく。

 差別撤廃が叫ばれてもう数十年経つが、貴族などは未だ忌避感が強い。ヴァレンティンとて、貴族の出だから差別は身近に感じていた。

 それでもヴァレンティンがそこまで差別的にならなかったのは、少年時代に恋をしたからだ。

 猫族の少女。屈託なく笑う姿が美しかった。

 彼女は今どうしているだろうか。未だ絶えない差別に憂いていた。


 一緒に差別と戦うとは言えなかった。人間である自分が綺麗事を言ったって、偽善でしかない。実行に移さないなら尚更だ。

 ヴァレンティンには世間を相手取る勇気がなかった。矢面に立つのはまっぴらごめんだ。


 そのうち差別なんて無くなるよ。

 だってほら、自分達はこんなに仲良しでしょ?


 そう言って誤魔化した。彼女は憤っていたのに。


 ならお給金が少ないのは何故?

 きつい仕事ばかりなのは?

 レストランが別れているのは? 毛が飛ぶから?

 

 何度も何度も繰り返して、その内に彼女は姿を消した。彼女だけではない。近くの町街から、獣人が消えていった。


 何年も前のことだ。ヴァレンティンは少年から大人になった。彼女とはそれきりだ。

 腐れ縁のエリアスが何を思ったのか冒険者になると言い出し、ヴァレンティンもそれに続いた。貴族より冒険者になった方が彼女に会える確率が上がると思ったからだ。

 エリアスとの旅は悪くなかった。元々小さい頃から知った仲だから、戦闘は息が合った。それでも剣を置いたのはどうも性に合わなかったのだ。

 けれど家に戻るのも躊躇われ、ふと斡旋所でも立ち上げようと思った。

 人間も獣人もパーティが組めるように斡旋する場所。法により獣人のリストには線を引いているが、斡旋は分け隔てなくしている。


 冒険者になりたいの。自由に旅をして、たくさん人の役に立って、差別をなくしてやるの。


 そう言ってた彼女は街から消えた。

 

 その彼女が帰れる場所を、作りたかった。

 

 けれど、まだ、ここはその域に達していない。

 エリアスを見ていると、そう思ってしまう。


「とにかく、今んとこ募集はそれだけ。いい加減諦めたら? ソロでもそこそこ食っていけるんだから」

「るせぇ! ソロじゃ『銀級(シルバー)』への昇格試験が受けらんねぇだろうが!!」

 エリアスは食って掛かるようにカウンターを睨みつけた。

 冒険者にはランクがある。エリアスは現在『銅級(ブロンズ)』の筆頭だが、実力は既に一つ上の『銀級』相当だ。

 しかし、昇格試験の依頼内容は、凶悪な魔獣キマイラの討伐。

 ギルドの規定により、このランク帯の討伐依頼は**『二人以上のパーティであること』**が絶対条件となっていた。

「あー、はいはい。規則だもんねぇ。後衛職のソロでキマイラなんて、自殺志願者以外認めませんー」

「俺ならやれる! だが、てめぇらが受付で弾くからだろうが!」

「当たり前でしょ。死なれたら目覚めが悪いのよ」

 ヴァレンティンは呆れたように肩をすくめるが、エリアスには引けない理由があった。

 『銀級』にならなければ、立ち入りが許可されない高難易度ダンジョンがある。

 そこにある稀少な魔導具の素材――『賢者の水銀』が、今のエリアスの研究にはどうしても不可欠なのだ。

「……あと半年だ」

「ん?」

「あと半年で、そのダンジョンの扉が閉じる周期に入る。今回を逃せば、次は三年後だぞ……!」

 エリアスは焦っていた。

 実力はあるのに、くだらない規定と、相性の合う前衛がいないというだけで、千載一遇のチャンスを逃そうとしている。

 だからこそ、藁にもすがる思いで――いや、藁を掴むくらいなら全て燃やしてやるという勢いで、今日もここへ来たのだ。

「頼むから、まともな奴を紹介しろよ……! 獣臭くない、まともな人間の前衛を!」


 怒声と共に、エリアスがテーブルを蹴り上げようとした、その時だった。

 ギィィ……と、重たいギルドの扉がゆっくりと開いた。

 喧騒に包まれていたギルド内の空気が、ふと変わる。入り口に立っていたのは、場違いなほど小柄な人影だった。

 目深に被ったフード。身体の線を隠すような僧侶のローブ。

 冒険者というよりは、迷い込んだ巡礼者のようだ。

「……なんだ、ありゃ」

「女か? ガキか?」

 エリアスの苛立ちなど何処吹く風で、その人物は静かにカウンターへ――ヴァレンティンの元へと歩き出した。


「……あの、すみません」

 透き通るような、けれど落ち着いた少年の声。

 エリアスは「なんだガキか」と忌々しげに視線を逸らそうとした。

 だが、その足を止める邪魔者が現れる。

「おいおい、なんだぁ? ここは坊やの遊び場じゃねえんだよ」

 酒の臭いをさせた大男たちが、にやけ面で少年の行く手を塞いだ。

 一人は少年の肩を乱暴に掴み、もう一人はそのフードに手をかける。

「そのツラ、拝ませろよ。女みてぇな声しやがって――」

 ――次の瞬間だった。

 エリアスの碧い瞳が、驚愕に見開かれる。

 

 少年は、いくらの力もかけてないようだったのに。

 気づいたら大男は床に寝転がっていて、天井を仰いでいた。


「……は?」


 大男のほうも、なにが起きたかわからない顔だ。

 少年は溜息をつくと、フードを被りなおした。


「……お騒がせして申し訳ありません。ヴァンさん」


 ぺこり、と深く頭をさげる。まるで、今の出来事などなかったかのように。

 

「いいのよ。ナギちゃんが悪いわけじゃないんだから。今日はどうしたの?」


 ――ヴァンさんに、ナギちゃん、だぁ?

 

 口ぶりから、どうも二人は顔見知り以上らしい。ヴァレンティンとは呆れるくらい長い付き合いだが、こんな奴、エリアスは知らなかった。

 フードを目深にかぶっているのも怪しい。まさか獣人かおもったが、フードから覗く顔は毛が生えていない。

 少年はエリアスにも軽くお辞儀をすると、ヴァレンティンと話してもいいかと断ってきた。


「あ、いいよいいよ。コイツはただの冷やかしだから」

「すみません……それで……あの、ちょっとこれの調子が悪くて……」


 そう言って、少年は腕をカウンターに出した。

 魔道具だ――腕輪の形状はよく見るが、彫り込まれている紋章には見覚えがなかった。

 いったい、どんな効果があるものなのか。

 魔導士のエリアスとしてはちょっと気になるところだ。だが、面と向かって聞くなんてできず、ただ視線を向けた。


「あー……また無茶したの? 負荷かけ過ぎたらダメだって言ったでしょ?」

「あう……すみません。少々てこずってしまいまして」

「まあ、このくらいならすぐ直せると思うけど……その間どうする?」

「直るまでは大人しくしてます。あの、もう少し強化してもらう事は……」


 おずおずと少年が問うが、ヴァレンティンは申し訳なさそうな顔をした。

 強化はできる。しかし、その素材は高難度ダンジョンにある。ソロで行動している少年には入れない場所だった。無論、買おうとしてもその値段は法外である。


「今まで通り、無理せず行動すればこれでも大丈夫だから」

「そうですよね……」


 はぁ、と気落ちする少年。カウンターの下の影が、さらに大きな影に覆われる。先ほどの大男が立ち上がったのだ。


「調子に乗んじゃねぇぞ、ガキがっ……! どうせそのフードの下は、毛むくじゃらの畜生だろうが!」


 吐き捨てるように言いながら、大男は少年のフードを鷲掴みにした。乱暴に引き寄せ、そのまま力任せに剥ぎ取る。

 周囲が一瞬、静まり返る。


 エリアスはその様子を、ただ眺めていた。

 助ける義理はない。むしろ――中身が何なのか、少し興味はあった。


 露わになったのは、艶やかな黒髪だった。

 毛むくじゃらでもなければ、獣耳もない。


 ……いや、それよりも。


 思わず目を奪われたのは、光を宿したような黄金色の瞳だった。まるで星の煌めきを閉じ込めたかのような色彩が、まっすぐにこちらを射抜く。


 少年は、きゅっと形のいい眉を寄せ、大男へと向き直る。

 身長差のせいで見上げる形になるその視線に、先ほどまで威張り散らしていた大男は、現れた美少女じみた容貌に、完全に言葉を失っていた。

「誰が畜生ですか?」


 凛とした声が、騒然とした空気を一刀で断った。

 少年――いや、少女かもしれないその人物は、そう告げると、とん、と大男の胸元を押した。


 ただ、それだけだった。

 少なくとも、エリアスの目にはそう映った。


 次の瞬間。

 鈍い音を立てて、大男の巨体が床に倒れ伏す。今度は呻き声すら上がらない。完全に意識を失っていた。


「……ふん。身体が大きいだけのくせに」


 吐き捨てるように言い、黄金の瞳が冷ややかに伏せられる。


「威張らないでください」


 それ以上の関心はないとでも言うように、彼は踵を返した。

 そして何事もなかったかのようにヴァレンティンの前に立つと、深々と頭を下げる。


「これの修理は、改めてお願いします。今は外すわけにはいきませんし……」


 その視線が、ふと横に流れた。


 ――自分だ。


 エリアスは、びくりと背を強張らせた。

 つい先ほどまで「ガキが」と切り捨てていた相手だ。そう思ったはずなのに、視線を逸らせない。


 理解が、追いつかない。

 それでも否定しようのない事実だけが、胸の奥に落ちてくる。


 ――強い。

 そして、美しい。


 認めたくないという感情と裏腹に、エリアスは気づいてしまった。

 自分は今、この得体の知れない存在から、目を離せなくなっている。

「わかった。じゃあ、後で家に来てよ。そん時、ちゃちゃっとやっちゃうからさ」

「ありがとうございます。では、また」


 踵を返し、そのまま立ち去ろうとした――その腕を。


「……‼ 待てよっ!」


 気づけば、エリアスは反射的に手を伸ばしていた。

 掴んだ細い腕の感触に、遅れて自分が何をしたのか理解する。


「……?」


 黄金の瞳が、不思議そうにこちらを向く。


 ――違う。

 本当は、こんな言い方をするつもりじゃなかった。


 だが、口はもう止まらなかった。


「お前の強さ、気に入った。俺と組まないか?」

「は……?」


 素っ頓狂な声が返ってくる。


(違うだろ。もっと言い方があるだろ……!)


 内心で自分に悪態をつきながらも、今さら引き下がるほど器用でもなかった。


「ちょうど前衛を探してたんだ。その身のこなし……充分、資格がある」


 評価だけは、嘘じゃない。

 さっき目の前で見た光景が、まだ脳裏に焼き付いている。


「ちょいちょいちょい!」


 割って入ったのは、ナギではなくヴァレンティンだった。


「お前、何言ってんの? 今のやり取り、全部聞いてた?」

「聞いてた。欲しい素材があるんだろ?」


 高難易度ダンジョン――エリオスも狙っている場所だ。

 そこへ行くには、ランクを『銀級』に上げなければならない。


 利害は一致している。

 断る理由など、ないはずだ。


「……あのね。いきなり腕掴んで勧誘って、普通は警戒されるの。しかも相手、まだ子ど――」

「子どもじゃねぇだろ。あれで」

「そこじゃない!」


 ぱしん、とカウンターが乾いた音を立てる。


「相手の事情も聞かず、条件も出さず、勢いだけでパーティ勧誘する奴がどこにいるのよ」

「俺は本気だ」


 即答だった。


 冗談でも、思いつきでもない。

 今ここで逃したら、二度とこの好機は来ない――そんな予感だけは、やけに鮮明だった。


 ヴァレンティンは、じっとエリアスを見つめる。

 掴まれたままの腕を離そうとしない様子に、ひとつ溜息を吐いた。


 そして、視線を彼――ナギへと移す。


「……で。ナギちゃんはどう思う? はっきり断っていいから」

「……ランクアップ達成まででよければ」


 一瞬、沈黙。


「そうそう。こんな偏屈と付き合う義理は――」


 そこまで言いかけて、ヴァレンティンは言葉を詰まらせた。


「……って、ええ?」

 

 信じられない、という目だ。

 本当に失礼な奴だとエリアスは眉を寄せたが、どうやらヴァレンティンが驚いている理由は、エリアスの内面だけではなさそうだった。


「無理しなくていいんだよ? こいつの話は聞いてるだろう?」


 どんな話だ、とエリアスは思わず口を尖らせる。


「……僕も、ランクアップしたいですから」


 そう言って、ナギは意味ありげな視線をヴァレンティンへ向けた。

 何か言いかけていたヴァレンティンも、その視線を受けて「はぁ……」と深く溜息を吐く。


「……わかった」


 観念したような声音だった。


「では、ええと……」

「エリアスだ。エリアス・フォン・アイゼンベルク」

「では、エリアスさん。よろしくお願いします。僕はナギです。体術と回復が得意です」


 にこり、と控えめに微笑まれる。


 その瞬間、エリアスは心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えた。


 ドクン、と五月蠅いほどに脈が跳ねる。

 これを逃してなるものか。エリアスは、差し出されたその細い手を、力を込めて握り返した。


「ああ、よろしく頼む。……いい拾い物をした」


 掌から伝わる体温に、安堵と、奇妙な高揚感が湧き上がる。

 エリアスは満足げに口元を歪めると、これ以上ない「賛辞」のつもりで、残酷な言葉を吐いた。


「腕が立つ上に、薄汚い獣人じゃない。最高だ」


 繋いだ手に、力がこもる。


 「俺は獣人が大嫌いでね。お前のような『まともな人間』を探していたんだ」

 

 その言葉に、ナギの笑顔がほんの僅かに凍りついたことを、エリアスはまだ知らない。

 背後でヴァレンティンが天を仰ぎ、深く頭を抱えたことにも。


「……はい。精一杯、務めさせていただきます」

 

 ナギは静かに目を伏せ、そう答えた。

 その声がどこか震えていたのを、エリアスは武者震いだと好意的に解釈し――上機嫌に鼻を鳴らした。

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